第2話

それからの私は、何かあっても。

何も無くても。

彼。陽さんのお店に出向くようになった。


撮影で立て込んだ時。

雑誌の取材で疲弊した時。

どんな時でも、陽さんは暖かく迎え入れてくれた。

最初は「隠れ家」として求めていた。

けれど気がつけば週に何回も通うようになっていて……。


「(これは決して、陽さんに会いたいからとかじゃない……。あの店の雰囲気が、意心地良すぎるせいなんだから)」


そんな言い訳を並べながら、今日も私は陽さんのいるカフェ〈Hidamari〉へ向かう。


カラン。

軽やかな音と共に、ふわりとコーヒーのいい匂いが鼻をかすめる。


「あ、いらっしゃい。今日も来てくれたんですね」

「っ……はい、なんだかここのコーヒーが忘れられなくて」


にこりと、体に羽が生えたかのような軽い笑みで出迎えられて。心臓が小さく跳ねる。

少し上擦った声で返事をしながら、いつもの席へと腰掛けた。


「朝比奈さん、今日は暑いしアイスラテですか?」

「あ、はい。そうしようかな」


いつの間にか呼ばれ始めた名前に。

口の中が乾いていく。

カラカラと氷の音を聞きながら。

陽さんの手元をじっと見つめる。


「……そんなに見つめられたら少し恥ずかしいですよ」


キン、と。

混ぜられたスプーンとグラスの柔らかに鳴る音が、陽さんの心情を表しているかのよう。

微かに染められた耳の赤さが、その言葉に嘘がないことを物語っている。


「ぁっ、ごめんなさい……だって。陽さんの手って、なんだか魔法みたいだから」

「魔法?」


差し出されたアイスラテのストローを、くるりと回しながら続ける。


「魔法、です。陽さんの淹れるコーヒーやラテって……一口飲むだけで、心がふわっと軽くなるんです」

「……それは、嬉しいな。でも、それは僕の腕じゃなくて、豆とか道具のおかげですよ」

「そういうところです!」


思わず声を強めてしまい、慌てて口をつぐむ。

陽さんはきょとんとした顔をして、それから柔らかく笑った。


「……朝比奈さん、ほんとに不思議な人ですね」

「ふ、不思議……」

「うん。芸能界の人なのに、こうして普通に話してくれるから。なんだか、ただの女の子みたいで」


──ただの女の子。

その言葉に胸の奥がじんわりと熱を帯びる。

きっと彼は、特別な意味を込めたわけじゃない。

常連客への、素直な感想にすぎないのだろう。


「(でも……。陽さんに“ただの女の子”って見てもらえるの、なんだか嬉しい)」


グラスの中で氷がカランと鳴った。

その音が、胸の高鳴りを隠してくれる気がして。

私はストローを口に運び、少しだけ誤魔化すようにアイスラテを啜った。

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