清園寺琴子の結婚

@shousetsu_yomukaku

第1話

「ねぇ、このお面、呪われてたりしない? 俺、そういうの昔から結構得意なんだよね」

茶髪の男が割り込んできた瞬間、清園寺琴子の身体に緊張が走る。

(た、たいへん……すごく、苦手なタイプだ……!)

黄色がかったサングラスに、耳にはいくつもピアス。 指にはリングが光り、手首からはシルバーのブレスレットが覗く。 琴子はとっさの言葉が出ずに唇をキュッとかみ、固まっていた。

「お姉さん、そんな怖い顔しないでさ。な? 君もそう思うだろ?」

隣の男の子は一瞬、息を詰めたように立ち尽くした。その男が肩を叩いた次の瞬間、弾かれるように走り去った。

「ほらね。お姉さんが怖い顔するから、子どもまで逃げちゃったじゃん」

にっこりと笑う男の視線に真正面から捉えられ、琴子は思わずうつむいた。眼鏡がちょっとだけ下にずれた。

「……あの、そのお面は、呪われてはいなくて、室町時代の能面でとても美しくてでも切なくて……」

「えー、そうかなぁ。なんか怖いんだけど。ほら、この部分とかさ、なんか呪いの呪文が出てきそうだよ」

琴子は必死で言葉を紡ぐ。

「でもでも……」

「あ、こことかもさ、ほら……」

「とても素晴らしい能面なんですっ!!」

琴子の大きな声が博物館に響き渡る。来館者たちの目線が琴子に一斉に集まる。

男は琴子の剣幕に一瞬たじどろいだ。 そして——。


「あっはは!」


彼は、琴子に負けないくらい大きな声で、そして少女漫画の王子様のような完璧なくしゃくしゃ笑顔で笑った。気持ちのいい笑顔だった。

琴子は恥ずかしさのあまり、その笑顔を見ることなく、じっと下を向きわなわなと震えていた。

(どうかもう二度とこの人と出会いませんように……)

と琴子は神様に祈った。


しかし、神様はちょうど3年後、そんな琴子の願いを無情にも払いのけるのだった。

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