第5話

漆塗りの机の上には、黒と朱塗りの美しい茶櫃が置かれ、それぞれの出席者の前には上品な柄の茶托に乗った湯呑みが並べられていた。湯呑みの横で、青い紫陽花の和菓子が銘々皿を下にして、まるで小さな宝石のようにきらめいている。床の間には、控えめだが気品ある菖蒲が生けられ、初夏の風情を醸し出す。



琴子は正座したまま落ち着かず、膝の上で指を絡め続けていた。

父が低く声を整え、口を開いた。

「琴子。今日ここに集まってもらったのは──清園寺と真神、二つの家の顔合わせのためだ。」

琴子は瞬きをし、向かいに座る颯へ視線を向ける。

颯は穏やかに座っていたが、その瞳は真剣で、冗談めかした雰囲気は嘘のように消えていた。

「さて」

母が静かに頷き、続けた。

「琴子には本日が告示の日となります。真神家の皆様にも一緒にお聞き頂きたいと存じます。」

母が巻物を机の上に広げた。

「琴子、あなたも薄々は感じていたでしょう。私たちの一族には、古来より祓師としての業があることを。」

それを聞いて琴子ははっきりと答えた。

「いえ、感じていませんでした!」

両家の両親は、そんな琴子に目を丸くする。それを見て颯の冗談めかした笑いが蘇る。

「あはは!」

父はゆっくりと息をつき、言葉を重ねた。

「人の世には禍(まが)と呼ばれる悪しきものが存在し、それを祓い、封じてきたのが我ら祓師一族だ。」

琴子はじっと父と母を見る。

「だが、今や祓師の力は弱まりつつある。古き結界も揺らぎ始め、禍術師どもが暗躍している。」

それを聞いて真神家の現当主、颯の父が口を挟む。

「しかし我々真神家の一族は、その中でも勢力を拡大して参りました。それで、新興の我が家と、清園寺家の力を合わせることとなったのですな。」

「はい、その通りです。」

颯の父が続ける。

「そして、驚くべきことに、時を同じくして、しるしを持つ二人が現れた」

(しるし——??)

琴子は眉をひそめる。颯は軽く首を横に振って溜め息をつく。

「しるし……」

琴子が問い返すと、母がやわらかく答えた。

「額や胸に時折現れるという祓師の言い伝え。ただ、その言い伝えの内容もばらばらでどういった意味合いがあるのかはわからないの。私もあなたの額で初めて目にして……とても驚いたのよ」

父が真っ直ぐ琴子を見据えた。

「琴子。颯君との婚姻は、ただの縁談ではない。我ら祓師の血を未来に繋ぎ、禍術師に対抗するための必然なのだ。」

琴子は言葉を失った。まるで机の上の湯気さえ遠くに揺らぐように見える。

「そんな……」


重苦しい空気を切り裂くように、颯が静かに口を開いた。


「まぁ俺は、こんな可愛い子がお嫁さんになってくれるなんてめちゃくちゃ嬉しいですけどね」


颯は、また茶目っ気たっぷりの顔に戻っている。琴子と目が合うと右目をきゅっと閉じた。琴子は慌てて湯飲みを手に取る。眼鏡が曇って何も見えなくなってしまった。


「でも、大丈夫かなぁ?何にも今まで感じてなかったんでしょう?祓師やれるの?」

颯も湯飲みに手を伸ばしながら皆の心配を口にしてしまった。




ごほん、と颯の父が咳ばらいをした。




「では、婚礼の日まで粛々と準備を進めていきましょう」





琴子の耳の奥で、遠い水音のようにその声が反響した。

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