第23話 胡散の向こうに

 夜明け前、ショーン博士は救急搬送された。到着した病院では、当然のように複数の精密検査が行われるだろう。あの恍惚の笑顔のまま、博士がどう診断されるのか、私には想像もつかなかった。


 私はひとまず、調査の整理を始めることにした。


 私、ジャーナリスト渡辺は今回、数件の行方不明事件を追ってきた。その結果を記事としてまとめなければならない。


 零光会の信者、山本の消息は確認できた。宇佐美についても然り。

 では、宇佐美が唆して連れ出した近隣の住民はどうか。源八の言葉を信用するならば、彼らは“先の時代に帰還させた“らしい。もしそれが事実なら、既にこの時代に戻っているのか、あるいは“モダン”を持たされ、どこかの病院に横たわっている可能性がある。


 しかし記事としてまとめるとどうなるか。


「元零光会員のU氏が、信者や複数の住民を連れ出して、奥多摩の無人山荘に監禁していた。現在U氏は心神喪失状態で入院中であり、回復の見込みはないため、さらなる詳細は不明」


 ……そんなところか。


 だが、これでは読者にとって何ら面白味がない。むしろ平凡な記事として没になるのが関の山だろう。


 そうなれば、今回の取材は成果なし。ジャーナリストとしては致命的だ。

 このままの状態で続けるなら、フリーにならざるを得ない。

 もし部署異動となれば、回ってくるのは芸能ゴシップだ。有名人の粗を探し、週刊誌に載せる。……そんな仕事に、私の矜持が収まる場所はない。


 いや、待てよ。出版社にはオカルト雑誌部門があったな。

 今回の一連の体験を、オカルトとして書き起こすなら……。


「あはは、丁度いいか」


 半ば投げやりな、自嘲の笑いが口をついて出た。 


 ◇


 そう言えばあの時、源八には「もう来るな」と言われた。だが、石室の調査をここで手を引くべきかどうか、私は悩んでいる。おそらく、あの奥多摩の石室にまつわる全てを解明することなど不可能だろう。そもそも、私が奥多摩に来た当初の目的は、大正から昭和にかけて作られた避暑地の面影を残す別荘群の取材だったのだ。旧日方邸の内部のことは、そっとしておいた方が良さそうだ、とも思う。


 佐藤の事は、零光会オリビア教祖の指示とはいえ、連れ回しているのは間違いなかった。一つ気がかりなのは、オリビア教祖がなぜ佐藤を派遣したのかということだが、まあ今さら考えても仕方がない。

 通訳の設楽に関しては、ショーン博士があの有様になってしまった以上、身を引いてもらうしかない。彼女を本来の職務とは関係のない事に巻き込んでしまったことを、私は少なからず悔いていた。ちなみに博士帯同での今回の調査では、我々の「神隠し」は二週間程度で済んだ。


 私は出版社に戻り、あくまで途中経過として編集長へ報告をした。

「取材内容が思わしくないね」

 編集長は机に身を沈めると、胸のポケットからタバコを取り出し、無言のまま火をつけた。紫煙がゆっくりと立ち上る。

「ふう……渡辺くん。正直、君のような優秀なジャーナリストを手放したくはないんだ。何としても結果を出して欲しい」


 ありがたい言葉ではあった。だが実際には、記事にできるほどの収穫はない。私の立場は危うい。退職してフリーになる勇気も、まだ持ち合わせてはいなかった。


 ふと、編集長の背後に積まれている雑誌の山に目が行った。グラビア誌や週刊誌に混じって、ひときわけばけばしい装丁の雑誌が視界を捉える。「奥多摩七不思議 UFO基地とUMAの真実」。

 胡散臭さの塊のようなその見出しは、しかし今の私には、不思議と現実味を帯びて映った。


  特集:奥多摩七不思議 UFOの離発着場は実在した!

  UMA“多摩獣(タマ・ビースト)”の足跡を追え!

  消えたダム湖の底で、夜に光る“壁”が目撃される

  奥多摩の山を越えた先に“化け猫の里“発見!

  廃坑で発見された謎の金属体は“未来からの遺物”か?

  旧集落の地下に眠る“封じの祠”の真相

  

  最後に語られる、神隠し“石室”の噂


 全く胡散臭い雑誌だな……と、以前の私なら嘲笑していたところだ。だが、今回の事象を経験してしまった今となっては、どれも否定する自信がない。いま正に取材内容をまともに報告したら、オカルト雑誌の部署へ異動させられるだろう。


 私は机に肘をつき、曖昧な笑みを浮かべながら、紫煙の向こうに揺らめく自分の未来を見つめていた。

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