第6話

「……あの、陽さん。恋人っぽく、名前で呼んでみてくれませんか」

「えっ、名前で……?」


こくりと頷く。

じっと見つめると、彼は小さく観念したように息を吐いた。


「……み、美月」

「っ……」


耳に落ちた自分の名前。

それだけで胸の奥が痺れるように震え、心臓をぎゅっと掴まれたみたいになる。──もっと。もっと欲しいと願ってしまう。


「っ……これ、かなり恥ずかしいですね」

「……恋人なんだから、敬語もなし、だよ。……陽くん」


逸らされていた視線が、はじかれるようにこちらへ向く。

夕日に照らされて真っ赤に染まった頬。

その顔を見た瞬間、胸が熱を帯びる。今は、私だけじゃない。彼も同じ気持ちで震えている。


「……練習なのに、すごくドキドキするね」

「そ、そう……だね」


言い換えられただけの言葉。

けれど、その一瞬がたまらなく嬉しい。


「……え?」


差し伸べた手が、陽くんの目の前で止まる。

一瞬の戸惑い。けれど、意を決したようにそっと重ねられるぬくもり。


「……あったかい」

「……っ、もう、かんべんして」


軽く触れているだけ。

それだけなのに、彼の手は微かに震えていた。

その震えごと包み込むように、私はきゅっと握り返す。


「……ふふ。じゃあ次は、三十秒だけ、目を逸らさないで」

「な、なんで……?」

「恋人って、目を見て話すものらしいから」


少し下から伺うように、じっと見つめる。

陽くんの大きく見開かれた瞳を、まるでなぞるように追いかける。

やがて瞳は細められ、頬が比例するように赤く染まっていく。

潤んで、きらめいて──もっと見ていたいのに、その瞳は扉を閉じてしまった。


「……まだ、経ってないよ」

「~~っ、ほんと……美月、かんべんして」


もう一方の手で顔を覆う陽くん。

きっと、私も同じくらいに頬を染めているはずだった──。

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