第2話

「ポテチを取ってください」


「うん」


「それから、コーラのおかわりを持ってきていただけますと助かります」


「うん――っておかしいよね!?」


 私が大声を上げると、しーさんがちらりとこっちを見てきた。


 先日やってきたばかりのこの綺麗なメイドさんは、ソファに寝っ転がってゲームをしていた。ホームランの演出が出るたび、ポテチの袋へ箸を突っこみ、それからコーラをラッパ飲みしていた。


 まるで、引きこもりのスフィンクスみたいだった。


「掃除の1つくらいするものじゃないの普通」


「ワタシはまるでダメなメイドとしてつくられていますから、普通ではありません。第一、普通のメイドがジャージを履いているはずがないでしょう。そうは思いませんか、あなた」


「確かに……じゃなくて! 掃除! 燃えるゴミを持って行ってよ!」


「あそこにあるアクスタなんかちょうどいいのではないですか」


「それは萌えるゴミ! 違う、ゴミじゃないし、足の指でさすのはお行儀が悪いよっ」


 そうですか、と言いながら、しーさんはピンと伸ばした右足をのそのそソファへ戻す。


 彼女がうちにやってきたというもの、ずっとこんな感じだった。


 だらーんとしていて、仕事なんてちっともしない。


「そんなことありませんよ。この前だって持っていったではありませんか、燃えるゴミ」


「私が準備したやつだけどね」


「準備までしないといけないのですか。面倒くさいですね」


「言っちゃったよ!? メイドにあるまじき発言だよそれ!」


「いえ、メイドです。まるでダメなメイドです」


「胸を張って言うような言葉じゃないけどね……」


「そんなことを言われましても、ワタシはこれが仕事ですので」


 と言いながら、カキーンとホームランを放つしーさん。彼女が操作する野球選手はありとあらゆるメジャーの記録を塗り替えそうな勢いでホームランを量産していた。


 名前はまんま、しーさん。


「メジャーに行く前に風呂掃除してください」


「待って。もうちょっとしたらするから」


「……何分後に?」


「そうだなあ、推しの球団が日本一になったら?」


「サッサとしてください」







「お風呂が沸きました」


「なんで給湯器の真似をしてるんですか」


「真似ではありません。予行練習です」


「予行練習?」


「はい。給湯器との接続をいたしましたので、遠隔操作でお風呂が沸くようになりました」


「ふうん。じゃあ、頼んだらすぐにできるわけだ」


 私がそう言うと、鼻歌が返ってきた。


 なんてわかりやすいんだ、しーさん。


「会社から帰ってきたらお風呂が沸いてるだなんて、天国だなあ」


「もっと天国と言えることがありますよ」


「言ってみて」


「仕事終わりはソファにゴロンと転がり、ポップコーンとコーラを持って映画を見る――これに叶うことなんてありません」


「誰がするの」


「それはですね」


「ポップコーンとかコーラとか、ソファを使ってるのもしーさんだよね」


「ソファがないなら、人がダメになるクッションを買えばいいではありませんか」


「どこぞの王女様みたいなことを言わないでくれるかなあ! ダメジャーさんを買ったおかげで財布はすっからかんなのっ」


「それは残念です」


 誰のせいだと思ってるんだ、だれのせいだと。


 ちょうどその時「お風呂が沸きました」と鳴った。


「これも予行練習?」


「今回は本番です」


「ってことはお風呂が沸いたってこと?」


 まだおやつの時間にもなってないのに、バスタイムにはちょっとどころじゃなく早いんじゃないか。


 なんて思っていたら、さーさんが背中を押してくる。


「ちょ、なんでお風呂に押し込もうとしてくるのさ!」


「折角ですから、背中をお流ししますよ」


「いや、やりたいことを聞きたいんじゃなくて。っていうか、一緒に入るつもりなの!?」


「恥ずかしがらないでください。痛いのは一瞬です」


「痛いことをしないで」


「よいではないかよいではないか」


「それ、どっちかっていうとこっちが言うセリフじゃないかなあ!」


 あれよあれよという間に服を脱がされて、私はドンと浴室へと突き飛ばされた。


 唯一手にすることを許されたタオルを抱きしめながら振り返ると、しーさんがワンピースをまくり上げようとしていた。


 キャッと生娘みたいな声が思わず出たのは、しーさんが服を脱ぎ始めたと思ったからで。


「だ、ダメだよ一緒に入るだなんてっ」


「何を言っているのですか?」


 不思議そうな言葉が、不思議に思えて私は目を覆っていた手を離す。


 確かにしーさんは長い黒のワンピースとフリフリのエプロンをまくり上げていた。でも、別に服を脱ごうとしていたわけじゃなくて、めくりあげただけ。


 赤いジャージさえも上げたしーさんが私を見た。


「ワタシは防水防熱防塵防爆をはじめとしたありとあらゆる作業に適していますのでご安心ください」


 と言いながら、シャワーヘッドを取ったダメジャーさんはエッチさのかけらもない。


 まもなく、ちょうどいい湯加減の雨が呆然としていた私の上に降ってきた。

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