まるでだめだめメイドロイドはジャージをはいて、今日もゴロゴロ

藤原くう

第1話

 扉を開けるとネコの帽子をかぶった宅配便の人――ではなく女性が立っていた。


 足元まで伸びる黒のワンピースにフリフリの白いエプロンドレス、ティアラのように眩いホワイトブリム……私がメイド型アンドロイドに夢見ていた格好に思わず、喉が鳴った。


「どちらさまですか……?」


 聞けば、アンダーリム越しの目がこっちを見た。空みたいに澄んだ瞳が綺麗だなって思っていたら、


 ピロリーン。


 気の抜けた効果音が女性のおなかの中からした。


「――虹彩認証完了。マスターであることを確認いたしました。本日よりお世話をいたします『401式メイド型アンドロイドジャージモデル』――ダメジャーとお呼びください」


 その女性は早口言葉でもやってるみたいに言って、気だるげに頭を下げた。


「ちょ、ちょっと待って」


「何でしょうか」


「確かに私は『401式メイド型アンドロイドジャージモデル』を買った。買ったけどさ、ウン十万もしたんだからプチプチとか発泡スチロールでグルグル巻きにされてやって来るものなんじゃないの?」


「そういう性癖でしたら、購入段階のフォームに――」


「性癖じゃないよっ! 傷ついてたりするかもじゃん。もしかしたら中古かもしれないし」


「失礼な。ワタシは処女です」


「処女かどうかの話はしてないよ!?」


「わかりました。ジャージを履いているかどうかが気になっているのですね」


 違う――と否定する前に、彼女がスカートをまくり上げる。


 私は思わず目を手でおおった。


「破廉恥だよっ!?」


「そうでしょうか」


「そうだよ! アンドロイドの常識ってオワってんな!」


「常識はきちんとインストールされています。というか、マスターは誤解されています。ちゃんと見てください」


「み、見たら猥褻罪とかで捕まったりしない……?」


「捕まりませんから」


 私は恐る恐る手を退ける。


 女性のスカートの奥にはパンティがあるわけでもガーターベルトがあるわけでもない。


 脚を覆う、色気もへったくれもない赤いジャージ。


「こういうわけで大丈夫なのです」


「いやだからっていきなり見せつけるのはどうかと思うよ……」


「とにかく。ワタシは中古ではありませんし処女ですからご安心ください。気になるのでしたら、メールを送付いたしますが」


「えっと、中古じゃないって確認とってくれるなら」


 わかりました、とメイド服の女性が言うと、すぐに部屋の中のスマホが音を上げた。


 確かめに行く前に、一応、彼女に聞いてみる。


「入る?」


「もちろん。ワタシは番犬ではありませんので」


「だろうね……」






「ホントだ」


「そうお話したではありませんか」


 テーブルの向こうのメイドさんが言った。


 スマホには納品完了のメールが来ていた。確認のメールもやってきていて、このアンドロイドは中古でも、アンドロイドを語る頭のおかしなメイドさんでもないらしい。


「疑ってゴメン」


「そう思うのでしたら、ジュースが欲しいですね」


「…………」


 なんか図々しくないか、このメイドさん。


 とはいえ、私に悪い部分がないとかと言われると、ちょっと困る部分もあって。キッチンへ向かって、冷蔵庫を開く。


「缶コーヒーでいい?」


「コーラはないのですかそうですか非常に残念です」


「メイドがコーラを飲まないでよ……」


 テーブルに戻って、メイドさんへ缶コーヒーを差し出せばカシュっと開けてゴクゴク飲みはじめた。


「ふう。あとはポテチがあれば最高なのですが」


「要求多すぎないかなっ。メイドなのに」


「ワタシのことはダメジャーさんでいいですよ」


「今更なんだけどさ、そのダメジャーさんって呼びづらいっていうか」


「どうしてでしょうか」


「どうしてだろうね……」


 その名前を聞いて思い浮かぶのは、ゲームかサラブレッドくらいじゃないかなあ。


「まるでダメなメイドがジャージを着ている、を略しているだけなのですが」


「とにかく! 別の名前がいいな」


「『401式メイド型アンドロイドジャージモデル』はどうでしょう」


「何度も言ってたら舌噛んじゃうよ!」


 ダメジャーさんもといアンドロイドのメイドさんが黙り込んでしまった。


 別の名前別の名前……。


「401だから『しーさん』ってのは?」


「しーさんですね了解しました。愛称を考えてくださりありがとうございます。面倒くさかったので助かりました」


「自分でまるでダメだって名乗るのどうかと思うよ」


 私がそう言うと、ダメジャーさんもといしーさんがこっちを向いた。そう造られてからとはわかっていても、見られただけでドキドキする。感情に乏しい視線とか表情とかすごくかっこよかった。


「皆さんがダメジャーと呼ばれていますから」


「みんなが?」


「ワタシ、メイドとしては失敗なメイドとしてつくられたのですが、もしかしてご存じないのですか」


 …………。


 私は頷いた。


 そうですか、としーさんがこたえた。


「ご愁傷しゅうしょうさまです」


「へ、返却――」


「返却もクーリングオフも一切受け付けておりません」


 これからよろしくお願いしますね、としーさんがキュッと口角を上げた。


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