探求室のパン騒動2

 アストラルムと外界の国交が始まって数ヶ月。

 都市真理探求室は、エレジア王国からの様々な物資で溢れかえっていた。

 その日、リリアは、王国の商人から贈られたという、見慣れない「焼きたてのパン」を手に、小首を傾げていた。

「先輩、これ、見てください!すごくいい匂いがするんです!」

 リリアがパンをアゼルの前に差し出すと、アゼルは、いつものように顔色一つ変えずに言った。

「それは、小麦粉を酵母で発酵させ、高温で焼き上げたものだ。特に珍しいものではない」

「でも、すっごくふわふわなんです!触ってみます?」

 リリアが、指でパンを軽く押してみる。すると、パンは柔らかく沈み込み、すぐに元の形に戻った。

 アゼルは、その動きをじっと見つめていた。

「…この弾力性…」

 アゼルは、おもむろに、パンの弾力性を測るための、特殊な錬金術器具を取り出した。

 そして、その器具をパンに当て、数値を読み取る。

「ふむ…『反発係数、0.87』…。『弾性率、4.92』…。素晴らしい!これなら、ゴーレムの関節の緩衝材に使えそうだ!」

 アゼルは、真剣な顔でパンを分析し始めた。

「先輩!これは食べ物ですよ!」

「食べ物?この完璧な構造が、ただの食料だと?馬鹿な。これは、我々錬金術師が、長年追い求めてきた、究極の緩衝材だ!」

 アゼルは、そう言って、パンを細かく切り分け、一つをゴーレムの関節に挟み込んだ。 ゴーレムが動き出す。

「おぉ…!」

 ゴーレムの動きは、これまでにないほど滑らかだった。

 アゼルは、満足げに頷いた。

「リリア。今後、エレジア王国から、この『緩衝材』を大量に仕入れるように手配してくれ」

「…はい、室長」

 リリアは、複雑な顔で頷いた。

(このパン、結局、食べてもらえなかったな…)

 リリアは、仕方なく、残りのパンを、一口、口に入れた。

 その瞬間、彼女の顔が、ぱあっと明るくなった。

「先輩!これ、とっても美味しいです!」

 リリアは、幸せそうにパンを食べ続けた。

 アゼルは、そんなリリアを見て、首を傾げる。

「…不思議なものだ。ただの緩衝材なのに、なぜ、そんなに嬉しそうなのだ?」

 リリアは、にっこりと笑った。

「それは、先輩には、一生わからないことです!」

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