6年前のなくしもの

Ame-trine

~プロローグ~

「いろは!こっちおいで!」

小学生ほどの少女2人が、夜の神社の中で戯れている。2人は姉妹で、姉の方をにほといい妹の方をいろはといった。

「見てごらん!」三つ編みの少女は妹を抱き寄せると前に左腕を広げた。

「すごくきれい!」いろはは目をきらきらさせてにほを見た。にほは、でしょ?と笑っていろはの髪をくしゃくしゃと撫でた。ここからの景色は絶景である。それもこの雲居神社が有名になった理由にもなるほど。今夜は深い藍色の夜空に金色の輝きがいくつか瞬いており、闇を照らす町の光が人々の活気を感じさせた。この神社は大地の上にあるため奥は崖になっており、そこには色褪せた木製のベンチが設置されている。今日この家族は、6年に1度開催される雲居祭りに参加するためにやってきたのだ。雲居祭りが行われるのは5時から7時までの2時間だけでとっても短い。ゴーン、ゴーン、ゴーンとお祭りの始まりの鐘が鳴らされた。この神社には真ん中に大きなくすのきが植えられており、人々に親しまれていた。ふさふさ遠い茂った葉は翡翠色でみずみずしさを放っている。ところで鐘がなってから少し経つと、その木の幹の上に中学生ぐらいの男の子が、お祭りの様子を見下ろして座っていた。しかし木陰に隠れていたので、どのような特徴があるのかまでは分からなかった。

「お母さん!チョコバナナ食べたいっ!」

「わたしも!わたしも!」母は笑顔でうなづいた。「チョコバナナのお店はどこにあるかな〜?」

「あそこ!あそこ!」めざとく見つけたいろはが、お店に向かって駆けていき、あわてて母が追いかけた。それからにほといろははお祭りを楽しんだ。お祭りは終盤にさしかかり、1人、2人と帰って行った。この家族もお祭りを後にすると、砂利を踏みしめながら出口を目指して歩いていた。途端、夜の神社の中で、いろはの胸元に青がきらりと光り、何かがポケットの中から溢れ落ちた。カランと小さく音を立てたがお祭りで賑わっているせいでそれに気づかず、そのまま帰ってしまった。一部始終を見ていた男の子はそれに気づくと、溢れ落ちたものを拾い上げたがため息をつくと落ちていた場所に戻した。


 翌日、いろはまた神社にやってきた。それも1人で今にも泣き出しそうな表情をしていた。そしてしゃがみ込むと何度も何度も地面を手探りで行ったり来たりした。昨日落としてしまった忘れ物を探しているのだ。端から端まで何度も移動するうちに、明るかった神社は、いつの間にか夕焼けの風景に変わっていた。涙の粒がオレンジに染まり頬を伝うと砂利の中に染み込んだ。それでも諦めずに根気強く探し続けた。次第に空は真っ暗になっていき、顔は涙でぐちゃぐちゃになった。やがて諦めて顔を上げると、引き返していった。それから明くる日も明くる日も、神社にやってきては探していた。しかし、見つかる事はなくやがて神社に来なくなった。ところで、いろはが神社にやってきたときには必ずお祭りの時にいた男の子が御神木の上に座り見下ろしていた。ときには心配そうな面持ちで、またときには悲しそうな面持ちで見守っているのだった。とうとう諦めてしまったのか来なくなると、男の子はその落とし物を静かにポケットに滑り込ませた。

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