本当に、自分は運がよかったのだ。
その店は、客入りも上々であった。
「すいません、相席でもいいですか?」
近づいてきた若い女性店員が、すまそうに訊いてきた。
「……あ、はい」
何となく、視線が言織に向く。
「店員さん、こっちいいですよ」
目ざとく手を上げる言織に、店員が小さく会釈した。向き直ってくる店員に、銀二は頷く。
言織との相席。
少し遠慮がちになる銀二だが――彼女は、気にしたふうもなかった。
少なくとも、良好とは言い難い間柄だろうに。
と、緊張しているのは銀二だけ。
今の彼女は、何と言うか雰囲気が柔らかい。
初対面からカルタ小僧に引き合わされた時のぎすぎすが、嘘のようだった。上機嫌でうどんを食べている。
「――ずいぶんと、様子が変わったな」
どんぶりをもちあげて汁をすすってから、言織が口を開いた。
まるで、銀二の状況を知っているかのような口ぶり。もしかして――
「見てたのかよ?」
先ほどのカードショップでのやりとりを、彼女は知っているのだろうか。
だとしたら、気恥ずかしい。
悪いことはでないけれど、気恥ずかしい。
あえて仏頂面になる銀二に、言織は頭を振った。
今度は、別皿の天ぷらに箸を伸ばす。
「いんや、この町に来たのは別件。別にあんたの様子を確認に来たわけじゃないよ」
「別件?」
「ああ」
と、答えたのは別の声。
「少し、調べたいことがあってな」
「……て、ええ?」
そちらを見て、思わず声を上げてしまう銀二。
さもありなん。テーブルの上にあぐらをかいて、人間のように器用にどんぶりのうどんをすする――子猫の姿。二本の箸を、上手に使いこなしていた。
「大きな声を出すなよ」
言織にたしなめられて、銀二は周囲の視線に気が付いた。
愛想笑いを浮かべて、誤魔化す。誤魔化してから、
「…………」
まじまじと人間じみた仕草の猫――ロクスケを見る。声を上げた自分よりも、真っ先に注目を集めそうな光景だった。
その疑問に、言織が答える。
「周りの人間には、気にならないようになっているから。あんたは、わたし達の存在を知っているから――ロクスケを認識できるんだよ」
「ふ、ふーん」
そう言われると、納得するしかない。
「――それで、さっきのどういう意味なんだ?」
店員さんに注文を終えてから、改めて銀二は訊ねた。
「さっき?」
「……何か、俺の行動を把握してたみたいな感じだったじゃないか」
「ああ」
てんぷらを食べ終えた言織は、こともなげに答える。
「あんたの臭いが、変わってたからね」
――臭い。
初対面でも、そんなことを言われた。あの時は、ただ腹が立っただけだったのだが。
「……それ、どういう意味なんだ?」
銀二は、腕の臭いをかいでみる。昨日は漫画喫茶で夜を明かしたが、シャワーは浴びた。不潔ということはないはずだ。
「んー、まあ。本人の気の状態ってやつかな。生命エネルギーとか、オーラって感じかね。当人の心が病んでたり、誰かの負の想念を受けてその影響で濁ったりすると――独特の感覚を感じるんだよ」
「病気になると、体臭が変わるって感じか?」
そんな話を聞いたことがある。消化器系の病気だったり、糖尿になったりの場合など――記憶の片隅に残る程度の知識ではあったが。
「そーだね」
言織は頷いた。肉体ではなく、心の――というより、生命の病気という感覚。
「その逆だと、オーラが澄んだり明るい状態になる。善行積むと、徳が上がるとか聞いたことあるしょ?」
「日頃の行い、ってやつか」
「そーそー」
言織は頷いてから、
「今のあんたなら、素直にカルタ小僧との間を取り持ってもいいって思えるけど」
嬉しい彼女の提案に、銀二は頭を振った。
「いや、せっかくだし――このままでいいよ」
テーブルの上に置いた『G・D』に目を落とす。
「苦労して買ったんだ。きちんと遊んでみたいし、その流れで許してもらうことにするよ」
「そ」
「そうしたら、新しく仕事を探す」
転売ヤーは、もう終わり。
前向きに進んでいこうと――銀二は、純粋にそう考えられるようになっていた。
運がよかった。
確かに、そうだ。
あのままずっと転売ヤーを続けていても、ろくなことにはならなかっただろう。
カルタ小僧の呪いがなくとも、荒んだ精神状態で生きていて、楽しいわけがない。それに、最近は転売のもうけも減少傾向。
転売ヤーが増えることで。お互いに食い合いとなりつつもある状況だったのだ。
「帰りは、送ってやるよ」
銀二の注文が届いたあとで、言織が言った。
「?」
頭をひねる銀二に、説明する。
「迷い
「えー、何だよそれ」
驚くと同時に、銀二は不満げに口を尖らせた。
「だったら、わざわざ旅費払って来なくてよかったじゃん」
確かに、そうだ。
「は? 何を言ってるの」
軽く睨みつけてくる言織。
「今のあんただから、送ってあげる気になったんだよ」
「……むう」
そう返されると、反論もできない。彼女の言葉の意味がわからないほど、銀二は鈍いわけでもなかった。
「――ま、旅行できたとでも思えばいいか」
自分に言い聞かせるように言ったが、満更でもないなと思った。
確かに、ここ数年はそんな余裕なんてなかった。最初は『G・D』を探す目的であったが――途中から旅行気分になっていたのも、事実だったからだ。
「お待たせしましたー」
そうこうしていると、注文していたうどんセットが届いた。
美味そうだ。これも、旅の醍醐味。それこそ味覚を奪われたままであったら――堪能できなかった。
わくわくしながら割り箸を取る銀二の横で、
「あ、すいませーん。鳥天セットの小うどん、追加で」
「オレは、小うどんぶっかけの生卵付きをくれ」
言織とロクスケが注文を、追加していた。
◇
そして、銀二は八津代に帰ってきた。
行きとは違う。
言織とロクスケの案内した迷い家への抜け道は、路地裏にあった。まるで神社のような鳥居をくぐり、石
ぼんやりと明かりが広がり、また鳥居を抜けると――
ほんの数分ほどで、迷い家へとたどり着いていた。
「ひゃあ、これは便利だな」
「まあね」
感動する銀二に、言織は素っ気ない。
「一応、日本のあちこちとつながっているんだよ」
この道を通って、日本各地を行き来する。妖怪がらみの事件から、人間を助けるために。
――どうして、なのか?
疑問に思う。
翔太達のこともだろうが、何だこうだで自分のことも助けてくれた。
「――まあ、基本的に俺達は人間が好きだからな」
言織の肩にのっかりながら、ロクスケが振り返る。
「それに、俺達がこっちで活動するにはそもそも人間達に受け入れてもらう必要がある。そのためには、人間達の感謝の感情が必要なのさ」
ヒトの感情から、妖怪は生まれてきた。だからこそ、それは妖怪にとって大切なものなのだ。
「ふーん」
今の銀二は、何となく理解できた。
「あ、そうだ」
迷い家に歩いていこうとする言織とロクスケを呼び止める。
「お礼――どうすればいい?」
「ん?」
振り返る言織。当初こそそんな気にはなれなかったが、今は素直にそう思える。
「……正直、お金にはそんな余裕がなくてさ」
転売で稼いだとしても、たった三ケ月。仕事をやめる前の貯えもあるとはいえ、これからの生活を考えると――あまり高額は用意できない。
就職だって、すぐにはできると限らないのだ。
「別に、そこまではいらないよ」
と、言織はある方向を指差した。そちらには、迷い家に向かうとは別に、道が続いている。
「感謝するなら、あとでお賽銭を入れてくれればいい」
「……お賽銭?」
「そう」
頷く言織。
「向こうは、神社になっていてね。本来は、あっちで妖怪がらみの悩みは受け付けているんだよ」
今回は、翔太達の頼みもあってこういう流れになっていた。
「お願いするときに、お賽銭。事件解決後に、お礼のお賽銭。そうしてもらえると、助かるんだ」
「……んと、相場とかは?」
やはり、それなりの額になるのだろうか。こういった怪異絡みの事件の相場は、いくらなのだろう。
「一般的な金額でいいの」
あくまで必要なのは、本来の意味でのお賽銭。
そこに人間の感謝の感情が乗ることが重要なのだ。だから、たとえ金額が多くても――そこに心がなければ意味がないのだ。
――夕暮れ時の、黄昏神社。
そこに祈れば、怪異から助けてくれるという都市伝説。ただし、そこにたどり着ければの話。
邪な心に染まった者では、そこを見つけることはできない。
こうして転売ヤーの銀二は、カルタ小僧の呪いから解放されたのだ。
「だけどさ、俺はこういう結果になれたけど――他にも、俺みたいな人間はいるだよな?」
銀二は、ふと疑問を口にした。
「どういう意味?」
「……いや、自分が臭くなっていても気付けないって奴もさ」
「いるだろうね」
言織は、あっさりと肯定する。
自分は、気付けた。
言織達に関わって、救われた。けれど、そうなれなかったとしたら――
「まあ、命に関わることはそうそうないよ。ただ、病気になったり不幸になったり、そういうことはあるだろうね」
さも当然と、言織の言葉。
本当に、自分は運がよかったのだ。
つくづく銀二はそう思った。
――怪之参、了
『次怪予告』
かつて転売ヤーであった瀬川銀二は、改心して新しい日々を送っていた。
そんな彼に迫る怪しい影。
お約束に間に合う言織達。
いつも通りのハッピーエンド。
それから、みんなで仲良く屋台のラーメンを食べている時、彼は最悪の再会を果たしてしまう。
そして、別の場所で蠢く、もうひとつの怪異の姿。言織達には手が出せない、その怪異の正体とは――?
『怪之肆~化け物自動販売機』
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