遺書
るる
第1話
私は生きづらいと感じた事が多い。私は多数派なんだと思った事がある。生きづらい、何者かになりたい。そんな大衆が持つ欲望なんて既に持っている。多数派なんだろう。皆と一緒なんだろう。そうして生きて、行くのだろう。人が嫌いだった。イヤホンをつけて過ごしていた。どんな時だろうと、周りに人がいようと。この世は人でできているのだと突きつけるような時だろうと。私はイヤホンをつけ、この世に一人の人間であると思い出す。人と共に生き、人になる事は私にとっては苦だったのだ。他人の心を理解することはできない。私は他人の心がありそこに存在することを証明できない。なんなら私に意識はあるのだろうか、私は自分の自由意志を持っているのだろうか。イヤホンをつけた時、私はそれに向き合う事ができる。私は一人が好きだった。私が私たる所以となった時は今でも覚えている。当時隣の席だった女の子が言っていた。私の心をあてて見てと言われた事がある。授業が面倒くさいと思っているのかと聞いてみると、合っていると言われた。だが後々言われたが、あの時は思っていなかったと。私と会話をしたいからと。その時、人は人を理解できないのだと思った。家に帰ると、段ボール、厚板を使ってその子の等身大パネルを作った。そのパネルは意思がない。自由がない。話しかけても返答がない。大きく息を吸うと心臓に包丁を突き立てた。どんな気持ちか聞くと、やめてほしいと言った。本当かと聞くと本当だと言う。だが本当は私と喋りたい気持ちがあるのかと聞くと、ないと、やめてほしいと言った。だがそれが本心かなんて思う気持ちはなかった。彼女は死んだ。意思はなく、自由がなく、話しかけても返答はなかった。パネルと一緒になった。だがそれは元からそうで合ったのではないかと思った。元々意思はなく、定型分を連ねるだけの、ただのパネルだったのではないか。会話は出来ていたのか?意思はあったのか?自由だったのか?私は私とそれを含むその他の人類と言われるパネルを理解する事ができないと思った。私に意思はあるのか?自由はあるのか?話を出来ているのか?私は生という状態と死という状態を理解していなかった。今、生きているのか?それとも死んでいるのか?死という事がさっきのパネルと同じようだったなら、私たちは死んでいる。生きていないのだ。他人の意思の有無なんて、そんなものは付かない。その日から私は人生がパネルが飾られている美術館のようにたまらなく悲しくなった。山、海、そこらの壁、それらには意思がない、会話ができない、自由はない、と言われている。パネルだ。パネルだらけだ。作ったパネルがゴミになった時、それよりも早く腐ったあのパネルは腐るという自由があったのだろうか。対話はパネルに話しかける痛い人間のようで。そして他人も私をパネルだと思っているようで。この世に私は一人だ。その他はパネルだ。なんなら私はパネルなのだろう。私は今生きているという状態らしい。皆は今生きているという状態らしい。皆は生を謳歌しているらしい。私も謳歌しているらしい。なら、死という状態とは?死は謳歌できないのか?死という状態は死の状態を得ているパネル同士でしか共有できない物なのだろうか。壁は壁と話し、周波数が違う。死と言われる状態に変更した瞬間。周波数が変わり、もう一つの地球のような、パネルだらけの今の世界のようなものにまた行かなければいけないのだろうか。それを確かめるために私は死ぬのだと思う。友人が死んだ時、私は状態が変わったのだと思った。彼が周波数が変わりなにを受理しているのか分からなくなった。会いに行くと死んだ彼の両親は周波数がおなじところにいけたのだろうか。もし生と死が単なる周波数の違いであり、ただ単に新たな始まりだというのならば、私はそれを理解したいと思う。パネルだらけの世界だと理解し、受け入れ、それを否定するために行動をすることを私は飽きてしまって。大きく息を吸うとイヤホンをつけた。私はまたパネルだらけの街から、イヤホンをつけた自分という状態に話しかける。そこには意識の有無やパネルの摩擦音が無くなり、私は私という意思と会話することができる。それはきっと、私が私自身の中に作り出した私を発明者とした人工的な人格にすぎない。それもパネルなのだ。自分の心の中のような場所で、自分と同じことを考えているパネルと向き合う。その時間は一見他者をパネルにし、それらと関わることを拒絶している私との矛盾に見えるがそうではない。いわばこれは他者から見た私と会話してると解釈している。他者から見た私はいま執筆している私ではなくパネルなのだ。私の皮を着て、私の声をして、透明な内臓を持った私なのだ。本心は囚われた虎のようで、一度解き放てば私はパネルではなくなるようで、周波数が合わない音を必死に合わせて聴かせているようで、私は私ではないこのパネルと話している。パネルは何を言っているのかわからない。声は聞こえず口は動いている。私は絶えず話しかける。理論や物理的な問題に対する自分なりの答え、今日会ったこと、食べたもの。様々ことを話し続ける。パネルは私の話したことについて何か返しているのかもしれないし、私と同じように届くことを願って話し続けているのかもしれない。でも私が聞こえるのは街中にいるパネルと同じような擦れるような音だけ。何を言っているのかなんてわからなかった。私は、孤独になった。私は一人になったと自覚した。私は言葉を発することができていないんだと思うようにした。私に残っているのは私のパネルと壊れた周波数だけ。何も聞こえず届かない。この大きな地球、この広やかな世界。この終わりなき宇宙において、私は絶えず一人で泣き叫ぶ赤子のように孤独だった。しばらく経ち、無を自覚し、全ての考えを終了すると首にかかった縄に手をかけた。椅子を蹴飛ばし、全体重がのしかかる。次第に浅くなる呼吸。死へと状態変化していることがわかった。消えていく意識と反対に開けた窓の外に広がる青の空、その下で歩いているパネル。
彼らはきっと生と死に、鈍感になり続ける。その時が来るまで。意識が消え、力が抜ける。そう感じた時、
「今日はどこ行くー?」
「私はクレープが食べたーい」
パネル同士の擦れた音が、少しだけ人の声に聞こえた。ある日突然消えたあの声。パネル同士が擦れるだけのあの不快な雑音。ブラックアウトした視界に私のパネルが写っていた。周波数が合わないなら合わせる努力をすべきだ。それができないのは君自身が他者との関わりを避けているからだ。そう連呼している私のパネルが写り私の人生が終了した。死はただの状態だ。パネル同士は、パネル同士でしかならない。だが私も意思はなく、ただのパネルだとしたら?他者にはあるが、私だけがパネルだとしたら?私は合わせるしかない。持たざる者に、持つものが。他者と同一になれた幸福感に満ち溢れ、私は歓喜の涙をこぼした。
私のパネルは、いつもと変わらず前を向いていた。
遺書 るる @rurururr
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