0話 2

耳にさわるざわめきで瞼が上がる。

遥か高い場所に天井が見える。白くはあるが物質感があり、さっきの場所とは明らかに異なる。


腹の上にある重みに先ほどよりもことさら強く抱き締められている。

頭があるであろう場所に手を伸ばし撫でると俺の胸に顔を擦り付けてくる。ハルが一緒なのだと確信し安堵した。

徐々に思考がクリアになってゆく。良かった、そう何度も気を失ってはたまらない。

撫でていた手でポンポンと合図をすると腕が緩むのでゆっくりと体を起こす。軽く周囲を確認すると直径3メートルほどの白線の魔法陣の中央にいるようだ。部屋で見たものとよく似た紋様だ。

魔法陣のさらに外側2メートルぐらいの場所にたくさんの人間がいて、動揺しながらこちらを観察している。

武器を構えられている様子も無いので視線を正面の人物に向ける。

海外のモデルような目鼻立ちで20代後半だろうか。ゴールドアイの瞳はカリスマ性を放ち、ウェーブがかったウルフカットはシルバーブロンドだ。光の加減で時折微かに七色の輝きが揺れる。先ほど見渡した人間は軒並み茶色や灰色等街中でもさして珍しくない色だったので彼はひときわ目立つ。中世ヨーロッパモデルの漫画やゲームで見るような豪奢な、だが動きを邪魔しないような白い軍服に身を包み、凛とした立ち居振る舞いはこの場で一番身分が高いのであろうと感じさせる。


ざわめきの内容が段々と聞き取れるようになってきた。


「どういうことだ…?」

「聞いたことがないぞ…!」

「三人…?」


「は!?三人!?」

胸元からひときわ大きな声がするからこれはハル…だ。ハルだ?


「楽しそうだからついて来ちゃったぁ」

斜め後ろの近い場所から飄々とした声がする。

声がした方へ振り返ると高校生ぐらいの男の子だろうか、覚えの無い顔だがこちらに対して敵対心は無さそうだ。

いや待て、この場の情報量が多すぎるがそれよりもだ、先ほどハルと確信したはずの人間に顔を向ける。


「ハル?」

胸元の顔としっかりと目が合う。

「キョウ兄。」

背格好はさほど変わりないが、わずかに輪郭と、何より声が決定的に違う。

それでも目の前にいるのは大切な恋人だと確信している自分がいる。

再び両腕に力が込められ俺をしっかりと包みながらふわりと青年は微笑み名乗る。


「ハルだよ。」





王太子だと名乗る青年の案内で歩く。


案内人は三人の護衛であろう騎士に囲まれながら進み、こちらは五歩ほど離れた距離をついてゆく。少し離れた背後に先ほどの少年が続き、さらに後方に4~5人がついてくる気配がある。

指を絡めてつながる質感はごつごつしていて慣れないが、温度は記憶に違わないのでしっかりと握りしめる。普段より強く握り締められていると感じるが、それは置かれた状態に対する緊張からか、はたまた性別が変わった影響なのだろうか。

大丈夫だよという気持ちを込め親指でハルの人差し指をなでる。実際は何一つ大丈夫ではないが、それでも少しでも不安を取り除きたい。

返事をするかのように手を握り返されると胸の辺りがぎゅっとなり気付く。そうか俺が不安なんだな、そりゃそうか、あまりにも現実離れし過ぎている。


魔法陣のあった堂を出て歩くのは建物の外壁に即した通路。顔は進行方向から動かさず、しかし視界に入る情報は極力記憶していく。建物に挟まれた中庭だろうか、植木や芝・花壇などがよく手入れされていて良い景観だ。そよそよと吹き抜ける風がここちよく誰にも気づかれぬよう深呼吸をした。



通された応接室のような部屋でソファーを勧められると、男の子がにこやかにはぁーいと返事を返しながら着席する。

座っている姿勢は存外無防備になるものだ、無害を示すべくにこやかな表情を維持しながらも着席を躊躇していると王太子が軽く頭を下げて述べる。


「あなた方を害する意思は持っていない。護衛を扉まで下がらせるので楽にしていただきたい。ただ私の立場上彼らの視界から外れる事は叶わぬので同室させるは容赦いただきたい。」

帯剣していた自分の装備を護衛に預け下がらせる。

王太子と名乗られてもはいそうですかと相手の肩書を信じるほど素直な性分ではないが、ここまで丁寧に言われて拒絶するのも不審が過ぎるかと腰を落とす。隣にハルも座る。身体は密着していないが手が緩む気配はないのでこのまま繋いでおこう。


「私だけでは説明が不十分な事が予想されるゆえ、私の側近魔術師一名の同席を許してただきたい。」


魔術師かぁ。ここに来た経緯を考えるとまぁ、化学以外の文明もあるよな。いや化学がある前提で考えるのは早計か。

それにしても生まれて26年、物心ついてから覚えている夢は全部明晰夢だと気付いてきた経験から未だこの状況が夢と定義づけられない。女として生を受けたハルが男になっているのに、だ。

現実として進めるとして正直状況は完全に拉致だ。三人の中で年長者であろう俺は慎重に状況を把握すべきだ。年で能力が決まるわけではないし偉ぶったり仕切りたい訳ではないが気持ちの問題だ。


「承知しました。どうぞ。」


「感謝する。」

扉の内に控える護衛に目で合図を送ると頷いて扉を開け、待機していた人物を入室させる。


「こちらに掛けよ」

「はい、殿下」

入ってきた人物は三歩進み深々と頭を下げたのち指示された王太子の隣に座る。



「客人達に挨拶させていただく。私はライオネル・ラド・トランドーラ、ここトランドーラ王国の王太子だ。

本来なら国のトップである父王が出向かうべきところ、私が出迎えた無礼をお許しいただきたい。」

ライオネルと魔術師が頭を下げる。

「この者はエルフのシルニール・エルントア、私の最側近で各部署から完全に独立しているため自由がきく。この国に慣れるまでは貴方方のサポートとして付けるゆえ好きに使っていただきたい。」

「シルニールです。よろしくお願いいたします。」

紹介された耳の長い彼は軽い会釈の後にっこりとほほ笑む。スカイブルーの長髪に見劣りしない端正な顔立ちだ。



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