気体に胸をふくらます

堀と堀

1. プロローグ

1.1 スタイル

 親が再婚して、同級生と同居することになった。

 マンガとかでありがちなヤツだ。まさか、自分に訪れるとは思わなかったけど。

 だからまあ、ここまでは……良しとしよう。


 その同級生と言うのは、とてもスタイルが良いことで有名だった。

 ここで言うスタイルと言うのは、胸部が大きいという事だ。

 廊下とかですれ違ったことがあるけど、確かに……シャツが凄くキツそうだった。

 身長とか細さは普通なのに、そこだけが異質。

 しばしば、男子の好奇の目が注がれる。


 だけどまあ、ここまでは良いのだ。良しとしなきゃいけない。

 普通に胸が大きいだけならよかったのに……彼女のソレは凄く特殊だった。

 

 簡単に言うと、ゴム風船みたいになってる。

 空気を入れると膨らんで、抜けば萎む。浮き輪みたいな感じ。

 空気入れのポンプもあればいいのに、人が吹き込み口を咥えて、吹かなきゃいけない。

 

 彼女の父親は僕の母親と、再婚したてで遊び惚けている。

 朝、家にいるのは僕と彼女だけ。



「あのさあ、ちょっと喜入きいれ君」

 洗面台で寝癖を直していたら、風船ふうねさんが声をかけてきた。

 廊下から顔だけ覗かせている。

「あ、ごめん使う?」

 鏡の前から体をずらすけど

「いや、いいの」

 と首から下を壁の向こうに隠したままだ。肩と腕だけが覗いていた。

 それから、白いタンクトップの肩ひも。上は肌着一枚のようだ。

「んー、まあいいか……いずれどうせ」

 何かぶつぶつ呟いている。僕は髪にブラシを乗せたまま、じっと止まる。

「あのさあ……」

「……どうしたの?」

 何? トイレットペーパーが切れて、下履いてないまま出て来たとか?

 親相手だったら普通に聞くけど、まだ、そんな身近な間柄でもない。

 全く接点のない同級生。見かけるだけの。

 何より僕は、昨日から──その点に触れられないでいる。

「驚くかもしれないけど──心臓弱かったりしないよね?」

「予告してくれるお化け屋敷?」

「私のことお化けだと思ってるの?」

「いや、思ってないけど……」

 会話が止まって、所在なく互いに視線を逸らす。

 こんな感じで、気まずい。まだ、扉の陰に隠れたまま。

「えっとその……間違い探しみたいなのには気づいてる?」

 先に沈黙を破ってくれたのは彼女だったけど、随分遠回しな表現だった。

「うん、多分……あれだよね」

「そう、多分ソレ……じゃあ、まあ……見せるね?」

「別に見せたくないなら見せなくていいよ」

「いや、見せた後に続きがあるの。ただ、見せるだけだったら私露出狂みたいじゃん」

「……露出狂みたい」

 コートの代わりに、壁に首から下を隠した。

「じゃ、じゃじゃーん」

 引きつった笑顔に、何故か古い効果音を付けて遂に姿を現す。

 タンクトップの胸元に昼間のふくらみはない。ただ二つ、ポツリポツリと点がある。

下は制服のスカート。

「じゃあ……」

 恐る恐る生地を捲し上げていく。

 腰のカーブと臍が覗いて。思わず目を逸らす。

 でも、彼女が見てと言っているわけだから──結局、見ちゃいけないよなという植えこまれて来た本能みたいなのと拮抗して、グロテスクな映像でも見るように、身体を逸らして、目だけでチラッと見る。

 そこは真っ平らだった。脇にかけての肉付とかは女性のそれだったけど……凄い気持ち悪い表現してるな……肋骨の筋が見えている。ただ、二つ付いた突起だけは、僕のそれより大きい。

 ──そう、昨日の夕方、スーツケースを持って我が家にやって来た彼女は、学校で見る彼女とは別人だった。別人だと感じてしまうほどに、彼女はソレのイメージが強かったらしい。殆ど接点がないから、それで記憶してる部分もあるかも。

 異変には気づいてたけど、流石に触れずらくて黙っていた。

「見た?」

「……見た」

「降ろしていい? 恥ずかしいから」

まるで僕がずっと見たいみたいに。袖が降りて、腹部が隠れる。

「あ、でそうだ。見せた後の続きがあるんだった」

 もっかい上げ直した。またちょっと目を逸らして、もっかい見る。

「これね、空気で膨らむ仕組みなのね」

「……うん」

 良く分かんないけど、頷いとかないと話が進まなそうだから。

「ここからさ、吹き込むのね」

 シャツを脇に挟んで、突起を指さす。

 吹き込む? ……てことは口で? 咥えて?

 何となく吹き込む様子を想像する。

「でも、自分だと届かないじゃん。いつもはパパにやってもらってるんだけど──」

 脳内イメージの咥えてる人が突然彼女の父親に切り替わる。

 いつもはパパにやってもらってる!

「でも今日、パパいないじゃん? だから、代わりに喜入きいれ君、やってくれない?」

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