3話

ラヴァンと話した後、私は何かを探すように、ただ庭の奥へ奥へと歩いていた。

荒びれた煉瓦造りの建物がちらほらと並び、小さな石橋の下には川がせせらいでいる。

ここは庭にしては広すぎて、どちらかというと小さな村みたいだ。でも、村にしては生活感がなくて人もあまり見かけない。ラヴァンという男の言うように『庭』という表現の方が合っているような気がした。


遠くで、誰かの笑い声がした。乾いた空気の中で響いたその声は、水のように軽く、弾けるように明るかった。

声の方に向かって歩いていると、広場のような開けた場所に出た。中央には水の出ていない壊れた噴水があり、一人の女が腰を下ろしていた。


明るい茶髪が陽に透けている。真っ赤な口紅、青く光るラメのアイシャドウ。派手なドレスはどこかくたびれていて、裾がほつれ、そこからほっそりとした脚が見えるが、その脚にはぶつけたような生々しい痕が複数あった。

その派手な姿は庭の雰囲気にまるで馴染んでいなかった…にもかかわらず、彼女はこの場所にぴったり収まっているように見えた。


「ねえ、そこの子」


声をかけられて、私は少し身構える。


「そんな顔してるとシワ増えちゃうよ〜?ほら、笑って」


彼女は眩しいほどの笑顔で、まるで長い付き合いの友人と話すように言った。


「初めて見る顔だね。迷い込んじゃった?」


「まぁ……おそらく」


私はうまく答えられなかった。そのあけすけな視線がまっすぐすぎて、私は少し居心地が悪かった。


「あたしリリィっていうの。アンタは?」


名前を聞かれて答えようとするけど、喉の奥に言葉がつかえて出てこない。私は誰だろう、思い出せないし思い出すほどのものでもない気がした。


「…….わからない」


「ふーん、ま、ここにはそういう子は何人かいるわ」


そう言って彼女は立ち上がると、つかつかと私のほうへ歩いてきて、いきなり肩に手を置いた。


「ここじゃ退屈しないわよ。何てったって、アタシがいるから」


「ここって……いったい、どこなの?」


私がようやくそう尋ねると、リリィは肩をすくめて、大げさに目をぱちくりさせた。


「え〜? 『庭』でしょ、『庭』」


「庭って……誰の?」


「さあね。誰かがそう呼んでたから、アタシもそう呼んでるだけよ。本当の名前なんて、どうでもいいじゃない?」


「ここには……いつからいるの?」


「覚えてない。ていうか、たぶんずっと前。

気づいたらいて、気づいたら誰かがいて、気づいたらアタシ、笑ってた」


彼女はそう言ってまた笑った。空虚じゃないが、底が見えない。


「みんな、帰る場所がないのよ。もしくは帰り方を忘れたか……帰る意味が分からなくなったか。あんたも…そうなんじゃないの?」


ドキリとした。たしかに、こんなおかしな状況にも関わらず私は帰り道よりもどうやってこの場所で生きていくのかが知りたかった。


「ここでどうやって生きてるの? お金も、食べ物も―」


「食べたいと思ったら食べればいいし、眠たくなったらどこででも寝ればいいのよ。欲しいと思ったものは、大体、手に入る。…そう、欲しけりゃ、ね」


彼女は意味深に笑って、目を細めた。


「でも、忘れちゃダメよ。欲しいと思わなきゃ、何も手に入らないってこと」


私には、その言葉の意味がよく分からなかった。


「たとえば、食べ物とか服とか…そういうのはふと現れたりする。でもね…」


リリィは私に顔を寄せて、少しだけ声を潜めた。


「セックスはダメ。男は自分の手で捕まえないと。この庭で唯一、飽きない遊びよ」


唇を歪めて笑うその顔には、何の躊躇いもなかった。


「ねぇ、アンタは何が欲しい?」

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