悪夢

祭煙禍 薬

悪夢

 死ねたなら幸福だ。苦しみが一度で済むから。遭遇したのが化け物なら幸運だ、朝で地獄が終わるのだから。無知であるなら平穏だ、知らないモノには会わないから。

 そんなお彼らは本当の悪夢を見たことがないのだ。

死ねないから絶望するのだ。存在するから、終わりがないのだ。知っているから恐ろしいのだ。友人が、大切な人が襲ってくる夢をお彼らは知らないのだ。

 化け物だったなら、人間なんて瞬殺だろう。知能が無ければ罪悪感はないだろう。実在さえしてなければ、知らないモノであったならどれだけ楽だっただろう。

化け物に勝っても、負けても、現実で化け物に会う時苦しむのだ。

 悪夢は悪化する。知識を糧に、成長とともに強大になっていく。


 昔は死ぬことが出来た。悪夢は対策できた。肉体的苦痛だけだったころはまだ楽だった。色々な化け物になった大切な人達を殺し、何回も殺された。相手がナイフを向けてくれる有難さをその時は知らなかった。殺気があれば罪悪感だって薄れた。

 それでも、いつしかサディストSにもマゾヒストMにもなった、殺す事には精神的苦痛が伴うし、肉体は痛むから快楽として感じられないと......心が壊れてしまう。


 悪夢は自身が作ったSM人間化け物に適応した。肉体的苦痛だった悪夢は精神的苦痛へと変わった。夢は肉体的苦痛の再現を元々得意としていない。普通の人間が体験する痛みの限界がある、生きていける痛みしか遭遇しないからだ。しかし精神的苦痛には際限がない。

夢は記憶から、自分自身から作られている。さとりに見透かされて一番嫌な事をされているような気分だった。


 嬲られる夢、救えない夢、見捨てられる夢、いびつな好意を寄せられる夢。ベッドから始まった時の絶望も、肉体が少女だった時の切迫感も誰にも言う事は出来ない。

 元々大切な人は襲ってくるはずもない。しかし、IFのせいで、もし○○だったらの悪夢の設定のせいでありえた未来の彼らは、襲ってくるようになってしまった。

そしてありえた未来を偽物として扱う事もできない。精神的苦痛の夢の対策は酒や薬、媚薬だ。

 覚えてさえいなければなかったのと同じだし、抵抗も嫌悪感も無い方がずっと相手も優しいし、心の傷も少ない。


 悪夢は目覚めて終わりではない。休みはない。

 昨夜襲ってきた人と仲良くほのぼのと会話するのが一番つらかった。救えなかった彼らと向き合うのは本当に心が痛んだ。彼らは何も悪くない。

 彼らには何も変化を見せなかった。言わなかった。

 人に言いづらい夢の時もあった、馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれない、笑われるかもしれない。だから話せないのだ。

 孤独なのだ。現実では何も言えず、夢では助けを呼んでも敵になる。

 夢を見るたび辟易する。人と関わりたくないと思う、人を好きになりたくないと思うしかし一人では生きていけない。ただ安眠が欲しい。一人の夜を過ごしたいのだ。


***


 あれから何年が過ぎただろうか。

悪夢への対処法を確立することが出来た。夢であると認識したら、異物は排除すればいい。通報やブロックのようなイメージで、存在してはいけないモノとして対応すればいいのだ。排除のコツは少し癖があるが今となっては慣れたものだ。


 しかし、最近悪夢よりも怖いものを見つけた。ふと思ったのだ。普通の夢は思い描いた理想の事が、こんなことが起きるといいなと思う事が、夢になることが多い、では悪夢は?

 悪夢は隠れた望みが反映されているのかもしれない。心の奥底でこうであって欲しいと思う気持ちが、悪夢を見せているのかもしれない。今思えば思い当たる節が無いわけでもない。歪んだ思いが悪夢を見せているのだとすれば、友達にそうしてもらいたいと思っているとするなら……。ぞっとする。

 だから今はただ、もう二度と夢の中で友人に会わないことと悪夢を二度と見ないことを願っているのだ。夢の中でどうでもいい他人のお彼らの様な奴がどうなろうがいい、それが叶うならば。

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