第13話 討伐者探し
洞窟前、荒れ果てた元戦場。
ボロボロの装備ですやすやと眠る冒険者たちの前で、リオンは途方に暮れていた。
彼の忠実な従者シルフィードが、その肩をそっと叩く。
「リオン様、私たちも眠っていたことにしましょう」
すぐにこの場を乗り切る最善策を思いつくとは、さすがはシルフィードである。
やっぱこいつ頭いいな。
リオンはコクリと頷いた。
そして二人は、ダンとエルディが倒れているところまで戻り、その場でそっと横になって、寝たふりをした。
目が覚めた冒険者たちは、全員が混乱していた。
さっきまで襲われていた二匹の火竜はいなくなり、傷だらけだったはずの自分たちは怪我一つない。
けれども鎧やローブは凄惨な戦いの跡のように汚れ、破損している。
何より、冒険者たちの倒れていた場所は荒れ果て、戦いの爪痕は生々しく残っている。
ここで二匹の火竜と戦ったことは、夢ではないのだ。
ただ、誰が、どうやって倒したのかがわからない。
全員が眠っている間に、何者かが二匹の火竜を倒すか追い払うかして、自分たちを治療したはずだ。
だが、冒険者の中から名乗り出る者はいなかったし、それを見たという者もいなかった。
冒険者たちは狐につままれたような顔で、揃って首をかしげながら山を下りた。
ギルドに戻ると何があったか報告を求められたが、誰一人答えられる者はいなかった。
この謎の現象に困惑したギルドは、すぐに火竜の巣のあった現場に数名の調査員を送った。
しかし、それでわかったのは、火竜二匹の撃退が完了したということのみだった。
火竜が二匹いたというのは、尻尾が二匹分落ちていたということからも明らかだった。
ギルドは調査不十分を認め、その過失の分を上乗せして、二匹分の撃退報酬は金貨五枚(50000ルクス)になった。
それに加えて、現場に落ちていた鱗や翼の片方、尻尾等が素材として銀貨50枚(5000ルクス)で買い取られた。
これらの報酬55000ルクスは、本来なら戦闘への貢献度に応じて分配されるはずだったが、戦闘の詳細がわからないことには分配のしようがない。
ギルドは再度、冒険者たちに面談を行い、この件を調査することにした。
その日の夕方、ギルドの食堂で食事をとったあと、火竜討伐のレイドに参加した冒険者たちは、パーティごとに二階の応接室に呼び出され、ギルド職員と面談することになった。
ちなみに、食事の代金はギルドの不手際で討伐難易度が爆上がりしたことの謝罪として、ギルド側が負担した。
リオンとシルフィードは掲示板前の待機所で自分たちの順番が来るのを待っていた。
もちろん、何を聞かれても、「自分たちは眠っていて何も知らない」で通すつもりだ。
こんなところで変に目立ってしまったらまずいのだ。
英雄に祭り上げられても困るし、実力が知られて人間たちに利用されるのもごめんだ。
何より下手なことをしてフレスイードに居場所が知られたら、魔王である父の追っ手が来て、連れ戻されてしまう。
リオンの望みは、人間のふりをして冒険の旅がしたい。
それだけなのだ。
(……全力でしらを切りとおすんだ)
リオンはテーブルに肘をついて顔の前で組んだ両手に力を込める。
大丈夫だ。むしろFランク冒険者が自分がやったと名乗り出たところで、信じてもらえないだろう。
何も知らない非力なFランク冒険者を演じ切るのだ。
下を向いて、面談の脳内シミュレーションに勤しむリオンに、一人の男が声をかけた。
「なあ、リオン。ギルアド交換しようぜ」
リオンが顔を上げると、火竜討伐で会ったBランク冒険者のダンがギルドカードを片手に立っていた。
「ギルアド……?」
「ああ、お前ら冒険者登録したばっかりだから知らねぇのか」
ダンが説明してくれる。
ギルドに冒険者登録するとギルドアドレス、通称ギルアドというものがもらえて、そのアドレス宛に手紙を送ることにより、冒険者同士で交流できる仕組みがある。
このギルアドを教え合うことを『ギルアド交換』と呼んでいるらしい。
親しくなった冒険者同士が情報交換のためによく使っている手段だ。
手紙は冒険者ギルドの支店であれば、どこでも出せるし、受け取れる。
ギルドは国をまたいで大陸中に支店があるので、遠く離れてもギルドを介せば連絡が取れるという仕組みだ。
なんでも転送魔法と召喚魔法を融合させた技術らしい。
ちなみに、手紙を送るには郵送料がかかるし、紙もギルドで売ってる専用用紙じゃないと送れない。
何をするにもお金がかかるのだ。実に世知辛い世の中だ。
リオンとシルフィードはダンとのギルアド交換を承諾した。
ダンがBクラスの銅のギルドカードを差し出してきた。
リオンとシルフィードも自分たちの緑色のカードをそれに合わせる。
やり方は、カードの端を合わせ、声を揃えて「
これでギルドカードに相手のアドレスが記録される。
ちなみに、ギルドカードはランクごとに、Sは金、Aは銀、Bは銅、Cは赤、Dは黄、Eは青、Fは緑という色分けがされている。
アドレス交換が終わると、ダンはリオンとシルフィードに人懐っこい笑みを向けた。
「今後ともよろしく。なんか面白い情報あったら知らせてくれよ。難易度高い依頼があったら手伝うから呼んでくれ」
「ああ、ありがとう」
リオンも笑顔で応える。
ダンって普通にいいヤツだよな。
火竜討伐のときも、なんだかんだで面倒見てくれたし、火竜に攻撃されたとき盾になってくれたし。
「しかし、今回の任務は不思議だよなー。火竜たちを追っ払って冒険者全員を回復させたやつは、結局誰だかわからんし。シルフィードはどう思う?」
ダンに話題をふられて、シルフィードはしらじらしく首を傾げた。
「さあ……通りすがりの親切な人の仕業じゃないですか?」
「そんな都合よく通りすがるか? しかも竜たちを倒したら、すぐいなくなるってのもおかしいだろ。俺はレイド参加者の誰かだと思ってるんだが……」
リオンはギクリとする。ダンは妙に勘が鋭いところがある。
幸い、ダンはリオンの動揺には気づいていないようだ。
「にしてもわかんねぇなぁ。名乗り出れば英雄だぞ。報酬の分け前もたくさんもらえるだろうに、名乗り出ない意味がわかんねぇ」
「人にはそれぞれ事情がありますからね。例えば通りすがりの親切な人が犯罪者で追われてる立場だったら、人に見られないうちに逃げるでしょうね」
「なるほど、犯罪者が人助けするかどうかは別として、それも一理あるな」
シルフィードの言葉にダンが頷く。いいぞ、その調子で通りすがりの人説に誘導するんだ。
腕を組んで考え込んでいたダンは、残念そうにため息をついた。
「ギャラリーの俺たちが観察できてたらよかったんだけどなぁ。あの時二匹目に襲われたのが災難だったぜ。俺、火竜に吹っ飛ばされてそのまま気絶しちまったんだよなぁ」
そう言ったダンに、リオンは内心ほっとした。
ダンの記憶はうまいこと改ざんされている。
これは、シルフィードの魔法が効いているということだ。
シルフィードはその場にいる人間を魔法で眠らせたときに、同時に眠る前後の記憶が消える魔法もかけたのだ。
「そうですね。私たちも、風圧で飛ばされて気絶してしまったので、何もわかりません」
「そうだな、あの二匹目の火竜の攻撃、凄かったよな」
シルフィードに続いてリオンも適当に話を合わせた。
とりあえず全員無事でよかったという平和的な結論に達したところで、ダンは話を切り上げ、冒険者ギルドを出ていった。
これから宿に戻る前に酒場で一杯やるらしい。
ダンを見送った後、シルフィードは自分のギルドカードをじっと見ながら、他人には聞こえない音量で言った。
「能力を測るガラス板といい、人間はおもしろい技術を持ってますね」
シルフィードは手紙の転送システムに興味を持ったようだ。
リオンたち上位魔族は、基本的には使い魔と呼ばれる配下の魔物を使って、手紙やメッセージをやりとりする。
ゆえに手紙のやりとりで困ったことはないが、確かにこれは便利なシステムかもしれない。
そうしているうちに、リオンとシルフィードの面談の順番がきた。
面談を受ける冒険者は二人で最後だった。
ギルドの二階にある応接室の重厚な扉を開ける。
中は落ち着いた雰囲気の部屋で、シンプルな木製の調度品が置かれていた。
夕暮れ時の街を映す大きな窓の前に、白い大理石のテーブル。その奥にひじ掛けのある椅子が三つ。
左の椅子には几帳面そうな眼鏡の男が座り、真ん中に座るのは白髪交じりの壮年の男、その右隣には勇者エリオネルが座っていた。
テーブルを挟んで手前側に三人掛けのソファがあり、リオンとシルフィードは促されるままにそこに座る。
二人が着席すると、まずは真ん中の壮年の男が口を開いた。
「遅くまでお待たせしてすまなかった。私はアルセのギルドマスターで、名をルイタスという。こちらは書記官のバルトンだ。よろしく」
バルトンと呼ばれた眼鏡の男が一礼する。
簡単な自己紹介のあと、ルイタスに想定内の質問をされた。
「火竜討伐のとき、君たちは何をしていた?」
「見ていただけです。私たちはもともと見学させていただく目的で参加したので」
さらりと言ったシルフィードの言葉に、リオンも頷く。
ルイタスがエリオネルに視線を向けると、彼は肯定するように頷いた。
「では、二匹の火竜と戦った者か、冒険者を回復した者を見たか?」
「いいえ。私たちは二匹目に現れた火竜の攻撃を受けたショックで気絶してしまって、気が付いたら戦いは終わっていました。お役に立てず、申し訳ありません」
シルフィードはすまなさそうな表情をしている。
リオンも真似してしおらしく下を向いた。
リオンは質問への答え方を脳内でシミュレーションしていたが、ここは下手にリオンが頑張るよりも、シルフィードに任せたほうがよさそうだ。
何も知らないと言った二人の様子を見て、ルイタスは落胆のため息をつく。
「結局、面談でも何ひとつ手掛かりを得られなかったな」
その時、黙って話を聞いていた勇者エリオネルが発言した。
「ルイタス殿にバルトン殿、申し訳ないが、席を外してくれませんか?」
「どうかしたか?」
怪訝そうなルイタスにエリオネルは笑顔を向ける。
「この方々に個人的に話があるのです」
「まさか、この二人が怪しいと?」
「そういうわけではないのですが……ちょっと内密に、二人に確認したいことがありますので」
エリオネルの言葉に、ルイタスとバルトンは渋々ながら席を外すことを了承した。
「もし火竜討伐の件で何かわかったら報告するように」
そう言いおいて、ルイタスとバルトンは応接室から出て行った。
二人の背中を見送ったあと、エリオネルは足を組んで、リオンとシルフィードに向き直る。
シルフィードは無表情だったが、エリオネルに向ける視線がかすかに警戒の色を帯びているのがわかった。
無意識にリオンの顔が強張る。
そんなリオンとシルフィードの前で、エリオネルは金の髪をかきあげて不敵に笑った。
「リオン、僕に蘇生魔法をかけたのは、君だよね?」
リオンの背中に冷たい汗が伝った。
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