魔王の娘は学園最強を目指す
核 利音
1章 魔王の娘は学園に入学する
第1話 最終試験
昔昔、白薔薇の魔法使いと呼ばれる人々に崇められた大魔法使い、黒薔薇の魔法使いと呼ばれる人々に恐れられた大魔法使いがおりました。
2人は人々のため、自信の欲望のため時に魔法をぶつけ合いました。しかし、白薔薇の魔法使いのその魔力にいつしか人々が恐れ始めました。白薔薇の魔法はどれも強く、死者さえも息を吹き返すほどの魔法は神への冒涜だと人々は白薔薇を非難しました。
そしてそれは暴動になり、白薔薇は短い生命に終止符を打った。
今となれば記憶を持つ者は失われ何度も改ざんされ続け忘れられた昔話。
我とて白薔薇の死は予想だにしないものだった…。
「学園ですか…?」
「そうだよ。狙われやすい君にとってはいい隠れ場所だと思うんだ。それに、君が欲しがっていた魔術を学ぶこともできる」
事前に渡されていた書類に目を通すと静かな時が流れメイドの入れる紅茶の音だけが響く。
魔法教育を主に行う、世界一を誇る施設サレンティス学園。様々な魔力を持つ者たちが日々学ぶための場所。
サレンティスに隠れるか…それは思いつかなかったし好機ではある。
「でも、本当に私がここで成長できるのでしょうか。それに…少し不安です」
「君は成長出来るはずだよ、それは僕が保証する。まぁ君の人生だから悩んでくれても構わない」
そう言ってニコニコと笑顔をうかべティーカップに注がれた紅茶を喉に流す。
この胡散臭そうな人は私が幼い頃から面倒を見てくれて、サレンティス学園が所属する王国、エジェスト王国の第一王子であり大精霊王様でもあるのだ。
大精霊王様だと言うのは極一部にしか知られていないことで、とんでもなく偉い人。
「生徒の実力は落ちぶれても君の力を底上げできる教師は十二分に揃ってる。この話乗ってみない?」
自分の実力を上げられる事はとても嬉しい。
それに、私はこの後の私の運命をよく知っている。これは良い分岐点。
「分かりました。ですがお父さんが簡単に許してくれるとは」
「それは安心して欲しいな。既に許可は貰ってるよ」
「…え?本当にお父さんの?」
信じられないと言った目を向けると大精霊王様は私に一枚の紙を見せる。入学許可書にはしっかりパパの名前が書かれている。
用意周到なことで…。
「お父さんの許可が降りてるのなら行きたいです。私も自分の力を上げられるのは好都合ですから」
「それじゃあよろしくね」
そう言うと大精霊王様は立ち上がり部屋を出ていこうとするが、何かを思い出したのか立ち止まり机の上にプレゼントボックスを置いた。
「これ、君のパパに渡しといてくれないかな。"貴方様が望む物お持ちしました"とだけ伝えてくれれば有難いよ」
「…分かりました」
するとこの後用事でもあるのか急いでその場を後にする。
この世界は産まれる前から私がよく知る世界で、乙女ゲームの世界だ。つまり、私は転生者。車に轢かれたら魔王の娘として転生していた。それも魔王の娘で悪役令嬢といういかにも敵役のような配役。
"乙女の嗜好"。それがこの世界のゲームの名前、大ヒット作として数々の続編を出してきた。
私はシリーズ6の悪役令嬢として転生したのだが、これから行われるこのエジェスト王国を舞台とするシナリオに参加する気は毛頭ない。
それはいいとして、どうやらこの世界は異世界からの転生者が多いらしい。今のところほとんどの主人公たちが転生者だと分かっている。
もしかしたらシリーズ6でも私以外の転生者がいるかもしれない。
「結局こうなりましたね」
「まさかトントン拍子で話が進むとは...」
私は学園の前に立つと大きなため息をついた。大精霊王様と話したのは数日前。入学式が近いから遅れて入学するのかと思えばしっかり入学式に送り出された。
実際パパの許可を取っているって言うのも信じ難い話だったからパパが大反対して大精霊王様の話は綺麗さっぱり無くなると思っていた。しかし、あの胡散臭い王様はしっかりパパを言葉巧みに丸め込み学園入学が決定した。私も私で乗り気では無かったものの、自身の力を底上げ出来ると聞き少しつられてしまったからな。
「ところで、エレメスは良かったの?私に着いてきてくれなくても良かったのに」
「いえ、魔王の娘であるサーシャさんを護衛するのが私の役目ですから」
ニコリと笑みを見せ笑うエレメス。
エレメスは私のママが人間との親睦を深めようと作った#協定委員__サーディスト__#の幹部であるスフィラ家の娘で議会の最中に一緒に遊んだりしていた唯一の友達。
「それで、どこに行けば良いのでしょうか」
学園から届いた手紙には日付と時間しか書いていなかった。この場所にも教師らしき人は誰一人居ない。周りにもどうしたものかと悩む新入生が居る、私達だけでは無い。
ふと、学園の中央から高魔力を感じ目を向けると上空に巨大なメガホンのようなものが浮いていた。
『新入生の皆様は講堂にお集まりください。繰り返します。新入生の皆様は講堂にお集まりください』
私達は大きな声に耳を塞いだ。
あれは声を大きくする魔法の一種だと思う。あの様子だと声を大きくする魔法と共に大きなメガホンを具現化する魔法、浮遊させる魔法を使っている。それだけの技術と魔力を有している教師が居ると言うことに安堵を覚えた。
「講堂ですか…。そうは言われても学園内の構造は分かりませんね」
地図すらない状況で来いと言うことは何かがあるということだろう。
私たちは警戒しながらも他の新入生と共に学園内に足を踏み入れる。そこら中に魔法が仕掛けられているみたいで読み取ろうとしてもこんがらがって分からない。
「入ってすぐ分かれ道とは簡単には講堂には行かせてくれないみたいですね」
「うん。魔法が仕掛けられているのは確かだから間違った道を進んだら入学は無かったことになるかもね」
きっとこれは最終試験なのだと思う。入学する前に帰る訳には行かない。
「そうですね」
そう言うとエレメスは右目を隠す。左目の緑色の瞳には赤い魔法陣が現れ顔を歪めながらも辺りを確認した。
エレメスは魔眼を持ち生まれてしまった。操作のできない魔眼で苦しんでいたところをママが助けたそうだ。
「右側の道です」
「ごめんね。魔眼を使うのは辛いだろうに」
「いえ、こういう時にこそ役立てないとならない力だと思いますから」
そう言うと私の前を歩き右側の道へ歩いた。数人が私たちに気が付き様子を見ながらも着いてきている。
中にはこちらの道だと分かって来ている新入生もいるみたい。
「大きな扉…」
扉を見上げそう呟いた。
扉は触ったら塗装が剥がれ落ちてしまうぐらいボロボロだ。この奥からただならぬ魔力を感じるためこの先に何かがあるのは確か。
「この扉数百年は開けられてないぐらいボロボロだね」
「それはおかしいですね。魔眼を使った際こちらの道に進む者を数人確認できました」
「何処かに消えた?途中で罠らしき魔力は感じ取れなかったけど」
「こう考えてはいかがかしら。途中で道が変わったと」
私達の横に来ると扉に触れる女の子はどこからどう見ても貴族の娘だ。持っていた扇子で口元を隠しながらも何かを探るように扉を見つめる。
「貴方は?」
「シャルティア・シセラですわ。フェサリア王国の第3王女よ」
自信満々に胸を張り述べる姿を見ると流石王女だと思ってしまう。けれど、大国であるエジェスト王国の王と知り合いだからか何とも思わない。
それはともかく、フェサリア王国から王女が新入生として来ているとは思いもしなかった。フェサリア王国は独裁政治が根強くあり、他国のことをあまりよく思っていないところがある。もしかしたら自分が思っているよりも自由な国なのかもしれない。
「私はエレメス・スフィラです」
「私はサーシャ・フォル・フォーレット。よろしくね、シャルティア」
ニコリと笑みを見せ手を差し出すと呼び捨てにされたのが気に食わなかったみたいで眉をひそめる。
思っている事が表情に出てしまうのは可愛いところだ。
「えぇ、よろしくお願いしますわ。#サーシャ__・__#」
髪が当たりそうになるほど勢いよく振り返ると新入生の中へと戻っていく。どうやらもうグループが出来ているみたい。これはあの世界と変わらない。
「面倒な方に絡まれましたね」
「そうだね。それよりも今はこっちが大事かな。みんな自分からは開けようとしないから」
周囲に視線を向けると様子を伺っていた人達は目を逸らし視線を違う方向へと向けてしまう。
これは私達が開けるしか無さそうだ。
「これは普通に開けても大丈夫なのかな?」
「…はい、魔法が掛けられているようにも見えませんし大丈夫ですよ」
コクリと頷き扉に手を当てると扉を押し開けた。
錆び付いた扉は触れると塗装がバラバラと落ちてしまう。綺麗な金の塗装が落ちるのを見ると申し訳なくなってしまう気持ちが少し。
扉を開けると中は広めな室内庭園になっていた。壁際には綺麗な花壇が広がり、真ん中にある人魚の像はガラス張りの天井から降り注ぐ陽の光に照らされとても綺麗だ。しかし、あの像からは莫大な魔力を感じる。
「明らかにあれがこの部屋の敵ですかね」
「うん…」
人魚の像と目が合ったかと思うと持っていたハープを弾き鳴らし歌を歌い始める。人魚の像だけあって綺麗な歌声は人を釘付けにし引き寄せる。
多分これがこのゴーレムの戦術なのだと思う。やることはそこらの人魚と大して変わらない。
「このぐらいの魅力では全く惹かれませんわね」
私たちの目の前に出てくるシャルティアはそう呟き自分の方が綺麗だと言うようにアピールする。
「また貴方ですか」
「何よその言い方。気に触るわね」
「仲良く友達ごっこでもしてればいいじゃないですか」
「ご、ごっこじゃないわよ」
先程のような女王の威圧感は無く少ししょんぼりとしたように見える。
「それはそうと、あの男大丈夫なのかしら?どう見ても魅了され…」
シャルティアが指さす方向に目を向けると、破裂音のようなものが室内に響き赤い何かが飛び散る。私はこの学園をなめていた。
生徒達は目の前の現実に我先にとこの部屋から出て行き残ったのは私たちだけだった。
「そ、そんな…学園は身を保証しているのではなくって?」
「そのはずだけど…」
この世界で聖女のみ使う事が出来るという蘇生魔法は禁術とされている。それなのにこんなにも跡形も無く潰されてしまえば確実に待っているのは死だけだ。
「どうするのよ」
「どうするも何もあの像を破壊するだけです」
そう言ったエレメスの瞳には赤い紋章が浮き上がっていた。
ゴーレムの中にある核を見ているのだと思う。ゴーレムは心臓である魔力の核を壊されてしまえば簡単に砕けてしまう。
「あのゴーレムに近付けば飛ばされてまうのよ?どうやって近づくのよ!」
「どうも何もゴーレムは動きが遅いのですよ。簡単に近づけます」
流石魔王と契約する家系の孫娘。ゴーレムはそう簡単に倒せるものでは無い。それにこのゴーレムは贅沢に鉄で出来ているうえに保護魔法を掛けられているみたい。実力者でなければ壊せない。
エレメスの実力はよく知っているから心配はない。けれどそんな事は知らないシャルティアはエレメスを止めようとするためシャルティアを抑えた。
「ちょっと!今すぐ止めないと…!」
「大丈夫だから、エレメスに任せて」
シャルティアを止めているうちに爆発音が部屋に響き渡る。振り返るとそこには粉々に砕け散った像の上に立つエレメスが居た。手には黒色の魔石が握られていた。
「…エレメス?」
あまりに魔石に釘付けになるエレメスを不思議に思い首を傾げ尋ねた。
「あ、すみません。黒色の魔石は珍しいなと思いまして」
確かに黒に似た色は見た事はあるが真っ黒な魔石は見たことが無い。何となく嫌な予感のする魔石なのは確かだと思う。
ふと、血溜まりが目に入り目を逸らした。この人はもう…。
「仕方ないですよ。それに、これは正式に学園に訴えるべきことですね」
「うん…」
私たちは温室を背に入ってきた向かいの扉から出た。けれど、どうしてもあの男の子の事が気になり振り返ると呪文を呟いた。
急いで2人を追いかける。扉の先はまた別の部屋へと繋がっており、その後もたくさんの敵と戦い謎解きをする羽目になった。7つ目の部屋を出た辺りからエレメスとシャルティアの魔力切れが目立ってくる。私はまだいけそうだ。
そうして8つ目の部屋を出て9つ目、先程までの部屋とは違い長い廊下が続いていた。
「魔力の反応はありませんね。なら休憩という事でしょうか」
「最終試験にしては厳し過ぎではなくて?」
そう言えば裏口入学が浮上していたと言う割には厳しすぎる試験だ。こんな試験なかなか突破できる人は居ないと思う。
それよりも今は気になるものがある。エレメスは魔力の反応が無いと言っていたが頭に直接侵入するような重い魔力がただよっている。何かが居るのは確かだが、この廊下からは感じない。
「隠し通路?」
「何か言いましたか?」
「あ、うん。隠し通路があると思うの。何かこう…小さいけど強い魔力があって」
「魔力が?」
「…そんな魔力感じられないわよ」
壁に触れると一発で隠し通路を見つけたようで勢いで中に入ってしまった。暗い階段が続いている。廊下よりも魔力が濃い。
「サーシャ?!」
どうやらこちらには入れないようでエレメス達は壁を叩いているみたいだ。
この先は1人のみなのか、はたまた私だけが招かれたということなのか。行ってみないことには分からない。
「この先階段があるの。エレメスたちは先に進んでてくれる?」
「…分かりました」
「いいの?」
「はい、サーシャは大丈夫だと確信していますから」
凄い信頼だ。でも今回ばかりはその期待を裏切ってしまう結果になってしまうかもしれない。この先に居るのは#パパ__魔王__#と同じぐらいの魔力を持つ人が居るから。
エレメス達の足音を聞くと一歩一歩しっかりと階段を降りた。蝋燭が怪しげに灯り階段を照らしているがそこまで明るいとは言えない。
階段はそこまで長くは無くすぐに大きな部屋へと辿り着いた。
「思っていたより早かったね」
中央に置かれた椅子には一人の女性が本を片手に座っていた。
暗くて顔はよく見えない。黒いコートを羽織り黒い髪は下に行くにつれ白に染っていく。
「誰ですか」
「今はそれより試験の途中ではないのかい?無駄話よりさっさと終わらせよう」
その瞬間私は確実にこいつには勝てないと察した。逃げようとするが唯一の出口は天井が崩れ落ち塞がってしまう。逃げ場はない、戦うしかない。
「貴方、教師でしょ。生徒に手を出していいの」
「何を言っているんだい?君たちはまだ生徒じゃない。手を出しても問題にはならないさ」
何を言っても通用しない。こいつに常識などは通じないと察すると後ろに下がり警戒心を強めた。殺す気で行かないとこっちがやられる。
「いい顔をするね。そうだ、君は私を殺せばいい」
自身に今ある知識全てを生かし身体強化を掛けると相手の後ろへ回り込む。だが回り込んだつもりだったのにいつの間にか姿が消える。どこへ消えたのかと探す暇もなく後ろから近付く魔力に気が付き身を引き逃げた。
攻撃しようにも逃げられ当たりやしない。このままでは確実にやら…
「あまりに遅いよ」
背中に来る衝撃で内蔵がやられてしまったのか口から血が出てしまう。気が付けば拘束され身動きすら取れなくなっていた。
やっぱり勝てない。ここで死ぬはずじゃ無かったのに…。
「ここまで弱いとは…その力を持って生まれたというのに勿体ないね」
「私の正体を知っているの?」
「嗚呼、もちろんさ。よく知ってる」
その時初めてしっかり顔を見た。綺麗な細い紫の瞳が私を見下ろしている。その綺麗な瞳に目を奪われてしまった。だが、苦しさで我に返り睨み付けた。
細く大きな手は私の首を絞める。
「魔王の娘と聞いたから凄い娘を想像していたんだけどね…見当違いだったみたいだね」
気が遠くなる。息が出来ず藻掻くが逃げられやしない。
エレメスたちは無事なのだろうか…。
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