第7話 サイレント・ホーリー・バースデイ・ナイト

 俺はこれまでの人生で、クリスマスにいい思い出がない。父親はいつも帰ってこないし、クリスマスを一緒に過ごすような友人もいなかったし。

 しかし今年は違った。学校終わりに、エヴァから突然、

「今日、サクんち行っていい?クリスマスパーティーしよ!」と言ってきたのだ。

 予想できる範囲ではあった。青春満喫欲の高いエヴァだ。クリスマスというビッグイベントを、みすみす逃すはずがない。そして、家には基本的に父親はおらず、俺だけだということを知っている。つまり、今日は家デート、何ならお泊まりデートってわけだ。

 …と思って帰ってきたのだが。

「え、なんでいんの…?」

 1年間で、家に帰って、父親がいるなんて2日程度。そんなクリスマス+クリスマスイヴくらいのレア度を誇る日が、まさか今日訪れるなんて。俺はどうしてこんなに運がないのだろうか。

「ああ、朔、そういえばこの時間だったか。」

「珍しいじゃん。殆ど帰ってこないのに。」

「けど、今日はちょっと予定あるんだけどさ、いや、でもクリスマスだから帰ってきたとか…そんな?」

「ああいや、ごめんな、またすぐ出るんだ。家に寄ったのはちょっと、時間ができたからでな。」

 なるほど、いつかもこんなことがあった気がする。本当にどんなことをしているのか知る由もないから、どういう理屈でこんなに家に帰らないのかも、逆にこんな夕方に時間ができるのかも分からないが、今日ばかりは助かった。これでエヴァとのクリスマスは、問題なく実行出来そうだ。

「そうなんだ。いつ出んの?」

「あと30分もしたら出るよ。」

 エヴァが来るまであと1時間。それまでに少し片付けようと思っていたから、時間は30分くらいか。とりあえず制服から着替えて、コンビニで買ってきたローストチキンを、なんとなく父親から隠す。

 父親とは、疎遠と言うほどでもないが、殆ど家にいない以上、あまり話さない。だから俺がエヴァと付き合ってることも話してないし、第一、女の子と二人家で過ごすなんて、流石にちょっと言いづらい。というか、改めて考えると、かなり不健全な感じがする。

「…朔、クリスタル…天崎さんとは仲良くやってるか?」

 …びっくりして固まってしまった。いや、そうだ、同じ学校に通うようになったのは、エヴァがあの日言い出したからだった。同じ場所にいたのだから、聞いてきて当然だ。危ない危ない、危うく何で知ってるの、位のことを言ってしまうところだった。

「ああ…うん、仲いいよ。一応、同じ部活だし。」

「なんだ、朔、部活入ってたのか。入ってないんだと思ってたよ。」

「まぁ、そう、言ってなかったっけ。」

 他愛もない会話。俺と父親の会話はいつもこんなもんだ。お互いに手探りで、踏み込んだことは聞かない。だからお互い詳しくは知らない。興味がないわけじゃないとは思うんだけど。

 そうこうしているうちに父親は準備を整え、特に何をするわけでもなく、玄関のほうに歩いて行く。するとおもむろに振り返り、変なことを聞いてくる。

「朔、学校、楽しいか?」

「えっ?まぁ、ぼちぼち、楽しいよ。最近は、友達も増えたし、部活も割と、楽しいし。急に何?」

「いや、すまん、ならいいんだ。父さん、朔のこと、何にも知らないから、楽しくやってるか、気になってな。」

「大丈夫。別に楽しくやってるから。そっちこそ、すげぇ忙しそうだけど、ちゃんと休めてる?」

「ああ、そんなに大変ってことはないんだ。ただ、あんまり帰れないだけでな。驚いただろ。2月に、父さんの職場に連れて行った時。ありがとな。何も聞かないでくれて。」

 父親は、いつも以上に優しい声で、何やら名残惜しそうに、俺に話しかけてくる。もうそろそろ家を出ないと間に合わないんじゃないだろうか。

「ん、そろそろ行かないとな。…朔、やりたいこととか、今あったら、父さんに遠慮せず、やっていいからな。」

「うん、分かってるよ。なんか、そんな最後の別れみたいな、やめてよ。」

「ああ、そうだな。すまん、じゃあ、行ってくるよ。」

「行ってらっしゃい。」

 何だか少しだけ小さくなった気がする父親の背中を見送る。何だったんだろう。妙に父親っぽい事を言っていたが。まあ、最近はそうでもないが、元々父親は少し変わった人だ。イギリス人の母と結婚して、俺が生まれた時に母は死んでしまって。そんな母の分まで生きてほしいと、俺の名前にミドルネームとして母の名前を付けた。正直、俺としてはいい迷惑だ。母親には生きていてほしかったし、気持ちは分からない…こともないけれど、だからってミドルネームを付けるなんて。つけられた身にもなってほしい。

 父の痕跡を片付けて、あるだけの飾り付けをし、一応、クリスマスパーティーの様相を整える。それから、本日の主役と書いたタスキと、エヴァへの誕生日プレゼントと、クリスマスプレゼント。そう、今日はクリスマスイヴであり、エヴァの誕生日でもある。多分、今まで一緒にされてきて、損な思いをしていただろうから、今日はプレゼントを2つ用意した。喜んでくれるといいのだが。


 準備を整えて待っていると、約束の時間を15分過ぎても、エヴァは来なかった。普段殆ど時間に遅れることはなく、外国人には時間にルーズな人が多い、なんていうのはデマなんだと思うほどには時間にしっかりしているエヴァが遅れるなんて、すごく珍しい。急かすのも悪いと思って電話はしないようにしていたのだが、少し心配になって、そろそろ連絡してみるか、と思っていると、ようやく家のチャイムが鳴った。

 扉を開けると、エヴァが立っていた。いつになくオシャレな、フリフリのドレスのような服に身を包み、その様子はまるでどこかのお姫様のようだった。

 しかし、そんなご機嫌な服装とは裏腹に、エヴァの表情はあまり浮かない。クリスマス、それもバースデイクリスマスを、恋人と過ごすと言うのに、学校で俺をパーティーに誘った時の浮かれた表情は見る影がない。

「エヴァ、どうしたの?途中、なんかあった?」

「サク…さっき、サクのお父さん、ここに来た?」 

 俺の父親?なぜエヴァがそれを知っているのだろう。父親は確かに家にいたが、もう家を出たのは50分ほど前になる。流石に道中すれ違ったとも考えづらい。

「うん、いたけど、どうかした?」 

 エヴァの顔がますます曇る。どういうことかは分からないが、これは明らかに普通じゃない。

「エヴァ、大丈夫?とりあえず、中入って、外は寒いよ。」

 エヴァは暗い表情のまま家に上がる。こんなエヴァは初めて見た。いつも笑顔で、怒るときもあるけれど、こんなに暗いというのは見たことがない。…いや、一度だけ、こんなふうなことがあった。体育祭の時、不思議な服装をした、『ストーカー』と話していた時のエヴァは、暗い、とは言わずとも、あまり浮かない顔だった。

 エヴァは少し落ち着いたのか、ほんの少しだけ表情を和らげる。そして俺の方を見て、何か言いたげな表情で、しかし言いたくなさそうに口をパクパクさせている。

「何かあったの、エヴァ?その、せっかくのクリスマスパーティーなのに、エヴァが暗いと、俺嫌だよ。言えば楽になるかもしれないしさ。無理にとは言わないけど…」

「サク…私、サクのこと大好きだよ…」

「え。」

 急な告白が飛んでくる。暗い話だと思ったのに。

「な、急にそんな、恥ずかしいな…」

「サク…私…言わなきゃいけない事があるの…」

 真剣な表情で、エヴァが俺に正対する。さっきの急な告白が、まだ頭に残っているのに、それは恐らくクッションで、エヴァは重たい話を始めた。

「あのね、サク…」

 エヴァが言い淀む。本当に言いたくなさそうに、けれど言わなければいけないと、そう決意のこもった表情で、エヴァは言葉を続けた。

「あの、私とサクが出会った日の、あの建物のこと、覚えてる?」

 コクリ、と頭を下げて頷く。忘れるわけがない。父親に連れられ、謎の黒服集団と共に父の職場と思われる場所へと連行されたあの日。そしてエヴァと出会った日。

「多分、俺の父親の職場…だろ?」

「うん、サクのお父さんの職場。それから山城と、あの場所に集まってて、私が帰ってもらった人たちの職場。」

 そうだ、あの日、エヴァは俺と山城と父親以外の全員を関係ない人たちとして帰していた。

「そこで会った人たち、体育祭にも来てた人たちのこと、サクも分かるよね?」

 あの不思議な服装の2人組。エヴァが異常に嫌っている男女のことだ。体育祭の時は青春研究部全員で悪口を言い合っていた。

「サク…驚かないで聞いてね…本当に、信じられないかもしれないんだけど…"あの2人"、宇宙人なの。」

 宇宙人。というか地球外知的生命体。あの2人が宇宙人だなんて、あまりにも突拍子のない話だ。これを言っているのがエヴァじゃなければ、鼻で笑ってしまうような話。しかし、出会ったところが父親の職場。父親の仕事は宇宙研究だ。そうなってくると、一応の信用度はある。

「"あの人たち"がどこから来たとかについて、詳しくは知らない。けど、"あの2人"は宇宙人だってことは、本人たちが言ってたし、私もそうなんだってわかる。」

「けど、宇宙人って見た目人間と変わらないもんなのか?"あの2人"、どこからどう見ても人間に見えるんだけど。」

「うん、"あの人たち"曰く、星の外に出ていけるような知的生命体は、たまに違うのもいるけど、殆どこんな姿らしいよ?」

「…それでね、私もね………多分、宇宙人なんだ。」

 エヴァが、宇宙人。宇宙人…宇宙人? エヴァは、俺の彼女は、宇宙人なのか?いや、待て、おかしい。多分?本人のことなのに、確証が無いのか?そもそもエヴァってイギリス出身だったはずだよな?分からない。思考が追いつかない。

「う、サク…ごめんね、嫌い…になったりする…よね…恋人が宇宙人なんて嫌だよね…」

「いや、いや。それは違う。別にエヴァが宇宙人だからって嫌いにはならない。驚いたし、まだ頭混乱してるけど、嫌いなんてことないから。」

「…それからね、私、前世の記憶があるの。それもずっと前から。私の前世も、そのまた前世も、前前前世の記憶もあるんだ。」

「小さい子が、前世の記憶を持って生まれてきて、大きくなっていくにつれて、だんだんとその記憶は失われていって、新しい人生の記憶で塗り替えられていく、なんてこと、聞いたことある?」

「私はその逆で、小さい頃はそんなことなかったの。だけど、9歳頃から、私のものじゃない記憶が頭の中に浮かんできた。でも、混同することはないんだよ。それは前世の記憶だって、ちゃんと分かるの。」

「それで、ね。その記憶が正しければ、私が錯乱してるわけじゃないなら、私は多分、宇宙人で、不死身なの。」

 前世の記憶。宇宙人。不死身。フィクションでも今日日聞かないような単語の数々。

「いや、けど、不死身なら、前世の記憶ってのはおかしくないか?不死身なら死なないんだから、前世もないんじゃ。それに、じゃあその記憶を持った、つまり、前世が宇宙人ってだけで、エヴァは人間じゃないのか?」

「…それが、多分私にしかわからないんだけど、多分、そうじゃないの。私の前世の記憶ではね、いつも自分から死を選ぶの。私の前世は不死身だけど、それは自殺にだけは効果が無いみたい。誰かに殺されることも、病気に侵されることも、不慮の事故によって肉体が壊れることも無いけれど、自ら望んで…もうこの世には居られないって思ったら、多分、私は死ぬことができる。」

「でも、その度にその記憶は来世へと引き継がれる。その来世でも死にたいって思ったら、また来世に。それでも死んだら、そのまた来世に。それを繰り返して繰り返して、大切な記憶は引き継いで引き継いで…そして、それは私に引き継がれてる。」

「だから、私は死ぬことが出来るけど、不死身なの。何度人生を終えようと、その記憶が引き継がれ続けるから、本当の意味で死ぬことはない。そうやって…私はまだ全てを思い出してはいないけど…多分、あと1年もすれば、112億年以上前からの、最初に誕生した私から始まる全ての記憶を思い出すと思う。」

 112億年。エヴァの話が正しければ、エヴァの前世は、遡ること112億年前の知的生命体ということなのか。いや、それを起点とした、何代にもわたるエヴァの前世たちの記憶ということか。

「だから、"あの2人"、体育祭で会った2人はね、宇宙の大学みたいな所に所属してるみたいなんだけど、私のことを、正確にはこの全ての前世を持った人のことを、「Qクゥ」っていうコードネームで呼んでるんだけど、私の前世の記憶を欲しがってる。112億年間の記憶を手に入れたがってるの。」

 確かに、すごい話だ。宇宙人の寿命がどれくらいあるのかは知らないが、112億年間の記憶が解析できれば、知的生命体の起源とか、なんかすごいことがいくつもわかるのだろう。それに、不死身の肉体の秘密だって、のどから手が出るほど欲しい情報だろう。

「…私もね、別に、協力したくないわけじゃないんだよ。そこまで酷いことはされないと思うし、"あの人たち"が悪人だっていう根拠もないから。…でも、あの2人を前にすると、前世の記憶たちが、どうしても嫌だって拒むの。頭の中では分かっていても、どうしても協力したくなくなる。多分、私、前世であの人たちと何か確執があるんだ。何か酷いことを言われたのかもしれない。けど、酷いことをされたってことは、無いんだ。」

「前に、私の特技は超能力だって言ったの、覚えてる?ホントは多分ちょっと違うんだけど、私ね、どうしても嫌だと思ったら、絶対に拒否することができるの。その場合は…相手は死ぬことになるのかもしれないけど。」

「ごめんね、曖昧で…私も全部、前世の記憶ってだけで…でもなんでか、全部ホントのことだっていうのがわかるの。これは全部真実だって…確証はないけど、確信がある。」

 エヴァは話すたび俺の顔を伺うように覗き込んでは目が合いそうになると顔を伏せる。すごく申し訳なさそうに、すごく嫌なことを話すように、もうこれっきりだと言うかのように。

「それでね、私、今日、18歳になったけど…記憶の中の過去の私の人生はいつも…青春時代で終わってるの。だから多分、私ももうすぐ、記憶を全部取り戻す…その時になったら、記憶を全部取り戻して…そしたら私は、『Q』になってしまう気がする。私が私でなくなって…しまったら…」

 エヴァが言葉に詰まる。きっとこれこそが、エヴァが一番恐れていることなのだろう。自分が自分でなくなる。112億年間の記憶だ。もし本当に、もうすぐエヴァがすべての記憶を取り戻すのなら。今のエヴァの人生はたった18年。エヴァとしての記憶は、すべての記憶の中の、割合にして0.0000002パーセントにも満たない訳だ。記憶とは、自分そのものだ。すべての記憶を失ってしまったら、自分が何なのかも分からなくなってしまうだろう。今持っている自分の記憶が、0.0000002パーセントしか残らなかったら。それはその人だと言えるのだろうか。 

「…ごめん、ね?意味分かんないよね…こんな、変な話…でも、サクには話しとかないとと思って…だって…サクは私の…私の恋人だから…」

「"あの人たち"は多分、どんな手を使ってでも私の記憶を手に入れようとする。高校生の間は手出ししないって言ってるから、その間は大丈夫だけど…私には酷いことはしないと思うけど、私を説得するために……サクには…酷いことをするかもしれない。でも、私がそんなことはさせない。私、サクが酷い目に会うくらいなら、"あの人たち"のところに行く。」

「だから、ね、サク。お願いがあるの。私、"あの人たち"のところに行くなら、サクにお願いされて行きたい。サクに言われたことなら、私我慢できる。いつか私が、私じゃなくなるとしても…動機はサクがいい。」

 エヴァはさっきより朗らかに、しかし感情乏しく願いを話す。こんな顔をさせるなんて。こんな気持ちにさせるなんて。何が悪いのかも分からないが、とにかく腹が立ってくる。けれど、今すべきことは怒ることじゃない。犯人探しでもない。目の前にいる俺の恋人を、笑顔にすることだ。

 これまで、俺は1つ、はっきりと結論を出してこなかった事がある。エヴァのことは大切に思っているし、可愛いと思っている。エヴァが悲しそうだと嫌な気分になるし、悩んででいると何とかしてあげたくなる。エヴァが嬉しそうだと俺も嬉しいし、いつもいつまでもエヴァには笑顔でいてほしいと思っている。エヴァは俺の恋人で、エヴァが俺のことを好きでいてくれることはわかっている。けれど、俺はこの感情をはっきりとさせてこなかった。この関係は、この気持ちは、そういうことなのかもしれないけれど、意識してしまうのが怖かったのだ。

 だって相手は外国人だ。父の職場で知り合った、得体のしれない謎の存在だ。その上、ある程度ルックスには自信のある俺でも、決して釣り合わないと言えるほどのとんでもない美少女だ。そんな存在を前にしてしまうと、そりゃ誰だって自信の一つもなくなるだろう。一歩踏み出すのが怖くなってしまったのだ。

 だけど、もう、仕方がない。何なら実は宇宙人で、不死身らしく、もう少しでエヴァがエヴァでなくなってしまうかもしれないということまで判明してしまったが、仕方がない。

「エヴァ」

 エヴァの顔を見つめる。透き通るような白い肌。クリスタルのような瞳、光芒が如きブロンドの髪。至上の芸術家でさえも、その一端も表現できないような造形。

 そんな至高の芸術品に向かって、少し前へ。暖房の熱で火照ったのか、恋人を前にしたからか、少し赤らんだ顔をした宇宙人に、俺は自分勝手な口付けをする。

 嫌なことは全て拒否できるエヴァだから、これを嫌がってはいないはずだ。というか、いつまで自分の恋人の感情について、自信がないのだ。俺は。

 俺はエヴァが好きだ。恐らくとっくの昔から。具体的には出会った時から。意識したのははじめから。本当は告白された時には気が付いていた。気持ちに蓋をしていた。恥ずかしくって言えなかった。だけどそれが思春期で、それが青春だと思う。そして青春の夏に浮かされて、少し大逸れたことだって、言えてしまうものなのだ。

「エヴァ、俺決めたよ。」

「ぷぇ、な、何を…?」

「この先どんなことがあろうと、俺はエヴァを愛するよ。たとえエヴァがエヴァじゃなくなっても、100年たってもも今の可愛いままでも、急に宇宙語を話し始めたって、俺は死ぬまでエヴァのそばにいるよ。」

 いつでもすぐに取り出せるようにと、ソファの下に隠してあったプレゼントを2つ取り出す。1つはティアラ型の髪飾りで、もう1つはポンチョ型のストール。せっかく包装してもらったが、開けて中身を取り出して、戸惑うエヴァに勝手に着せる。

「メリークリスマス。そしてハッピーバースデイ。愛してるよ。エヴァ。」

 小さく震えるエヴァの細い身体を抱きしめる。服越しに感じる体温は、とても人間以外のものとは思えない。エヴァはしばらく小さく泣いていたが、

「サク…大好きだよ…本当に…いつまでもこうしていられたらいいのに…」

 そう呟くと、体の向きを変え、俺の体にもたれるように、ちょこんと座ってうずくまる。


 出会った日のことを思い出す。あの日の、大人たちの一挙手一投足を、できる限り鮮明に。どこかに、今、俺の彼女を安心させるためのヒントがないかと記憶をたどる。 

「エヴァは、多分、いや、前世の記憶はそうなんだろうけど、エヴァはちゃんと『Q』じゃなくて、天崎…エヴァ・メアリー・クリスタルだよ。」

 エヴァはエヴァで、別の誰でもない。俺の知ってるエヴァは、青春アニメが好きで、少し漢字が苦手で、意外とすぐにテンパって、やりたいことにはとことんわがままで…俺のことが大好きな、笑顔が可愛い美少女だ。

「あの日、俺とエヴァが出会った日、あの時集められた俺達は、エヴァを絆すために、エヴァに協力を取り付けるために、"例の2人"に集められた人たち、なんだろ?」

 エヴァがコクリと頷く。

「エヴァが記憶を取り戻したら、協力してもらえなくなるから。エヴァがまだ完全に『Q』になる前に、エヴァと仲良くなりたがってた。」

「けど、俺思うんだよ。もしこのままエヴァがあいつらに協力して、そこで完全に記憶を取り戻したら、その瞬間に嫌になって、自殺するかもしれないだろ?」

「だから何ていうか、意味ないんだよ。エヴァを絆したって、結局は逃げられるわけだし。今のエヴァの記憶は完全じゃないんだよね?そして、その状態のエヴァの記憶については、全く知ろうとしてこない。ってことはやっぱり、完全な状態の『Q』に用があるわけで、今のエヴァを絆す理由って、よく分からないんだよ。」

「でも多分、意味がある。今のエヴァと仲良くなるメリットがあるはずなんだよ。…つまり、これはポジティブすぎる、楽観的な考えかもしれないけどさ。」

「エヴァは記憶を取り戻しても、ちゃんとエヴァのままなんじゃないかな。本当に希望的観測で、本人からすれば、怖いのは変わらないかもしれないけど、けど、そうすれば辻褄は合うかなって。」

「…ごめん、俺、こんなことしか出来ないけどさ。彼女がこんなに苦しんでるのに、今まで気付きもしなくて。」

 エヴァがこちらに向き直る。目元が少し赤くなっている。目を合わせず、少し下を向いて、ちょっと口ごもった声で

「うん…じゃあ…さ…もう一回…その…キス…してくれたら…許してあげる。」

 少しうつむいたエヴァの顔を、両手で優しく傾ける。さっきは勢いで行ってしまったから、あまり気にならなかったけれど、弾けるように心臓が脈打って、顔が燃えるように熱い。どうやらエヴァもそんな様子で、顔は真っ赤になっている。

 エヴァの綺麗な鼻が顔に触れる。長いまつ毛が鮮明に見える。透き通るような肌に映える、水晶のような目に吸い込まれそうになりながら、今度は自分勝手ではない、恋人同士のキスをする。

 この後食べようと思って、ケーキを買っていたのだけれど。そこまでいいケーキでもないから、ここまで甘く、とろけるような、美味しいものではないのだろうな。

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