落第治癒師の備忘録

松ノ ソナタ

第1話 落第治癒師アルデルト

 ――クロイツ教会附属治癒師養成学院


 学院の一室……そこに、一人の青年が試験官の前に佇んでいた。

 試験官の男が、溜め息混じりに口を開く。


「アルデルト君……治癒師にとって、傷の治癒が出来ないのは致命的だ。よって、君を次の学年に進級させることは出来ない」


「はい……」

 実質的に落第を言い渡され、肩を落とすアルデルト。

 そこへ追い打ちをかけるように試験官が告げる。


「去年に続き今年も落第となると流石に、この学院に在籍させて良いものか話し合う必要がある」


 試験官の言う様に、私は二年続けて落第を言い渡されている。


 治癒術については学年でも一、二位を争うほどの知識もあるし、自信もある。

 だけど、何度やっても治癒術で傷を治すことが出来ないのだ。


「アルデルト君、聞いているのか?」


「は、はい……すみません」


「明日の朝、学院長の部屋まで来るように、いいかね?」


「はい、分かりました」


 教室を出て、重い足取りで廊下を歩く。

 

 そもそも治癒術とは、傷を治す魔法と言われている。その魔法も、適性がある者にしか扱うことが出来ないため、治癒師自体も数は少ない。

 

 だから、村や街に住む者は十五歳になると、クロイツ教会が行う魔法適正試験を受けるように勧められている。


 あくまでも勧められているだけで、強制ではないんだが、適正があると判定を受けた場合、貴重な人材として学院での寮に入ることが許される。


 もちろん制服や食事も支給されるため、簡単に衣食住が手に入るとあって、ほとんどの者が適正試験を受けている。


「私にも適性があるのに、治癒術が使えないとは……」


 自分にはどうして治癒術が扱えないのか、去年からずっと悩み続けている。

 もちろん、その原因についても自分なりに調べて、仮説も立てているが……何度試しても傷を治すことは出来なかった。


「傷が治る過程を想像して魔力を練り、傷口にその魔力を放出する……私に足りないのはこの想像力なんだが」


 いくら考えても傷が瞬時に治るところが想像出来ない。


「放っておいても自然に治る傷を、どうやって治せって言うんだよ……っと!」


 廊下の角を曲がる瞬間、見知った顔の女性と鉢合わせた。


「あら、アルじゃない。辛気臭い顔してどうしたの?」


「セリナ……丁度いま、落第宣言を受けてきたとこなんだよ」


 彼女はセリナ・クロイツ

 クロイツ教会の次期聖女と言われていて、学院で筆記、実技ともに首位の成績を取り続けている優等生だ。


「また?二年続けて落第なんて、聞いたことないけど……大丈夫なの?」


「いや、流石に大丈夫じゃないみたいでな……明日、学院長室に呼び出されたよ」


「え……それ、退学させられるってこと?」

 彼女は驚いた表情で尋ねる。


「そうかもな……治癒術が使えないんじゃどうしようもないし」


「治癒術、ね……わたしの妹も適正はあるのに、傷が治せなくて学院辞めちゃったのよね」


「妹ってシオンちゃんか?」


「ええ、最初の実技試験であなたと同じように傷の治癒が出来なかったの……だからってすぐに辞めることないのに」


 シオン・クロイツ

 セリナの妹で、姉同様に次期聖女候補とされている彼女が治癒術を使えないとなると……


「シオンちゃんの立場ならそうせざるを得ないんじゃないか?」


「どうしてよ?」

 

「クロイツ教会の縁者が治癒術を使えないとなると、教会の面子に関わるだろ?」


「それは……そう、かも知れないけど」


 理解は出来るが、姉としての気持ちはそうじゃないって感じだな……


「まあ、シオンちゃんも薬草学の知識なんか先輩の私よりも成績が良かったし……そっちの方面で頑張るんじゃないか?」


「確かに薬草学についてはわたしよりも詳しかったけど」


「そうそう、治癒術だけが全部じゃないって」


「アルはもう少し自分の心配をしなさいよ」


「ぐっ……心配してどうにかなるならいいが、とりあえず退学にならないように教会で御祈りでもするか」


「あら、殊勝な心掛けじゃない?それじゃ、あなたに聖女様の導きがあらんことを……ってね」


「次期聖女様の導きはないのか?」


「そんなのあるわけないでしょ?"まだ"聖女じゃないんだから」


「違いない……退学にならなかったら、また宜しくな」


 そう言いながら、アルデルトはセリナに手を振り、学院を後にする。


「……退学にならないように、わたしも祈っているわ」


 クロイツの名を持ち、次期聖女と謳われるセリナ。


 その彼女に対して、特別扱いすることもなく、話かけるアルデルトはセリナにとって数少ない友人と呼べる存在だった。


 妹に続いて、その友人までもが自分から離れてしまうかもしれないと……セリナは不安と寂しさが入り混じった瞳で、アルデルトの背中を見つめていた。

 


 ――クロイツ教会

 アルデルトは学院を出て、街の中心にある教会へと足を運んだ。


 中へ入ると、いつもの静粛な空気とは違い慌ただしい雰囲気を感じた。

 何かあったのか気になり、周りの様子を見渡すと教会の中心に人集りができていた。


「誰か!娘を助けてください!聖女様の御力をお貸しください!お願いします!」


 その人集りの中心には、娘の治癒を必死で頼む母親の姿があった。

 しかし、誰もその娘を治癒する様子が見受けられず、アルデルトは不思議に思い、人集りの中を縫うように進んでいく。

 そして、人集りの最前列へ抜けると神官と母親のやりとりが耳に入る。


「ですから、傷の治癒は出来ても娘さんの毒は治せないのです。街の薬師を頼っていただいたほう……『薬師には診てもらいました!』……が」


「毒が全身に回っていて、薬ではどうにもならないと言われたんです!ですから、もう聖女様の御力に縋るしか……」


 なるほど、薬師では手がつけられないほどの強力な毒に侵されたのか……神官の言う通り、治癒師は傷を治すことは出来ても、毒や病を治すことはできない。

 聖女様と言えど、治癒術では助けられない領分だ……残念だが


 そう思った瞬間、泣き崩れる母親と目が合った。

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