日菜子と俺の憑き物払い
@hanana_express
第1話 プロローグ
0.まえがき
これは少々古い時代の物語である。いつ頃であるかは、この物語に大きな意味を持たないので明記しない。
そして、少々品性に欠ける物語でもある。その種の話に抵抗がない読者は、ぜひ読んでみていただきたい。
1-1.日菜子
日菜子という女性がいた。年の頃は26~7くらいで、小さな料理屋を営んでいる。
とりわけ美人ではないが、大きな目とぷっくりした唇が愛らしく、むっちりとした白い肌の、まあ、ひとことで言うと色気のある女性だった。
それでいて、性格は明るく気立てがよかったし、店で出している料理も美味しかったので、彼女の料理屋は日菜子目当ての客と、料理目当ての客とでいつもそこそこに繁盛していた。
その日は、夏の盛りを過ぎたとはいえ、まだまだ暑い日だった。日菜子は店を休んで、町の大きな通りで人を探していた。
そして、その日菜子から目をつけられてしまったのが、たまたま貸本屋で借りた本を抱えて歩いていた俺、良一である。
1-2.良一
「ねぇ、あんた! あんただよ! そこの、書物を抱えて歩いているお兄さん!」
「俺かい? どうしたんだい姉さん。血相変えて走ってきて」
「あんた、読み書きできるんだろう? 書物なんか抱えているからすぐにわかったよ」
「ああ、いちおう読み書きはひととおり出来るよ。なんか書いて欲しいもんでもあるのかい?」
それを聞いた日菜子は、大きな目を潤ませながら俺の着物を掴んでこう訴えた。
「あたしを助けてほしいんだよ。あたしの生き死にに関わることなんだ。お礼はなんでもするよ、あたしにできることだったらなんだってしてあげるよ」
日菜子の目は真剣そのもので、俺は彼女の力になりたくなった。
「いったい何があったんだい、俺にできることだったら力を貸すぜ。」
「本当かいお兄さん、恩に着るよ。あんた、お経は書けるかい?」
「姉さん、お経を書いて欲しいんだったら、お寺のお坊さんに頼みない。俺には無理だぜ。」
「書き写すだけなんだよ。般若心経って知ってるかい。すごく短いお経なんだ。」
「なんだ、般若心経を書き写すだけかい? だったら簡単じゃないか。その話、引き受けたぜ」
日菜子は相当に感激したのか、俺にガバっと抱きついてきた。
着物越しに日菜子のむっちりとした体が俺に密着する。俺は人目を気にしながらも、まんざらでもない気分だったが、日菜子の愛らしい顔に疲れの影が滲んでいるのを見逃さなかった。
「ありがとうよ、お兄さん。あたしの目に狂いはなかったよ。ところであんた、体は丈夫かい? 病気なんかしていないかい?」
「いまのところ健康そのものさ。生まれてこのかた、お医者にかかったことがないよ」
「それじゃあ、お兄さん、あたしの家に来ておくれ。あたしは日菜子。お経を書くための準備はもう整えてあるんだ」
「俺は良一って…」俺の言葉が終わらないうちに、日菜子は俺の腕を掴んで、ひっぱっていく。
「おいおい姉さん、そんなひっぱんなくったって大丈夫だよ。俺は逃げたりしないし、ちゃんと付いて行けるぜ」
振り向いた日菜子の顔には、一瞬だけ切実な表情が見て取れたが、すぐに明るい笑顔に戻った。
「良一さん、あたしには時間がないんだよ。でも、あんただったらきっと出来る。成し遂げてくれるさ」
1-3.お清め
俺は日菜子にひっぱられながら、彼女の家にたどり着いた。日菜子はすぐに家には入らずに、裏手にある井戸に俺を案内した。
「この井戸の水で体を清めておくれ。あたしは、手ぬぐいと着替えの浴衣を持ってくるよ」と告げ、笑顔を残して家の中に消えていった。
俺は、着ている着物を全部脱ぎ、桶でくみ上げた井戸の水を浴びた。お経を書く前に身を清める。それは、当然のことのように思えた。
しかし、ふと頭に疑問がよぎった。
「どうして、お経を書き写すことが、あの姉さんの命を助けることになるんだ?」
「…それはあとで説明するよ。良一さん。」
後ろから、日菜子の声がした。彼女は手ぬぐいと浴衣を手にして俺を見ている。
あわてて手で股間を隠す俺にむかって、日菜子はくったくのない笑顔を見せた。
「あはは、隠さなくていいよ。むしろ手をどけて良くみせくれないかい。」
俺は、女を知らない訳ではないが、知り合ったばかりの日菜子にそれを見せるのは、さすがにはばかられた。
「いいから、いいから」
日菜子は、持ってきた手ぬぐいと浴衣を脇に置き、そっと俺の手を握って、ゆっくりと手をどけさせた。そして、恥辱に身もだえしている俺に質問をした。
「良一さん、ここ、ちょっと大きくなってないかい?」
「い…いえ、いつもこんな感じ…です。」
「へえ、そうなんだ」
「…本気をだせば、もっと大きくなりますが…」
「いや、いいよ。普通の時の大きさが知りたかったんだ。」
いたずらっぽい笑顔でそういうと、日菜子は手ぬぐいと浴衣を俺に渡してくれた。
「さぁ、あたしの部屋に来ておくれ。あんただったら、きっとあたしを助けることができるって信じているからね」
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