評議会の昼食会

 その日、アストラルムの評議会で、アゼルとリリアの功績を称える昼食会が催された。

 長テーブルには、幻影料理人たちが腕を振るった、見る者を楽しませる幻想的な料理の数々が並んでいる。

 しかし、アゼルは目の前の料理に手をつけず、懐から取り出した小さな水晶のレンズと分光分析器を構え、じっと観察していた。

「アゼル君、リリア君。君たちの功績は、この都市の歴史に残るものだ」

 評議会の長老が厳かな声で言った。

「そこで評議会として、君たちに褒賞を与えたい。君たちが望むものを、何でも一つ与えよう」

 アゼルは長老の言葉に頷きつつも、その視線は目の前の料理から離れない。

 彼は真剣な表情で、幻影仔羊の丸焼きを分析し始めた。

「この肉の幻影は、筋繊維の構造が極めて緻密に再現されている。弾性率は通常の羊肉の約1.2倍、硬度は3.5スケールといったところか…」

 隣で見ていたリリアは、焦ってアゼルの袖を引っ張った。

「先輩!長老がお話されていますよ!」

「ああ、すまない。この『幻影海老の蒸し物』のほうも興味深い。甲殻表面の塩分濃度は海水の約1.03倍に設定されており、味覚情報に干渉する術式が極めて繊細だ。この技術を応用すれば、錬金術的な調味料の最適解を導き出せるかもしれない」

 評議会のメンバーは、次々と繰り出される専門用語に呆気にとられ、顔を見合わせる。

 長老は眉間の皺を深くし、ついに堪えきれず声を荒らげた。

「もうよろしい!食事の分析はもう結構だ!君の知識を試しているわけではない!好きなものを言いたまえ!」

 アゼルは満足げに分光分析器を仕舞うと、真剣な眼差しで長老を見た。

「では、この都市の、全ての幻影を、外界の人間にも見えるようにする術式を、私に教えてください。」

 アゼルの言葉に評議会の面々は驚愕する。

「それは、禁忌タブーだ。我々が何百年もかけて隠してきた、この都市の真実を外界の者たちに知られてしまう…」

 長老は震える声で言った。

「しかし、それがなければ、この都市は外界との真の友好を築くことはできません」

 アゼルは強い意志を込めて言った。

「この都市の幻影は、かつて大陸を襲った錬金術災害の残滓です。それは、外界にも広まり、いまだ癒えぬ古傷として残っていると、エレジア王国の宰相閣下も仰っていました。もし、私たちがこの幻影の仕組みを外界に公開できれば、それは彼らが持つ記憶の断片と共鳴し、彼らが失われた記憶を再現するための鍵となるかもしれない。そうすれば、この都市の真実が彼らの希望の光となり、失われた歴史の痛みが、真の癒しへと変わるはずです」

 長老たちは深く長い沈黙を続けた後、顔を見合わせて頷いた。

「…よかろう。君の望み通りに、その術式を教えよう」

 長老はアゼルに一枚の古びた羊皮紙を手渡した。


 その翌日、アゼルは探求室で羊皮紙を広げ、術式を読み解いていた。

「先輩、もう、お昼ですよ!」

 リリアが温かいサンドイッチをアゼルの前に置いた。

 アゼルはサンドイッチを手に取り、一口口に入れた。

「リリア。このサンドイッチは…」

 アゼルは静かに言った。

「…とても、美味しい」

 リリアはにっこりと笑った。

「それは、先輩に一生わからないことです!」

 二人の間には、温かい、そして静かな時間が流れていた。

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幻影都市の錬金術師 神凪 浩 @kannagihiro

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