カタチ
八屋LEO(はちやれお)
0話 1
窓から覗く桜の花に少し気を取られつつ、座卓に置かれた自分のモニターに表示されているオンラインゲームの更新インストール画面を眺める。
「18時から公式生放送だから、新マップ解禁は20時かねぇ。やっと高校卒業して夜更かし解禁になったっつーのに二日目でクッソ眠いわ。」
マグカップに残った冷めきったココアを飲み干しながら、背後にいるであろう人物に話しかけるでもなく呟いた。
振り向いたキョウ兄がオレの左肩に顎を乗せ、隣に置かれた本人のモニターを確認している。
「1年ぶりのストーリー追加だから楽しみだな。俺も一緒に切り上げるからハルはしんどくなったら無理せず言えよ。」
「ん、ちゃんと言う、ありがと。」
「とりあえずまだ5時半でちっと早いが下で飯食っちまうか?」
「んー今日はゆっくり食いたいし生放送見ながらここで食うかな。動いてないと寝そうだからオレが持ってくるよ。テーブルの用意頼むわ。」
返事をしながらこつんと頭をぶつけると、キョウ兄はりょーかいと言いながら自分のタスクを開始する。
それを横目に部屋を出て慣れた階段を下りキッチンへ。昼間一緒にスーパーで調達した総菜と帰宅後に仕込んだおにぎりをトレイに乗せる。
普段であればキョウ兄は金曜日の夕飯時に軽く酒を入れるのだが、今日はどうするのか聞きそびれた。
「キョウ兄ー?今日は飲み物どうすんだー?」
キッチンから顔だけ廊下に出し、階上の相手に聞こえるように問いかける。普段なら即座に返事が返ってくるのだが…
バタンッ ドッ ガタッ ドサドサッ
「キョウ兄?」
普段から丁寧な所作のキョウ兄がテーブルを出すぐらいであんな騒音にはならない。見上げた2階付近の階段の壁紙に異様な光の反射が揺らめく。
大丈夫か?と問うのは無意味だし時間の無駄だ、オレは1段飛ばしで階段を駆け上がり引き戸が開いたままの戸先框に手を掛ける。
「ハル!?来るな!!!」
目が合ったキョウ兄が切羽詰まった表情で叫ぶ。漫画やゲームでしか見たことのないような目を疑う光景がオレの網膜を突き抜ける。
光の線で描かれた直径1メートル程の魔法陣がキョウ兄の足元の床と頭上30センチ程の空に在り、淡い光の円柱が成人男性一人を覆い込んでいる。
オレを認識したキョウ兄が2~3歩下がるとコンマ遅れて魔法陣も追従し、どう動いても脳天を魔法陣の中心が常に捕らえている。普段整然とした部屋には定位置を離れた落下物が散っている、つまりキョウ兄も思い付く事は試した後か。なるほど。ターゲットは決まっているし人間の出せるスピードで振り切るのも厳しそうだ。
ヴンと音がして足元の魔法陣がひときわ輝き、光の輪がゆっくりと頭上の魔法陣に向かって移動を始める。
根拠など何も無いがアレが上まで行けば終わりな気がする。考える時間は無さそうだと、迷わず強く床を蹴る。
「キョウ兄!」
同じく足元を見ていたキョウ兄は己に起こっている理解不能な状況に揺れる瞳孔を隠すように一瞬強く瞼を閉じる。こちらを見据えた瞳から迷いの色が消え去り、両腕を広げる。ああ…いつもオレを受け止める手だ。
「――来い!」
白い。
ただただ白い空間。
床だか地面だかの判定はあるようで、仰向けに寝転がっている感覚をもとに手をついて体を起こそうとすると胸元にハルの後頭部が見える。鍛えてはいるが、俺よりはるかに細い一対の腕が背中に力強く回されている。ぼんやりと意識が覚醒しないままかろうじて右腕で上体を支え、俺も左腕をハルの背中に回し抱き締める。
回数も覚えていないほど撫でて来たその頭が見据えているであろう先に俺もゆっくりと目を向ける。
「二人とはまた。随分と久方ぶりだのう。」
見上げると物語に出てきそうな女神然とした女性が立…いや浮いているな…
「まぁそう睨むでないよ。」
俺を抱きしめる二本の腕に一層力が込められる。俺も両腕でしっかり抱きしめたいのにどうにも意識がはっきりしない。ボーっとして睨んでいる自覚は無いし眼前の女性の焦点も俺には合っていない。
「あなたは何者だ?」
普段より声は低いがFPSプレイ中のような粗暴な言葉ではない。冷静ではあるようだ。
だけど、ハル…得体の知れないものにケンカを売るな…
「ほう…おぬし…なるほどのう。」
だめだ…意識が保てない…ハル…
多分そこで俺の意識は再び途絶えた。
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