第6話
「あれが温室ですか?」
廊下を抜けてテラスへ出てからしばらくすると、ユウが見えてきたガラス張りの建物を指差した。
四角い箱のような外観の入り口には騎士が立っている。
そこに近づくと、騎士達はユウとアルフィードの姿に頭を下げて扉を開いた。
二人が温室に入るのを追いかけて入り口をくぐると、あからさまに何でお前がという目を向けられた。
仕方ないんだよと内心で言い訳しながら踏み入れた温室内は、むわりと暑く熱気が体にまとわりつくようだ。
中を進んでいくと、花壇に大小さまざまな色合いの花や木々まで植えられている。
視界に入るものの中にはリンクスにとっても馴染み深いものから希少な薬草の類まであり、ここが城の中でなくさらに一人だったら嬉々として観察していただろうと思う。
普段から研究と論文の繰り返ししかしていないから、仕事と趣味の垣根がないのだ。
魔法制御だけでなく、自分の体質から薬学系の研究もリンクスはしていた。
ハッキリ言ってお宝の山である。
「すごく沢山あるんですね」
ユウが驚いたようにキョロキョロ眺めながら歩く。
そのせいか足元がおぼつかなく、アルフィードにぶつかりそうになっては慌てて謝るのを繰り返している。
「王城で飾る花は大体すべてここで栽培されていますし、研究用の薬草なんかもここの管轄です」
「へえー、あ!あの花、面白い!」
はしゃいだ声を上げてユウがパタパタと駆け出した。
アルフィードが小走りでそれを追いかけていく。
リンクスは体質から体力温存が基本の生活なので、無理せず歩いて後を追った。
少しくらいなら視界には入っているだろうし、離れても大丈夫だろうと結論づけた。
二人をゆっくり追いかけながら、リンクスは服の襟元を指先で少し引っ張った。
風を送りたいと思ったけれど、服のあいだから入ってきたのはむわりとした空気で。
「あつ……」
襟元を引っ張っていた指先をすぐに離してしまった。
もともとリンクスは暑いのが苦手だ。
寒い冬も体調を崩しがちになるけれど、それでも暑いよりマシだと思っている。
寒いのは着込めばなんとかなるけれど、暑さによる体力低下はどうしようもない。
辟易しながら紫の花の前に立ち止まっていた二人に追いつくと。
「大丈夫か?」
アルフィードが気遣わしげに声をかけてきた。
「平気だよ。温室ってだけあって少し暑いと思っただけ」
「ならいいが」
苦笑して見せると、アルフィードは肩をすくめてみせる。
そんなやりとりをしていると、紫の花をしげしげと見ていたユウが振り向いた。
「そういえば国中の植物が枯れていってるって聞きましたけど、ここは無事なんですね」
「ランダムに観光地などの目につきやすい場所を中心に被害が広がっているんですよ。それにここの温室はもともと魔法の影響を受けないように、独自の魔法結界を張られているので無事な状態です」
「へえー」
アルフィードの説明に感心するユウは天井を仰ぎ見て、目線をぐるりと温室内に回した。
「枯れてないところもあって、よかったですね」
「そうですね」
にっこり笑ったユウに、アルフィードも微笑んでみせた。
その顔を見て、ユウが一瞬目を丸くした。
「あ、えっと、外も見たいな、なんて!」
動揺したようにどもるユウに、アルフィードが不思議そうにしたあと、ではこちらにと元来た道を戻り始めた。
どうしたんだろうと思ったリンクスだけれど、温室から出られるのは正直ありがたい。
リンクスの体は虚弱に出来ているだけでなく、影響を受けやすくも出来ている。
周りは大したことのない体感温度でも、リンクスには寒すぎたり暑すぎたりすることが多く、その影響で体調を崩すという悪循環なのだ。
入口まで戻って温室から出た途端、微かな風が体の熱を吹き飛ばしてくれたので気持ちいい。
はふ、と暑さから解放されたことにリンクスは息をひとつ吐いた。
「とりあえず、一番被害が大きい中庭に行きましょうか」
「わかりました」
こくりと頷いたユウを促して歩き出す。
辿り着いた中庭は、ほとんどの花が枯れていた。
花壇の中では、萎れた花が茶色くなって横たわっている。
ユウが召喚されることが決まったあとから枯れたものは、聖魔法で元に戻せるかもしれないからと、あえてそのままにしておくよう指示が出ているらしい。
アルフィードの説明を耳に聞きながら、視線を花壇とは別の場所に向ける。
木々の方はまだ花より生命力があるからか無事だけれど、それでも植物達からは瑞々しさを感じられなかった。
「ひどい……」
痛まし気な顔をするユウに、リンクスも眉根を寄せた。
見ていてやるせない気分にさせられる。
特に、リンクスにとっては同じ闇魔法使いの人間がしたのだと思うと、何ともいえない苦いものがこみ上げる思いだ。
「昨日説明したラルカディオという男が、至る所にじわじわと魔法をかけているようです」
アルフィードの説明に、ユウはことりと首を傾げた。
「そんなこと出来るほど魔力ってあるものなんですか?」
「魔石を持っていて、増幅しているのでしょう。昨日も大きさのある魔石を腕輪にしていましたし、他にもいくつか持っている様子でした。ローマウスの手引きもあるでしょうが、そのおかげで城の中に転移できたのだと思われます」
言われてユウは自分の右手を見やった。
その薬指には、ライトブルーの輝きがひとつ。
「じゃあ、これも危ないってことですか?」
「そうですね。ですがあなたを守るために俺と騎士団が護衛についているので安心してください」
安心させるように微笑んだアルフィードの顔を見上げるユウの頬が、ゆっくりと赤くなり口元がほころんだ。
「じゃあ、安心ですね」
「ええ」
二人のやりとりを見ながら、リンクスは自分の魔石の事を考えた。
絶対にこのネックレスの事がバレてはいけない。
そして。
(アルフィードの手をわずらわせないようにしないと)
ユウを守ることが第一なのだから、今までのようにリンクスにばかり気を配らせてはいけない。
「みんなの言う通り、俺になんとかできればいいけど」
ユウがしゃがんで、花の一輪にそっと手を触れさせた瞬間だった。
指輪の魔石が淡く光ったかと思うと、萎れていた花が活力を注がれたようにみるみる茎を真っすぐに戻して、色づき花びらを開いた。
「え、え?」
慌てるユウだったが、花が復活したのを見て凄い凄いと興奮したように繰り返した。
「本当に復活した……」
呆然とリンクスが呟く。
アルフィードも少なからず驚いたようで、目を丸くしている。
「素晴らしい!」
背後からパンパンと手を叩く音に振り返ると、そこにはテーセズが目を輝かせて拍手をしていた。
「あなたは凄い方だ」
興奮を抑えられないような声音だった。
「や、本当に出来るなんて思わなかったです。吃驚しちゃいました」
「ご謙遜を。陛下が一緒にお茶をと言われています。ぜひ今の事を話して差し上げてください」
テーセズのお茶という言葉にアルフィードがユウをエスコートして先に行く。
自分は多分呼ばれていないだろうなとリンクスが考えていると。
「お前は必要ない」
テーセズにピシャリと言われて、小さくはいと返事するしかなかった。
ポツンと一人残されたリンクスはぼんやりと空を見上げる。
「暑いなあ」
じりじりと肌を焼く感覚と夏の暑さにぽつりと呟いて日差しの強さに目を細めた瞬間、クラリと視界が回った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます