星の麓

FUDENOJO

星の麓

 使われなくなった学校の屋上。僕はそこで時計を持ち、その時を待った。秒針が12の刻を指すとき、それが合図だ。街明かりは煌々と灯り、夜だというのに夕方のように明るかった。だがそれももうすぐ終わりだ。


 残り5秒。


 4


 3


 2


 1


「ゼロ」


 その瞬間街の明かりが次々と消えた。まるで明かり同士が示し合わせたように。消える光をカウントする暇もなく、夜の闇に光は紛れていった。気づけば辺り一帯の光は消え、ただそこには常闇が広がっていた。


 20XX年。まだ人類が宇宙に住んでいない頃。地球沸騰と異常気象への方策として停電政策がとられるようになった。夜間に計画停電することで二酸化炭素の排出を減らすというわけだ。各家庭にはバッテリーが設置されており、夜間の電気はそれで賄うというわけだ。ただし夜間の電気使用は自粛するよう暗黙の了解が世間にはあり、エアコンなど生活に欠かせない家電の稼働以外は使用しないのが一般的だ。かく言うわけで計画停電の時間になると街中の光は消え、夜と同化するのである。電気に頼りがちな近頃で考えれば、何もすることができないぽっかり空いた時間になってしまうのだが、僕にとってはこの時間が何より楽しみだった。


 その理由はもうすぐわかる。明かりが消えて数十秒後の景色に、答えがある。


 街の明かりが消えたのと呼応するように、空に無数の星々が煌めき始めた。一つの星が見えれば、その周りの100以上の星が見えるようになる。気づいた時には、夜空は星で埋め尽くされていた。この星を眺めるのが、僕の趣味だ。天体の本と安物の望遠鏡を準備し、星々を眺める。あの星はどうとかこの星はどうとか、知りたくなれば本が教えてくれる。本は二冊。一冊は星空の本で、もう一冊は宇宙飛行士の本。宇宙飛行士を夢見ていた小さい頃に買った思い出深い本で、今も持ち歩いているのだった。

 実を言えば僕は最近悩みがある。と言っても深刻なものではなく、いわゆるアイデンティティを見失っている状態だ。つまり自分らしさが何かわからないのだ。星を見るとなぜかそんな気持ちを忘れられる。一種の逃避とも言えるかもしれないが、逃げるのも大切だ。僕は自分にそう言い聞かせ、星空観察に没頭するのだった。


 ところで、この場所で星を眺めるのは僕一人だけではない。まれに星空を眺めに来る人が何人かいる。おじいさんだったり子供だったり様々。そして最近よく見かけるのが、車椅子の少女。僕と同い年ぐらいだろうか。この廃校舎にはスロープが設置されており、この屋上まで登ることができる。この校舎は北館と南館、そしてそれをつなぐ渡り廊下から成っている。僕はいつも北館で星を見ている。その少女は南館だ。しかし今日は違った。その車椅子の少女も北館の屋上にいたのだ。珍しいなと思いつつも、特に話しかける話題も必要性もなく、僕は星空観察を始めた。そこから少ししたのち、僕が少し休憩をしていると、その少女は話しかけてきた。

「星は好きかい?」

 僕は少し悩んだうち頷いた。

「どうして?」

 間髪入れずに少女の口から言われたその一言は僕を揺り動かした。どうして好きか?そう言われたら返答に困る。星を見ると落ち着くから。それが一番の理由だったがぼんやりしていてどうにも切り出せなかった。

「星は君にとって何だ?」

 少女はさらに切り込んだ。僕にとって星は何かと言われても、何も思い浮かぶものがない。そもそも初対面の相手に切り込む角度にしてはあまりにも鋭利だ。僕は答えられずにいた。

「・・・あの、逆にあなたにとっては?」

 僕は悩みに悩んだ挙句逆質問に出た。質問を質問で返す愚行とは分かりながらもそれしか手がなかったのだ。少女は何か考えたのち僕にこう言った。

「・・・そうだな。あえて言うなら、浪漫だ。」

 少女はそう言った。浪漫と言う一言を人から聞いたのが、これが初めてかもしれない。僕は少し驚いた。

「星はいつもそこにあって、いつもあるのに届かない。実際人類が現時点で降り立ったことのある星は月だけで、ほかの星々に降り立ったことは一度もない。火星などに探査機が行ったと言えど、その星の地面に人が触ったことはない。だから星のことを触って真に知り、その星を旅した者はいないのだよ。だから私にとって、星は浪漫の塊。未知の領域に、心の奥底の探求心を駆り立てられる。星を見ると興味が湧く。それに伴い胸の奥から高揚感を感じる。これが私にとってたまらないのだ。」

 少女は静かに、だが高らかにそう語った。言われてみれば、星のことを知った気になれど、降り立った者は数少なく、特に人類が降り立った星は月一つだけだ。僕が今まで考えたことのない視点を、彼女は与えてくれた。

「さて、君はどうだい?」

 少女は僕に再びそう問いかけた。細目の彼女でもその瞳のきらめきを隠せずにいた。少し冷えた北風が吹いていたが、この空間に漂う言葉にしがたい熱のようなものに、僕は圧倒されていた。一度はひっこめた言葉を、僕は再度切り出した。

「僕は・・・星を見ると落ち着くんです。なんか、その時間が一番自分が自分らしくいられるようで・・・。」

 僕は頭を回転させ言葉を一言一句慎重に紡いだ。これが答えになっているか。それはわからない。だが、これが僕なりの意見だ。罵倒されたっていい。だが、少女は微笑んだ。暗い夜でも、その表情はすぐに見て取れた。

「それが君の答えか。・・・面白いな。星に慰めてもらってるようだ。」

 その一言は、僕の核心をある意味で突いていた。思い返せばそうだ。星は一つ一つアイデンティティを持っている。それが羨ましかったというか、こうなりたいと思ったのか、彼女の言う通り星に慰めてもらっているのか。少なくとも、僕にとって憧れの存在であると、それは的確に当たっていた。

「星になりたいなんて思ったことは?」

 少女はまた質問した。星になりたいなど考えたことはなかった。突拍子もない質問に再び四苦八苦した。

「・・・なりたいとは思ったことはないですけど、星みたいな強いアイデンティティを持ちたいなんて考えたことはあります。星はそれぞれ個性を持って、他に劣らず強く主張し続けている。そんな星がどこか羨ましかったことはあります。」

 僕はそう言った。場つなぎ的に言ってしまったのでまるで答えになっていないことは自覚していた。だがこれが僕なりの答えだった。

「星のアイデンティティか。それは私の盲点だ。」

 少女は興味深そうに話を聞いていた。微笑むことはあれど彼女に嘲笑の色はない。むしろ知見を深めているかのようだった。彼女は星を見ると指を空に向かい動かし、星々を繋ぐように指を動かした。

「ところで、君は星座に疑問を抱いたことは?」

 少女は僕に質問した。僕はそう言われ星を見る。空には夏の大三角形、そしてひしゃく座がひときわ輝いて見えた。そしてほかのしし座やさそり座も光り輝いていた。特に僕は疑問など抱かなかった。ただ、一つを除いては。

「・・・奇妙な形してますよね。かみのけ座とか。」

 僕はそう言った。3つの星から成るかみのけ座は、僕のような凡人にはただのL字の金具にしか見えない。絵がついてもどこが髪の毛なのかわからないままだった。

「はくちょう座はわかりますけど、ぽんぷ座やらしんばん座なんて・・・」

 僕は途中で文句のようになっていると気づき口をつぐんだ。少女は僕の話を聞いて、何を言うでもなく、ただこちらを見つめていた。

「よかったよ。私と同じ疑問を持っている。」

 少女はそう言った。同意見なのは良かったがどうリアクションしていいかわからなくなった。少女は話を始めた。

「昔の人には、星空はどう見えていたんだろうな。私は心底感心する。ただの星の連なりにベレニケの髪の毛や白鳥になったゼウスの話を重ねて星座を定義した。あの想像力には脱帽するよ。よほどのロマンチストだったのだろうな。」

 その話全てが僕にとっては新しい視点だった。

「そう言った意味では君もその一人だ。」

「僕が・・・?」

 僕は驚きを隠せなかった。どうして僕なんかが。

「星のアイデンティティと言ったね。私はそのような想像力をあいにく持ち合わせていない。私の場合、星はどこまで行っても星だ。君はその先を行っている。それも十分、君のアイデンティティなのではなかろうか。」

 僕の心の何かを動かした音がした。僕の中の地球儀を。天動説から地動説へ目覚めたような、そんな気づきが僕の心に生まれたのだった。まるで想像もしなかった答え。合っているかどうかの確証もない。だが、アイデンティティとはそう言うものではなかろうか。微々たる一挙手一投足、人間性がアイデンティティになりうる。一つ気づけば星のようにたくさん見つかるかもしれない。僕の心に、自信とも似つかない、そんなものが浮かんだのだ。

「・・・さて、もう見えてくる頃合いかな?」

 少女は懐中時計を眺め顔を上げた。僕もつられて顔を上げる。


「君に話しかけたのはこれを見せたかったからでね」

「・・・あっ」


 彼女が指をさす方向、そこにうっすらと輝く星があった。その星は少しの後ろ尾を引いていた。彗星だ。そう言えば今日だったのか。

「やはり星空は良いな。見上げればすぐに見えるのだから。」

 その一言に、僕はただ静かに頷いた。今日の空は、今まで以上に透き通っていた。都会ではお目にかかりにくい、天の川すらみえるほど。

「そう言えば、君は宇宙飛行士を志しているのかな?」

 少女は僕に質問した。僕の手に持っている本を見てそう言ったようだ。

「昔・・・ですけどね。」

 僕はそう返答した。

「絵空事なのだが、もし私や君が宇宙に行けるようになったら連れって行ってはくれまいか?この足だが、星の地面に足をつけてみたくてね。」

 僕の心の中で何かがざわついた。忘れていたような感触。近頃の僕に欠けていた、夢を見るという単純行為。それが再び、そしてふつふつと熱くなったのだ。

「次の彗星はいつですか?」

「およそ20年後。」

 僕は思い切った質問をした。行く末も知らずのまま、僕は心にゆだねた。


「次の彗星の夜、ここに来てくれませんか。その時、もし星に行けるようになっていたら・・・。」

 僕の心の底から、言葉が次々と綴られる。アイデンティティだとか、そういう凡雑な考えで圧殺されていた思いがあふれたのだ。

「・・・楽しみにしているよ。」

 僕が言い終わらぬうちに、少女はそう返答したのだった。星空の元、約束は交わされた。


「20年後、星空の麓で。」

「星空の麓で、また。」


 短い言葉を交わし、僕はその場を後にした。そろそろ朝焼けの時間帯だ。街の電気も一つ一つ付き始めた。星々もやがて別れを告げ始めた。そう言えばあの人の名前も聞かずのままだった。だが、それはもう必要ないだろう。あの会話だけで十分だ。僕は家に帰ると、薄暗い部屋の中でろうそくを付け、本棚の奥底で眠っていた物理学の本を取り出し読み始めた。かつて僕が宇宙飛行士を目指していた時に買ってそれっきりになっていた本だ。ふと机の傍らに置いてあった天球儀が目に映り、僕はそれを回した。天球儀はカラカラと音を鳴らし回っていく。


 僕の宇宙も、回り始めた気がした。


 ある星に僕らの足跡が残されるまで。いや、残されてからも、ずっと。

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星の麓 FUDENOJO @monokaki-gamer

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