偽りの聖女
メリッサは馬車から降りる時に、落ち着いた足取りを心掛けていた。
ダークとグレゴリーは聖女に簡単に手出しをしない。
メリッサは偽りの聖女であるが、うまく騙すしかない。騙せなかったら、メリッサたちはもちろん、サンライト王国の国民を殺戮する恰好の口実になる。
この場にいる司祭と御者、そしてサンライト王国に住む国民たちの命は、メリッサの演技に掛かっている。
メリッサはダークとグレゴリーに向き直り、恭しく一礼をした。
「お初にお目にかかります、メリッサと申します」
厳かな口調を心掛ける。逆光が手伝って神々しい。何も知らなければ、聖女に見えるだろう。
グレゴリーはのけぞっていた。
「マジで……? 聖女なんてどうやって用意できたのん?」
「無茶だと分かっていて要求したのかよ。てめぇは何がしたいんだ?」
ダークが露骨に舌打ちをする。
グレゴリーはふふんと得意げに鼻を鳴らす。
「決まっているでしょん。要求を呑まないのを戦争の口実にしたかったのよん。あんただって暴れ足りないでしょん?」
「確かにな。ムカつく連中は何度殺しても飽きないぜ」
ダークはせせら笑う。
「本物の聖女なら、俺たちにとって神官長と同列だぜ。俺たちの宗教より歴史が長い分、丁重に扱いたいもんだ。いくつか確認させてもらうぜ」
メリッサは大粒の唾を飲み込んだ。ダークは怪しんでいるのだ。
しかし、質問や確認を拒むわけにはいかない。
「どうぞ」
「気にある間があったが、まあいい。審査は俺の知らない所で行われたとして、どんな奇跡を起こしたんだ?」
聖女と認められるには、宗教に関する複数の専門家の審査と、誰もが認めるような奇跡を起こしている必要がある。
メリッサは安堵した。当然問われると考えて、答えを用意してある。司祭とも口裏を合わせてある。
「サンライト王国の王子が生まれる日を告げました」
実際は、王妃が懐妊してからいつ生まれるのかな? と仲間内で話し合っていて、まぐれ当たりしただけだ。
ダークは感心したように溜め息を吐いた。
「そりゃ大ごとだな。奇跡と言って差し支えないぜ」
「やっぱり聖女で間違いないのねん。貧相な馬車に乗っていたから油断したわん。サンライト王国の国民の為に、多くの人材を残して来たのねん」
グレゴリーはひぃいいと悲鳴をあげていた。
ダークはニヤついていた。
「王子の出産日なんてめちゃくちゃ重要なお告げをしたのに、なんで名前を出さなかったんだ?」
「えっと……わざわざ名前を出す事もないと思いました」
メリッサが明らかに
そんな彼女に司祭が助け舟を出す。
「国外に出すべき情報ではないと判断されたのだ」
「なるほどな、質問を変えるぜ。てめぇらの宗教では、聖堂の記録書に嘘を書くのか?」
メリッサはもちろん、司祭も虚をつかれた。
ダークは続ける。
「サンライト王国の王子が生まれる日を告げた聖女の名前は記録に残っていた。メリッサじゃなかったよな」
メリッサも司祭も答えに窮する。
御者が震え、怒鳴る。
「何故おまえがそれを知っている!?」
「待て、落ち着け!」
司祭が御者を制するが、遅かった。
ダークは溜め息を吐いた。切れ長の瞳をギラつかせている。
「本物の聖女を殺す寸前に、聖堂の記録書を読むように言われたんだ。自分たちの考えを理解してほしいと。だからサンライト王国の国民を皆殺しにするのは避けたんだけどよ……」
ダークは両袖からナイフを取り出す。
「よりにもよって聖女を偽るクソがいるなんてな。司祭も一枚噛んでるだろ? てめぇらマジで最低だぜ。聖女について一番理解しているはずなのに、何してんだ?」
「メリッサ、すぐに馬車に乗りなさい!」
司祭は声を張り上げた。馬車で逃げるつもりだ。
しかしメリッサは動かない。ダークをじっと見つめていた。
グレゴリーが腹を抱えて嘲笑う。
「あらあらニセものだったのん? しかもダークさんに睨まれて何もできないのねん。生きる価値がないわねん!」
「……確かに私は偽りの聖女でした。お詫びした所で許されるものではないでしょう」
メリッサは両手を合わせて跪く。
「偽りの聖女としてここに来たのは、私の意思です。
「メリッサ、何をしている!? 相手は魔王だ、説得なんて通じない!」
司祭が騒ぎ立てるが、メリッサは動じない。
そうこうしているうちに、御者が馬車を走らせる。司祭がメリッサの名前を呼んで絶叫するが、馬車はみるみるうちに遠のいていた。
グレゴリーの笑い声がますます響く。
「ダークさんが逃すはずかないでしょ! ねぇ、そうでしょ!?」
「……あいつらがやりたかった事は理解できるぜ。どんな手段を使っても、国民を守りたかったんだろ。最低の手段だったけどよ」
ダークは舌打ちをする。
「ニセ聖女、てめぇはどうするつもりなんだ?」
「あなたたちの好きなようにしてください。祖国に顔向けできない事をしましたので。ただ、許されるなら……」
メリッサは一呼吸置いた。倒れている男性に視線を移す。ダークが手刀で昏倒させた男性だ。
「この場に倒れている怪我人の手当てをさせてほしいのです」
「許されるわけないでしょん! あんたは娼婦になるのよん。あたしがたっぷり可愛がってあげる!」
グレゴリーが嫌らしく鼻息を荒くしていた。
メリッサは両肩を震わせたが、反論を飲み込んだ。聖女を偽っていた事はバレた。これ以上は戦争の口実を与えてはいけない。
メリッサは泣きそうになりながら、唇を噛んだ。
ダークは両手のナイフを袖にしまい、めんどくさそうに頭をかいている。
「わりぃグレゴリー、こいつは本物の聖女だぜ」
「へ? 何を言ってんの?」
グレゴリーの両目が丸くなる。
ダークは両の手のひらを上に向けた。
「魔王から祖国を守ったんだ。立派な奇跡だぜ」
「ちょっと!? 甘すぎるでしょ!? まさかこの女に惚れたわけじゃないわよねん!?」
「つべこべ言わずに怪我人の手当てを手伝えよ。闇の眷属だってダダですんでねぇんだ」
切れ長の瞳に睨まれて、グレゴリーは慌てて包帯を取り出した。
グレゴリーはメリッサに悔しそうな眼差しを向ける。
「いい気にならないで。あんたなんて、集落に連れて帰ったらグチャグチャにしてやるんだからん」
そんなグレゴリーの言葉に、メリッサは構ってられない。
「怪我人を一人でも救えるように頑張らないと」
決意を固めるメリッサに対して、グレゴリーは唖然する事しかできなかった。
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