コード003 ディスポーザル・セクター

 ディスポーザル・セクター。通称ディスポ。


 トップスから落とされた不要品が、雨のように降り注ぐ場所だ。


 見上げれば、高層都市の底面に並ぶ無数の投棄ゲートが不規則に開閉を繰り返している。開くたび金属片や機械部品、時にはまだ火花を散らすギアまでもが吐き出され、鈍い音を立てて地面に叩きつけられていた。


 回収屋たちがゲートの真下を占拠し、落ちてくる品に飛びつく。怒号、罵声、金属の衝突音。どれもがこの場所の日常のBGMだ。


「……ホント、ここはいつ来ても物騒だな」


 けれど今日は、いつもと少し空気が違う。修理屋でも回収屋でもない、場違いな連中が混じっている。


 あれが、レクスが言っていた妙な連中か?


 よく見ると、そいつらのギアにはジャッカルの牙が交差したマークが刻まれていた。


 ……最悪だ。よりにもよってブラックジャッカルの奴らかよ。


 ブラックジャッカルは、アンダーズの裏社会を牛耳る五つの大組織──アンダーファイブの一角だ。スラム街を支配し、暴力で統治する略奪者集団で、裏社会の中でも最も過激派とされている。関わればただでは済まない。


 本来、この区画のディスポは同じアンダーファイブの一つ、ロザリオの縄張りだ。あそこはまだマシな方で、私の住んでいる区画もその庇護下にある。


 なのに、なんでこいつらがここにいる?


 無駄な動きはなく、周囲を警戒するように睨み、短い合図で意思を交わしていた。その様子から、明確な目的をもってここにいるのは疑いようがなかった。


 ……念のため、距離を取っておくか。


 私は奴らから少し離れて、足元に転がったジャンクに手を伸ばした。


「おい、レクス。突っ立ってないでお前も拾え」

「えー……俺、こういうのよく分かんねぇんだよ。全部同じに見える」

「……この前も説明しただろ」


 ため息をつき、手にした二つのパーツを掲げる。


「ほら、この円の中に流星が走ってるのがノヴァテック。で、こっちのDNAに羽が生えてるみたいなのがオーロラ」


 それぞれのロゴを指先で叩き、持ってきていた回収用バッグを一つ掴む。


「どっちでもいいから、その印があるやつ全部拾え。選別は俺がするから……ったく、お前の部品なんだからちゃんと覚えとけよな」


 そう言って、レクスの胸めがけてバッグを放る。


「へいへい、物覚えが悪くてすみませんね」


 レクスは渋々バッグを肩にかけ、周囲のジャンクを漁り始めた。



   ◇ ◇ ◇



 しばらくの間、金属の雨と怒号の中で黙々とジャンクを拾い続けた。背中の回収バッグはずしりと重くなり、汗と油の匂いが鼻にこびりつく。


 大分、集まったな……そろそろ引き上げるか。


 そう考えていた時、背後から野太い声が飛んだ。


「おいおい……裸身ネイキッドのガキが、どぉしてこんな所にいるんだぁ?」


 振り返ると、頭の悪そうな連中が立っていた。全員が寄せ集めのスラムギアをまとい、関節部からは油が滴っている。


「ボクゥ? 迷子かなぁ? ギャハハハ!」

「ギアも付けずに生きてるなんざ物好きだなぁ? いや、付けるクレジットもねぇのか!」

「痛い目に遭う前に、その集めたもん。全部よこしな」

「断る。生憎、スクラップ如きに扱える代物は拾ってないんだ」


 私が口元を歪めると、男の額に青筋が浮かんだ。


 アンダーズの住人がよく使用している、廃品や違法改造品で作られたバイオギア──スラムギアは耐久も精度も低い物が多い。が、それにしても奴らが身につけているのは、ギアと名乗るにはあまりにも酷い出来のジャンクの塊だった。


「粗悪品にもほどがある……技師は誰だ? ずいぶんずさんな仕事をする奴に頼んだもんだ……いや、そんな奴にしか頼めなかったのか。クレジットがねぇから」

「なんだとテメェ! 裸身ネイキッドの分際でデカい口叩いてんじゃねぇぞ!!」

「事実だろ。だからわざわざ俺みたいなガキに泣きつきに来たんだろ? お恵みくださいってな」

「このッ、クソガキがぁ! ブチのめされねぇと分かんねぇみてぇだな!」

「やってみろよ。まぁ、そのガラクタじゃそのくそガキ・・・・・・一人も倒せねぇだろうけどな。玩具として赤ん坊にでも譲ってやった方が、まだマシなんじゃねぇの?」


 男の目がギラリと光り、次の瞬間、奴の仲間が左右から回り込んできた。


「ぶっ殺してやるッ!」


 私は腰のポーチから小さな円筒を取り出す。そして、親指でスイッチを押し、地面に放った。


 乾いた破裂音とともに白い閃光が走り、周囲のスラムギアが一斉に悲鳴を上げるようにスパークした。


 私お手製のEMP手榴弾だ。人体には影響はないが、バイオギアの心臓部を一時的に沈黙させる電磁波を放つ。あんなお粗末で、見るからに最低限の電磁シールド処理もされていないギアなら、完全に機能を停止することも可能だろう。


「なっ……動かねぇ!?」

「うそだろ……!」


 私はゆっくりと歩み寄り、肩で息をする男の胸を軽く押す。ガシャリと金属音を立てて、彼は尻もちをついた。


「……で、どうするんだっけ?」

「くそッ! 覚えてろよ!!」


 私を襲ってきた連中は勝てないと悟った途端、ありきたりな捨て台詞を吐き、蜘蛛の子を散らすように走り去った。


 だが、その中で両足がスラムギアだった間抜けは、肝心の足が沈黙したまま。「ま、待てって……!」と情けない声をあげながら、手と膝で必死に地面を這っていく。金属の脚がアスファルトを擦る音がやけに響いて、さらに惨めさを増幅させていた。


「昼飯までなら覚えとくよ」

「俺いらなくね?」


 すぐ横から、気の抜けた声が割り込んできた。見ると、パンパンに膨らんだ回収バッグを背負ったレクスが、廃材の山の陰からひょいと顔を出していた。


「バカ言うなよ。お前はもっと厄介な連中が出てきた時の保険だっての」


 今さっき使ったEMP手榴弾は、あくまで逃げるための時間稼ぎ用だ。威力を上げればギアを壊せないこともないが、そのぶん素材費もパーツ代も馬鹿にならない。


 なるべく安く済ませた代物ではあるが、本来ならあんな連中に使うのも勿体無い。でも、結構な人数がいたし、肝心のレクスは離れていた。まあ、やむを得ずってやつだ。


「へいへい、お守りしますよ。修理屋様」

「そんな口を叩いていいのか? 働きによっちゃ、修理費を減額してやろうと思ってたのに」

「この俺に何なりとお申し付けくださいヴィク様あああ!」

「お前って……ホント、現金な奴だよな……ん?」


 会話の最中、視界の端で何かが光を放っていた。足元に転がっていたのは、指先ほどの黒いデータチップ──財布代わりに使われる、小型のウォレットチップだ。表面は擦れて傷だらけだが、金属縁に刻まれた残高インジケーターがかすかに点滅している。


 ……さっきの連中の誰かの落とし物だろう。中身が本物のクレジットかどうかは怪しいが、手榴弾代の足しにはなる。


 指先でつまみ上げ、軽く振って残高を確かめると、そのままためらいなくポーチへ滑り込ませた。


「レクス、もうかえ──」

「よぉ」


 ……私の言葉を遮るような、耳の奥に低く、地を這うような金属音が鳴った。


 振り返るより早く、影が地面を舐めるように走り抜け、私の目の前で形を成す。


 灰赤の髪が獣の鬣のように逆立ち、赤黒い瞳が射抜くようにこちらを見据えていた。


「てめぇ……持ってんなぁ?」

「な、にを……!?」


 露出の多い重装ギアの肩には鋼の装飾。背のスラスターが低く唸り、まるで獲物を狩る獣のように、地を這う構えで止まっていた。


「寄越せよ……ほら、早く。渡さねぇ? ……あぁそうか、そう来るかぁ!」

「だから! なにをって言ってんだろ!」


 ……な、んだこいつ!? 絶対にヤバい!!


 緊張で息が詰まる。全身の皮膚が、目に見えぬ刃で裂かれたように粟立った。


「──じゃあ、壊していいんだなぁ!? いいんだよなぁ!!」


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