第3話 幽霊だったらよかったのに…

僕は手を伸ばして蝶を追いかける。

その時だった。

「田中!何やってるんだ!」

 ドンッ

 教卓を叩く音が教室中に響き渡る。

 クラス中の視線が一斉に僕に集まる。

 先生は目頭を熱くしながら僕に怒号を飛ばす。

「授業もろくに聞かずに窓ばかり見て、

 そんなんだからお前は成績が悪いんだよ。

 お前はどんだけ俺を小馬鹿にするんだ?」

 先生は頭を抱えて、教卓をがっしりと握る。

 周りからクスクスと笑い声が聞こえる。

「あいつ 目立つ時毎回怒られてるよな。

 あいつ幽霊のくせにこういう時には必ず目立つんだよな。

 俺あいつの名前知らないんだけど。

 なんか知らない人間のせいで授業止まるのマジだるいよな〜」

 皮肉なことに僕の唯一の長所である聴覚の良さは

 聞きたくもない声を一言一句完璧に僕の耳に届けてきた。

 なんでこういう時に幽霊じゃないんだろう…

 僕は下を俯く。

 身体中から汗が止まらなくなり小刻みに体が震え始める。

 次第にクラスメイトの顔が怖くなってくる。

 その時だった。

 突然相川さんが立ち上がり、窓に手を掛ける。

「あの蝶 陰にいる薄暗い色をした蝶にちょっかいかけてる。

 陰にいる蝶すごく嫌がってるじゃん。」

 相川さんは少年のように目を輝かせながらそう言った。

 相川さん窓から体を乗り出しながら無邪気に蝶を追う。


 クラス中の視線が相川さんに集まる。

先生が焦った顔で近づいてくる。

「相川!

 お前何やってんだ。

 危ないだろ!」

 先生が相川さんの背中を掴み教室に連れ戻す。

 相川さんはピースをしながらニカっと笑う。

 先生が酷く呆れた顔で相川さんを見つめる。

「今は授業中なんだから

 ちょっとぐらい我慢しなさい。

 相川にはほんと振り回されてばっかだよ。」

 先程の僕に対しての口調とは違いとても優しいものだった。

「はーい。」

 相川さんは頭に手をやると席に座った。

 周りから騒めき声が溢れ始める。

「相川はほんとに自由よな〜

 でもそれがいいんだよな。

 相川はあいつと違って何故か腹立たないよな。

 いいリフレッシュになるなぁ 相川のおかげで。」

 教室中が先程の空気が嘘のように幸せで包まれ始まる。

 まるで僕は踏み台に使われた道具みたいだ。

 相川さんに視線が集まる中、僕は一人窓越しに先程の蝶を眺める。

「相川さんは僕を見て言ったわけじゃない。

 世の中そんなに都合良くはいかないもんな…」

 僕は俯きながら、陰にいる薄暗い蝶から

ゆっくりと離れていくあいか…いや違うもう1匹の蝶を眺めていた。

 先生はゆっくりと教卓に戻ると黒板に文字を書き始める。

 どうやら何事もなかったかのように授業が再開しているみたいだ。

 もし僕が相川さんを好きじゃなかったとしたら僕は相川さんを憎んでたのだろうか…

 こんなこと考えてても悲しくなるだけだ。

 僕は一心不乱に黒板の文字を写し始める。

「僕は相川さんのどこが好きなのだろうか…」

 心の中で何度も反芻する。

 どうにも気分が紛れない。

 僕はボーッと空を眺める。

 先程の陰にいた薄暗い蝶が先程離れたはずのもう1匹の蝶を追いかけていた。

「確かめるしかないな…」

 僕は横の席に座る相川さんを眺める。

 周りにどう思われたっていい、相川さんに嫌われてもいい、ただ僕の本当の気持ちを確かめたい。

 僕は喉を震わせながら必死に言葉を紡いだ。

「あ、あの…

 え〜っと…」

 キーッ

 チョークの音が静かに響く。

 相川さんはキョトンとした顔で僕を見つめる。

 カリカリカリ…

 周りから鉛筆の音が聞こえる。

「周りは真面目に勉強しているのにな…」

 僕はボソッと声を漏らす。

 僕は下を向きながら姿勢を黒板に向ける。

「やっぱり僕に無理なんだ…

 幽霊のままでいい…

 僕が関わると相川さんに迷惑にも掛ける…」

 僕は一心不乱に鉛筆を進める。

 幽霊の癖に周りに合わせていないと不安になってしまうみたいだ。

相川さんの席から暖かな空気が流れてくる。

「もしかして田中君蝶のこと気になってた?

 田中君も蝶見てたもんね。」

 相川さんが僕の耳元で静かに呟く。

 僕は驚いて飛び跳ねる。

「いや、えっとその…

 何というかその…

 蝶見てました!めちゃくちゃにほんとにそのアレだったんで。」

 僕は勇気を振り絞る。

 今まで出したことない声量に自分でも驚いた。

 普段喉を使っていないからか喉に痛みが走った。

相川さんは少し焦った様子で小声で喋る。

「今授業中だからあんまり大きな声出したらダメだよ。

 田中君って案外面白いんだね。

 私田中君みたいな子と喋ったの初めてかも。」

 僕は相川さんと顔を合わせながらゆっくりと周りを見渡す。

 真剣に黒板を写している周りのクラスメイトを見ながら

 僕と相川さんはニヤニヤ笑う。

「僕が初めて自分から話しかけたの相川さんが初めてです。

 昔から空気として扱われてきたのであんまり自分に自信を持てなかったんですよね…」

 僕は小声で相川さんに語りかける。

 相川さんは酷く驚いた様子だった。

「自分から喋りかけたことない人間なんて聞いたことないよ。

 田中君が思ってるほど田中君は空気じゃないよ。

 田中君が思い込んでるだけで周りは普通に田中君のこと意識してるよ。

 ほら 私と田中君、普通に喋れてるじゃん。」

 相川さんはあくびをしながら、小声でいう。

「せっかくいいこと言ってるのに台無しだよ…」

 僕は相川さんに笑みを溢しながら呟く。

 相川さんは顔を膨らませながら、言った。

「あくびをしてても言葉は劣化しないんだからね。

 あんまりそういうこといわないの。」

 このままずっと続けばいいのにな…

 僕は心の中で静かに呟く。

「案外いい人もいるんだな。」

 僕は相川さんを見つめながら言う。

「何よそれ。

 田中君がちゃんと周りの人をよくみてないだけでしょ。」

 相川さんは口角を上げて笑みをこぼしながら言った。

「もしかしてあくびのこと根に持ってるんですか?」

 僕はニヤケながら相川さんに言う。

「ば、バレた?」

 相川さんの目線が泳ぎ始める。

「別にいいんだけどね。」


「別にいいのかい!」

 相川さんと僕は顔を合わせると二人で笑い始めた。

 おかしくて面白くて楽しくて何故だが二人とも笑いが止まらなかった。

 キーンコーンカーンコーン

 授業の終了のチャイムが鳴り響く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こんな僕でも恋がしたい! 欠陥品の磨き石 磨奇 未知 @migakiisi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る