04.マインドフルネスというヤツ:息ぴったりで、草

 新入りと名無しの利害一致のルームシェアが始まって一週間ほどが経過した。


「おかえり、新入り。見目麗しの私が出迎えてやったぞ?」


『……出迎えどーも。どうした急に?』


「いつもよりコンビニに長居してただろ?」


『ストーカー?』


「心外だな。観測の一環だ。前も言った通り、私はこの部屋から出られない」


『じゃあ、勘?』


「観測、と言っただろう? キミが私を超常的に観測出来るように、私もまたキミの存在を超常的に感じ取ることが出来るのさ」


 新入りは名無しと会話しながら、テーブルにコンビニ袋を置く。


『ざっくり言うと?』


「近所なら、キミがどこら辺にいるか、なんとなくで感じ取れる。いつも夕飯を買ってるファ〇マにキミは普段より十分以上長く滞在していた。違うか?」


『そーだけど……結局、ストーカーじゃん。ちょっと引くわ』


 新入りはコンビニ弁当を広げて、割り箸を手に取った。


 SE:割り箸が割れる音


「……困った。ちょっと否定できない」


『いただきまーす』


 新入りは弁当を食べ始め、名無しは「キモいか……」と呟きながら腕をさする。


「ところで、新入り? 今日のキミは少しお疲れのように見えるのだが?」


『ノーコメン――』


//ニヤけながら

「図星かぁ~?」


『言わせろ。音もなくスライド移動すんな。あと、顔が近い』


「無音は仕方ない♪ いいだろ? 眼前に頭脳明晰金髪美少女だぞ?」


『その自信だけは羨ましいね』


「はっはっはっ♪ しかもほぼ嗅覚がないから、キミが口臭くちくさヤンキーでも気にしないぞ? 存分にニンニク系を食らうがいい♪」


『そいつはどーもっ、いつか握りっ屁くらわしてやるからな』


「元気が出たようでなにより。それより、ここは賢い私に相談してみろ?」


『……妙に親切だな』


「いいか? キミは私にとって鏡みたいなものなんだ。曇っていられては困るのさ」


『ああ、そう……じゃあ――』


 観念した主人公は日雇いでの失敗を語り始める。

 名無しの相槌がぽつりとぽつりと響く。


『――って、感じ』


「なるほど。まずは慣れない仕事、お疲れ様だ。指示出す奴が下手くそな感じだが、キミの受け取り方にも問題アリ、といった印象だな」


『ふ~ん?』


「気分の問題、解釈の余地、知らないこと、理解出来ないこと……」


『うん?』


「キミの頭のなか、こんがらかっている印象だな」


『バカって言いてぇのかよ?』


「いーやっ? それ以前の問題だなっ!」


『ひっでぇ……』


「頭の良し悪しはスペックの最高値の話だ。目下の問題は頭の使い方、これに限る。ハサミを紙に突き立ててるような奴にその切れ味を語ってもナンセンスだ」


『結局、バカにしてんじゃねーか』


「違うなぁ♪ だ」


『はぁ、産まれて初めて言うけど、あんたの親の顔が見てみてぇ~よ』


 新入りは立ち上がり、コンビニ弁当のゴミを捨てた。


「さぞ素晴らしい父母だったに違いない! と、こ、ろ、で? そんなキミにおすすめなトレーニングがあるのだが……?」


『うっさん臭ぇ~』


「いやいや、昔からある瞑想法だ」


『めいそー?』


「キミが言うと、迷走感がハンパないな。スマホのY〇uTubeで、マインドフルネスと検索してみろ? ヒットするだろ?」


『なんか、けっこーあんな』


「動画で流れるのは音楽だけだろうな。取りあえず、適当に流してみてくれ」


 SE:環境音とも音楽ともつかないもの


 部屋の中央へ移動した名無しが新入りを手招きする。


「ここに座って」


『ええ~?』


「十分とかからん。付き合え。座ったら楽な姿勢になれ。次は脱力……肩を首に寄せるように持ち上げて……そうそう。それから力を抜いて落とすイメージだ」


『それで?』


「さて、ここからが本番だ。検証……ではなくマインドフルネスというヤツをやってみようじゃないか」


 新入りの肩に背後から名無しが手を重ねる。


『うわっ? なにこれ?』


「触れられているような感覚は?」


『なんか、ふかふかのソファに座ってるみたいで、ケツがムズムズする……肩に触られてる感覚があるな……お前の声、なんか近すぎてゾワゾワするんだけど……』


「おお~! 私からの干渉も可能か。び、しょう、じょ……A、S、M、R♪」


『キモい……』


「チッ! 気を取り直して……いまからキミがすることは、私の声に従って呼吸するだけ。とにかくそれだけだ」


『ふざけてる?』


「とんでもない」


「目を閉じて。そうだな、初めは私が新入りに合わせよう」


「キミはいま息を……吸って、吐いて、いる。吸ってぇ……くすぐったいかもしれないが、気にするな。私もただ、キミの呼吸をなぞる」


 SE:新入りの呼吸音


「吸って、吐いて~、吸って……もっと長くいけそうか?」


『んっ』


「では、私の声に従って呼吸。いいね? 吸ってぇ~、吐いてぇー、吸ってぇ~」


 SE:名無しの指示に合わせた呼吸音


「吐いてぇ、もっと長~く。吸って~、もっと深~く」


「大丈夫、大丈夫……苦しくない。ほら、すってー」


 SE:深く長い呼吸音


「吐いて……いいぞ、上手だ。そこからぁ、吸ってぇ……もう少し、頑張れ♪」


 名無しに肩を叩かれ、新入りがハッとする。


「筋がいいじゃないか。問題だ。私が指示出ししてから何分経ったと思う?」


『……七、八分くらい?』


「ふふっ、正解は四分半程度だ」


『ウソだろ~?』


「時計を見ろ。現時刻は頭に入ったな? じゃあもう1セット、いってみようか?」


//笑い交じりに

『乗せんの、上手いな』


//得意気に

「賢いからな♪」

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