第2話 黒い魔石


 目を覚ました私は天井を見つめた。体を起こそうとすると痛む体に歯を食いしばる。痛みに耐え軽く体を動かし自分の体の状態を確認した。打ち付けられた時に内蔵をやってしまったようだったが無事だったから一安心。


「はい……えぇ……」


 私を囲むカーテンの向こうからエレメスの声が聞こえる。

 どうやらここは医務室のようだ。不気味な色をする薬品や植物が並んでいる棚を見ると少し不安になる。


「お、起きたかい?何処か痛むところはないかな?」


 ボサボサの長い髪を三つ編みにまとめている見知らぬ男性。見るからにだらしなさそうな人だけれど朗らかな顔を見るとどこか安心してしまう。


「そうだ、新入生だもんね。僕はゾイル・シューベタン。ゾイと呼んでくれればいいよ」

「あ、えっと…サーシャです」

「うん、知ってる。それにしてもあいつは…」


 最終試験のあの人の話をしているのだろうか。持っていた紙に何かを書きながらぶつくさと文句を言う。

 そう言えば試験はどうなったのだろうか。


「試験のことかな?」

「あ、はい」


 気付かぬうちに顔に出してしまったようで、私を見ると笑みを見せながら問いかける。


「心配しなくとも君たちは合格してるよ。学園側はあの馬鹿な試験を認めてない。むしろ、あそこまで辿り着いたことに関心しているぐらいだからね」

「通常あそこまで厳しいものでは無いのですね」

「うん、君たちの試験監督はセボルトと言う教師だ。ちょっと変わった教師でね。気になったことはとことん追求するし、他人なんてどうでもいいと言わんばかりのやつだ。嫌な予感はしていたけどまさかここまでやるとは…」


 思い返せば、無理難題ばかりだった。

 学園では力を押え目立たないようにしようと思っていたのに私の力はまだまだだったみたいだ。

 手を見つめると力強く握った。


「それよりも、君のその体を少しばかり調べさせて欲しいね」

「…助けを呼んだ方が良いですか?」

「そ、そういう事じゃないよ?!ほら、君の回復力は驚くほどのものだったから!」


 私の回復力…今まで気にしたことも無かった。魔王の娘と言うだけで人間とはかけ離れた回復力はあると思う。驚かれるほどの回復力を持っているのだろうか。


「もしかして知らなかった?」

「はい、回復力を知るために自殺行為をしようとは思わないので」

「うん、それが一番だよ。で、君の体はほとんどの臓器が破裂した状態だったんだよ。それが治癒をかけて数時間寝ただけでこの通りさ」


 内蔵がやられていたのは分かっていたけれど、口ぶりから普通なら死んでいてもおかしくない怪我だったのだろう。今は多少痛みがあるだけで命の心配は全くなく、そんな状況になっていたとは信じられないほどの回復力だ。

 もしかして半不死身の状態なのだろうか。


「それじゃあ、包帯変えるから服を上げてもらっててもいいかな」

「はい」

「私がやるよ」


 服を上げようとすると、聞き覚えのある声が聞こえ心臓が止まりそうになった。

 それもそのはずだ、私を死の淵まで追い込んだ張本人が現れたのだから。だが、先程のような殺気は感じられず、むしろ心地よい魔力が感じられる。


「セボルト…お前がこの子に何をしたか…!」

「殺さなかったから良いじゃないか」

「良くないだろ!」

「大きな声を出すな。静かに出ていけないのかね?」

「……その子に手を出さないように」


 ゾイは何かあれば助けを呼んでねと言って出て行ってしまう。多分助けを呼ぶ暇どころか呼ばせないようにされると思うけど。

 セボルトが包帯や薬草を準備するしばらくの間無言が続き、その間ずっと警戒していた。こいつだけは心を開いてはいけない気がする。


「…そう警戒しなくとも何もしないさ」

「その言葉を信じろと?」

「信じなくてもいい。けど、包帯は巻かせて貰うよ」


 そう言って無理やり服を捲られ器用に包帯を変えてくれる。ゾイが用意していた薬は使わずに棚からいくつかの薬草などを取りだし魔法であっという間に魔薬を作ってしまう。

 繊細な魔薬作りを魔法でできてしまうのか。


「自身の力を向上させたいんだったかね」

「…心を読んだのですか?」

「いいや、君の事だ」

「私を知っているみたいに話してますが心読みでもできるんですね」

「そうだね、そう思ってればいい。それで、強くなりたくはないのかい?」


 少しの間沈黙を作ると静かに頷いた。

 自分の敷かれたレールを思うとみんなに迷惑を掛けたくはない。ここは何が起こるか分からないファンタジーの世界だからこそ、自分の身は自分で守れない限り生き残れない。


「分かった。なら着いてくるといいさ」

「…はい」


 体の痛みを堪えながら布団から出るとすぐにあとを追いかけた。

 廊下では生徒たちが歩いていたが誰一人として目を合わすことなく、逃げるように去っていく。多分セボルトから逃げているのだと思う。流石にこの魔力を前にしたらそうなるのも当たり前か。

 セボルトの魔力は凄く闇が深く、パパの魔力をいつも身に感じていたから慣れているだけで他の人からしたら近付きたくは無いだろう。


「嫌われてますね」

「その方がいい」


 嫌われているというよりこの魔力を見て本能的に逃げてしまうって言うのが正解だろうが、思わず嫌味混じりに言ってしまった。でも他人に興味が無いから気にしてはいないみたい。

 廊下を歩き続け外に出た。この学園には東西南北に高い棟が立っているようで外からは私たちがいる棟とは別に3つの棟が見える。

 東棟の上へと続く階段とは逆に地下へと続く階段を降りた。魔法で足元を照らさなきゃ踏み外してしまいそうな階段だ。


「入るといい」


 ずっと足元を見ていたせいで気が付かなかったが、階段を降り終えた先で古い木製扉を開けて待っていた。

 恐る恐る入ると中は薄暗く、掃除が行き届いていない部屋。壁に並んだ檻の中には実験されたのか、キメラのような見たことの無い生物や魔物が並んでいる。魔王の娘としては見過ごせないけど、どの子も助けを求めているようには見えない。


「ここは?」

「私の部屋さ」

「…趣味が悪いですね」

「……」


 そこに座れと指示を出され大人しく切り株の椅子に腰を掛けた。

 山積みになった本や紙、どう見ても掃除していなさそうなのに埃はひとつも無さそう。


「これでも飲んでな」


 しばしの間部屋を品定めするように見ていると、渡されたホットミルクを受け取りまじまじと見つめる。毒は入って無さそう。

 喉に流すとその味に驚いた。少しだけ生姜が入ってるみたい。4月でもまだ肌寒い季節だ、冷えていた体が温まる。思わずホッとし警戒心を解いてしまった事に気が付くと咳払いをした。


「こういう事はするんですね」

「…それの事かい?それは試作品でね。体に良いというが食べたら下痢や嘔吐を催す」

「なっ、生徒を実験台にするのは如何なものかと!」


 吐き出そうにも飲んでしまった物が出るはずもなく自分のお腹をさする。まさか本当にお腹壊さないよね。


「そうは言っても君に毒は効かないからね。何も起こらないだろう」


 魔王の娘である私は昔から毒には強く、狙われやすいこともあって毒に慣れるよう少しずつ服用はしていた。そのためそこらの毒では効くことは無いはず、多分…。

 

「それはそうですが…。それよりも、強くなれると言うのは本当ですか?」


 コップを持ち私の前に座るセボルトを睨みつけ問いかけた。

 一度は殺しそうなほど追い込んだ相手を教育しようなんて、何を考えているのかさっぱり分からない。


「嗚呼、簡単な事だ。私が言った通りに従えばいい」

「不安しか無いのですが」

「そうだろうね」


 そう言って見せた笑顔は背筋が凍るようなものだった。

 本当にこの人に任せていいのかは分からないけれど、多分この人が学園で一番強い。そんな気がする。


「分かりました。よろしくお願いします」

「嗚呼、よろしく頼むよ」














 朝日が部屋の中に入り目を閉じたまま顔を顰めた。もう朝なのか。


「あ、サーシャ起きました?」

「…うん。もう起きてたんだね」

「はい」


 エレメスは茶髪の肩ぐらいの髪を整えながら目だけを私にずらした。

 エレメスとは部屋が同じになるよう考慮してくれたらしい。魔王の娘と知られてはいけないため、エレメスが隣に居てくれるのは安心だ。


「授業ですが、できる限りサーシャと同じ授業を取れるよう努力しました。ですが一部取れない授業もありまして…」

「そこまで同じにしなくてもいいよ。せっかくの学園生活なんだからエレメスが好きなようにして欲しい」

「…分かりました。では、授業があるので先に失礼しますね」

「うん、頑張って」


 エレメスを見送るとすぐに服を着替え支度をした。

 今日の授業は怪我のせいにして休みを取っておいた。それに会いたい人もいる。

 けれど、部屋を出て待っていた人に思わず"げっ"と言ってしまう。


「人の顔を見て失礼だね」

「出会って突然殺しに来た人が何言ってるんですか。それより、何か用ですか?」

「休みにしてあるんだろう?なら、早速行こうじゃないか」

「え?こんなにいきなり?」


 何をするのかと聞くが何も教えてはくれない。とりあえず分からないままセボルトに着いて行った。

 しばらく歩くと最終試験で女神の像と戦った場所に出た。女神像は無く、エレメスが壊した鉄くずさえ綺麗に片されている。それ以外は何一つ変わっていないはずなのに得体の知れない魔力に息がしずらい。あの時は大丈夫だったのに…。


「ここは聖域に近い空気だからね。魔王の血を引く君には少々辛いだろう」

「あの像が聖域を守る役目を果たしていたって事ですか?」

「いいや、その逆さ。ここはこれが本当の姿、誰かが聖域の空気を壊すほどの強い魔力を像に流し込んだようだ」


 そう言うと試験で像から出てきた魔力石を魔法で呼び寄せ手に持つ。ずっと禍々しい魔力を漂わす黒い魔石。

 魔王の禍々しい魔力よりも得体の知れない気持ち悪さがある。


「それじゃあ、この像はセボルトが用意した物じゃ無いのですか?」

「……嗚呼、私はこんなものを用意した覚えはない。それに、私がこれを用意していたとすれば退職だけじゃ済まないだろうね。誰かさんが隠蔽してくれたようだが」


 思わずビクリと体を震わせた。やっぱり蘇生魔法を使ったことがバレていた。

 それはともかく、なぜ学園にこのような危険な像があったのだろう。誰にも気付かれずに用意出来たことも気になる。


「サーシャ」

 

 初めて名前を呼ばれ思わずドキッとしてしまった。この教師、この性格でも見た目と声はクセになるような人を惹きつけるものを持ち合わせているから。

 

『真犯人を探せ』

 

 その言葉に目を見開きセボルトを見た。

 言霊のようにも感じられたけどその効果は無い。多分これはセボルトの犯人に対しての感情…?

 私はしばしの間黒い魔石を見つめると強く拳を握りしめ頷いた。







「真犯人という事はセボルトでは無いのですね」

「うん、セボルト自身も真犯人に恨みはあるみたいだよ」

「どうせ、自分の試験を邪魔されたからですよ。それより、真犯人を見つけると言ってもどうやって見つけましょうか」


 私もそれには凄く悩んだ。

 犯人が教師でないのは確実だ。あの日試験監督である教師以外は任務で出払っていたらしい。それに、許可をとって学園に踏み入れた者への暴行などを禁ずる血の契約をしているそうだ。

 この契約に関してはセボルトが私に暴行できていたことが気になる。血の契約は死に至る程の痛みなど様々な罰が下される。これはまた今度セボルトに問いただすとしよう。


「何か見つける方法を思い浮かんだのですか?」

「それがね。夜中気になってあの女神像があった場所に行ったら下に空洞があるみたいで…」

「空洞ですか?」


 あの空間全体が聖域という訳ではないと思う。通常、聖域は魔物が入ると強い聖力に耐えきれず死、または失神してしまうほどだ。私でも気持ち悪くなる程度で耐えきれるのだから聖域があの場所では無いことは確か。


「とりあえず明日もう一度行ってみようかなって思ってるの」

「明日ですか…魔王城の近くで実践訓練があるので私は行けそうにないですね。聖域となれば少し心配です」

「大丈夫だよ、セボルトが来てくれるみたいだし」

「…それはそれで不安ですね」

「……そうだね」


 苦笑いを浮かべその日はそれぞれ授業へ戻った。そうして翌日…こんなにも憂鬱な日が過去あっただろうか。


「…行かなきゃダメ?!」

「行かずして何が分かると言うのかね」


 空洞の前で抵抗する私をセボルトは手を引っ張り無理にでも引きずって行こうとする。

 今にも浄化されそうなほどの聖力。


「これ以上近付いたら浄化される!」

「何が浄化されるだ。魔物と人間のハーフなんだ、そう簡単に浄化されることは無い」

「ん……それもそうだけど」


 確かに今この場で浄化されていないのだから相当な聖力でなければ大丈夫だとは思う。それでもこの聖力を前には足が竦む。

 震える足を動かし空洞の中を覗くと、とんでもない量の聖力に膝を着いた。

 こ、この中に飛び込めと…。


「やっぱり無理…」

「意気地無しだね」

「意気地無しと言われようとこれはむっ…へ?」


 背中を押される感覚に気が付いた時には遅く、空洞の底へ真っ逆さまに落ちていく。

 この落ちる感覚は何度も味わった事がある。飛行魔法の練習でどれだけ落ちたことがあるか。落ち慣れている私は一緒に落ちるセボルトを睨みつけた。


「なんで押す?!」

「お前がうじうじと遅いからだろう」

「だからって急に押す?!」


 それにしても、落ちても落ちても底が見えない。

 この先の聖域も暗いのか真っ暗にしか見えない。このままだと距離感が掴めなくて着地に失敗してしまう。

 落ちながら慌てふためいていると私たちの周りで魔法が発動し時間が遅くなったかのように落ち始める。


「私の存在を忘れていないか?」

「…セボルトが私を守ってくれるとは微塵も思ってなかったです」

「そんなに信用が無いかい?」

「私を殺そうとした人が何を言ってるんですか」


 気付けば既にかなり落ちていたようで地面が見え足が着くのはすぐだった。

 空洞の底は教会になっていた。学園の地下深くに教会があるとは思えない。落ちる途中に魔法が仕掛けられていたようで私たちはどこかの教会に飛ばされたようだ。


「学園近くの森みたいだね」


 なぜこの場所が分かったのかは知らないが、魔王のテリトリーと学園のテリトリーの小さな隙間にある教会なのだろう。

 このような教会を作るとしたら私がよく知る勢力だけ。


「そう、その通り。私が君たちを連れてきてあげたんだ」


 後ろから声がし振り返ると華やかで黒く可愛らしい服に身を包んだエルフの女の子が立っていた。

 この世界には魔王や人間をよく思わない勢力がある。普段あまり手を出さないはずなのだが、ここ最近動きがあると大精霊王様から聞いていた。


「ナターシア」

「覚えててくれたんだ。嬉しいよサーシャ」


 右手を出し握手を求めてくるが私は睨むだけで無視をした。

 ナターシアはこの勢力で一番最初に私と関わりを持った人物だった。ゲームでは一度も出てこなかった影の勢力、私はこの人たちをよく知らない。


「警戒しなくても今回は新たな人生のお祝いに来ただけだよ。僕からのお祝いパーティーは楽しかったでしょ?」


 やっぱりあの像を用意したのはナターシアだったのか。

 見覚えのある魔力に違和感を感じていたがこうも早く正体を明かすとは。


「そうだ。入学のお祝いの代わりに反勢力のこと少しは知りたいと思わない?」

「…知りたいと言って真実を教えてくれるの?」

「いいよ。君は僕のお気に入りの子だから教えてあげる」


 ナターシアの口から出てきた言葉は信じていいものか分からない内容だった。

 反勢力はナターシアを含め4人の小規模の勢力。その他にも居るがただの一般人。目的は人間からの領地奪還、魔王と言う恐ろしい魔物の討伐。その2つを主に動いているらしい。

 最後の2つは信じてもいいだろう。ただ、最初の話は些か信じていいものかと疑ってしまう。


「まぁ、僕から言えるのはそのぐらいかな。僕は魔王の娘ぐらい脅威にはならないと思ってるけど、他のやつは君をいいと思ってない。気をつけるんだね」


 そうクスクス笑うと私の前に真っ黒な石を置く。

 禍々しい魔力を放つ魔石。


「今回はちょっとばかしやり過ぎちゃったかなと思ったんだよね。ほら、死人が出たでしょ?だから、これは私からの少しばかりの気持ちってことで」


 それだけ言うとナターシアは姿を消してしまう。

 気持ちとは言ったものの私たちに呪いのようなものを置いて逃げるなんて…。


「反勢力とはまた変なものに目を付けられてるね」

「一番関わりたくない勢力ですけど」


 置いていった石を拾い上げると手を離し石を落とした。砕け散った魔石は魔力を辺りに充満させる。

 これだけ大きな魔石があれば様々な場面で役に立つだろう。だが、こんな魔石貰いたくもない。


「勿体ないね」

「魔石ほど呪いのようなものは無いです」


 自分の周りを漂う禍々しい魔力を消すと教会を見渡した。

 綺麗で神聖な教会なのに私から見れば怖い教会だ。


「学園に戻るかい?」

「…はい」


 何かが始まる予感…。

 それはきっと思い過ごしでは無いだろう。

 

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