第14話 他言無用


「リオン、僕に蘇生魔法をかけたのは、君だよね?」


 エリオネルの言葉に硬直するリオンの横で、シルフィードは冷静に返答する。


「失礼ですが、見間違いでは? 私たちのような冒険者を始めたばかりの新参者に、そんな能力があるわけないでしょう?」

「ああ、僕も最初は目を疑ったけれどね」


 エリオネルはリオンに意味深な視線を向けた。


「あの時、僕は火竜の一撃を受け、戦闘不能になった。次に目覚めたとき、僕は見たんだ。僕のすぐ横で蘇生魔法特有の白い光に包まれている君の姿を」

「………」


 リオンは無言でエリオネルを見つめた。

 なぜ、記憶が消えていない?

 シルフィードの記憶操作の魔法がこいつにだけ効いていない。

 じっとりと冷や汗がにじむ。

 だが、内心の動揺を悟られないように、リオンは無理やり笑みを作った。


「見間違いですよ。私にはそんな高度な魔法は使えません。蘇生魔法を使われたのは、僧侶のイデア様ではないですか?」


 リオンの言葉に、エリオネルは首を振る。


「残念ながら彼女には儀式の補助なしで蘇生魔法を成功させる力量はない。そもそも彼女は僕と一緒に二匹目の火竜に襲われた直後に気絶してしまい、蘇生魔法をかけられるような状態ではなかったと本人が言っている」

 

 その証言は、イデアには記憶操作の魔法が効いていることを示している。

 さっきのギルド長たちの様子をみても、他の冒険者からリオンに対する証言は得られていないようだ。

 なぜかエリオネルだけが、リオンの蘇生魔法を記憶に残している。

 これが勇者の能力なのだろうか。

 

「リオン、なぜ君は蘇生リザレクトのような高度な魔法を使えるのか、教えてもらってもいいかな?」


 エリオネルは、じっとリオンを見つめながら問いかける。

 その表情は一見穏やかだが、彼の青い瞳が言い逃れは許さないと言っていた。

  

「……どうやら、これ以上隠し立てしても無駄なようですね。では、エリオネル様を信用してお話しましょう」

「シルフィード!」


 咎めるように呼んだリオンの声を制して、シルフィードは話し始める。


「このことは、くれぐれも他言無用でお願いします。私たちの命がかかっておりますので……」

「何やら訳アリのようだが、安心してくれ。勇者の名にかけて誰にも言わないと約束しよう」


 そう言ってエリオネルは自信に満ちた笑みを浮かべた。

 シルフィードは少しためらいがちに視線を彷徨わせたあと、諦めたように小さくため息をついた。

 

「実はリオン様は、とある地域の領主のご子息なのです」

「とある地域とは?」

「そこは明かせません。ご容赦ください」

 

 まさか魔族の国フレスイードの王子だとは言えない。

 地名を明かすことを拒否したシルフィードに、エリオネルは渋々同意し、話を続けるように促した。


「リオン様は第四子であり、領主の継承権は最下位です。しかし、リオン様の母君は高度な白魔法の使い手で大変人望があり、周囲からはリオン様を次期領主に、という声が高まっていました。そのため、腹違いの兄たちに命を狙われるようになったのです」


 シルフィードが説明したリオンの状況は、ある意味真実だった。

 確かにリオンは三人の兄たちに疎まれ、目の敵にされていた。

 魔王が目を光らせている手前、あからさまに命を狙ってくるようなことはなかったが、今後リオンが魔王の後継ぎに指名される可能性が高まれば、ありえない話ではないのだ。


「なるほど、よくある領主のお家騒動だな」


 エリオネルが納得したように頷く。 


「その通りです。命の危機を感じたリオン様と従者の私は、ひそかに家を出て、匿ってくれる母方の親族の元へ向かう途中だったのです。しかし、この街に着いたとき、ついに路銀が尽きてしまい、冒険者ギルドで勇者様に出会ったというわけです」

「なるほど、思ったより込み入った事情があるのだな」


 リオンたちを見るエリオネルの視線は同情的だった。

 シルフィードの作り話は巧妙だ。真実に嘘を混ぜ合わせ、絶妙なリアリティを出している。

 エリオネルは見事に騙されているようだ。

 

「もしリオン様の所在が知れたら、刺客を差し向けられるかもしれません。目立つことは極力避けたい。火竜討伐の時も、逃げるという選択肢もあったのですが、お優しいリオン様は冒険者たちを見殺しにはできないとおっしゃられて……」


 シルフィードはそこで感極まったかのように口元を押さえ、言葉を詰まらせる。

 リオンはオーバーリアクションだと思ったが、エリオネルには響いているらしい。

 彼はすでに不幸で健気な領主の息子を哀れみ、その優しい心に感動していた。


「それで、皆に回復魔法をかけた、と。なるほど、母君が白魔法の使い手ならば、高度な回復魔法が使えるのも納得がいく。魔法の属性と才能は血筋によるところが大きいからね」


 エリオネルの言葉を、リオンは肯定する。


「回復魔法の使い方は母に教わりました。エリオネル様のお役に立ててよかったです」


 そういって微笑んだリオンに、エリオネルは続けて尋ねた。


「では、二匹の火竜を追い払ったのも君たちか?」

「それは……」


(どうするんだよシルフィード。オレ何にも考えてないぞ……)


 不安げに隣のシルフィードを見上げたリオン。

 その心の声を読み取ったかのように、シルフィードは少し微笑んで言った。


「私たちにはそこまでの力はありません。火竜たちは自ら去ったのです」

「!? どういうことだ?」

 

 思わぬ急展開にエリオネルが怪訝な顔をする。

 リオンもシルフィードの横で同じような表情になっていた。

 シルフィードの意図が読めない。

 シルフィードは神妙な顔で続ける。


「私たちは一時的に火竜を魔法で拘束し、冒険者たちに回復魔法をかけました。その時、どこからともなく赤い目をした魔族がやってきました」

「魔族!?」


 エリオネルの顔色が変わる。

 同時にリオンの目が点になった。

 

「赤い目といえば……魔王グラディウスか……?」

「わかりません。その魔族は竜の角笛を持ち、火竜を従えていました。彼は火竜たちを連れて、北の大地に飛び去りました。そして去り際に彼は言ったのです。『今見たことを他言したら殺す』と」


 シルフィードの言葉に、エリオネルは沈痛な面持ちで唇を噛みしめた。

 エリオネルの仇敵である魔族がその場に現れ、結果的に自分たちを救ったというのだ。

 リオンも下を向いて別の意味で唇を噛みしめていた。


(シルフィード……何が何でも通りすがりの誰かのせいにする気だな。しかも赤い目の魔族って、オレだよね……)


 シルフィードは険しい顔で黙り込んでしまったエリオネルに頭を下げた。 


「そういうわけで、私たちの命がかかっています。どうか今お話ししたことはご内密に願いたい。そして、どうか火竜討伐については、私たちも何も知らないということにしてください」


 エリオネルはその言葉に頷いた。


 こうして、リオンとシルフィードの何も知らないFランク冒険者というポジションは守られた。

 シルフィード、恐ろしい奴だ。

 恐ろしいほど巧妙な口から出まかせと、迫真の演技だった。

 しかも絶妙に真実が混ざっていることでリアリティが増している。


「それでは、火竜たちの翼や尻尾を切ったのは?」

「それは知りません。レイド参加者の誰かじゃないですか?」


 エリオネルの言葉に、シルフィードはしれっとそう返した。

 矛盾点は知らなかったことにする。さすがシルフィードだ。

 

「リオン、シルフィード、君たちの事情はわかった。ずいぶん苦労してきたんだね」


 リオンとシルフィードの複雑な事情に、エリオネルはかなり同情してくれたようだ。

 どこか憐れむような目を向けられ、リオンは居心地の悪さを感じる。

 話が終わったならもう帰りたい。

 そう思った時、エリオネルが青い目をキラリと光らせた。


「そこで君たちに提案がある」


 おもむろにそう切り出したエリオネルに、リオンの身体がビクリと強張る。

 まだ何か疑われているのか?

 それとも口止め料でも取るつもりか?

 警戒する二人に向かって、エリオネルは笑顔で言った。 


「僕のパーティに入らないか?」


 エリオネルの提案とは、まさかの勇者パーティへの勧誘だった。


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