俺の書いたラブレターが彼女たちが持っているの
赤倉伊月
「やっと、書き終えた。」
この俺、『近江アルト』は、夜遅くまで格闘したファンレターをようやく書き終え、深く息を吸い込んだ。宛先は、今をときめくアイドル声優、『ELU』。
ELU——彼女の声が、俺の心を掴んで離さない。透き通るような声、ミステリアスな素顔。 彼女のラジオ番組は、まるで暗闇を照らす灯台のように、俺の心を照らしてくれた。 彼女の言葉は、いつも俺の背中を押し、勇気をくれた。
つい先日、ELUが公式SNSを始めた記念にファンレターを送る企画が開催された。 内容は、彼女が出演するラジオ番組で、ファンからの手紙を読み上げるというもの 選ばれるのは、ほんの一握り。
それでも、俺は書かずにはいられなかった。
(届くといいな。)
翌日、いつものように学校へ向かう。
「近江くん? どうしたの? なんかソワソワしてるけど」
ファンレターのことで頭がいっぱいだった俺に声をかけたのは、同じクラスの『黄瀬愛中』だった。
彼女は太陽のように明るい笑顔が眩しい。金色のショートヘアがよく似合い、クラスの中心にいる。運動神経も抜群で、男子からも人気だ。
「あ、黄瀬さん。おはよう。別に、何でもないよ」
俺は、ファンレターのことは隠したまま、そう答えた。
「ふーん。でも、なんか嬉しそうだよ? 何か良いことでもあった?」
「実は、好きな声優さんに送るファンレターが完成して、それが嬉しくて」
「へえ! 近江くんって、声優さん好きだったんだ。どんな人?」
黄瀬さんは興味津々といった様子で尋ねてくる。
「ELUっていう、正体不明の声優なんだ」
ELUの名前を出した瞬間、黄瀬さんの目が大きく見開かれた。
「どうしたんだ、黄瀬さん? 顔、赤いけど」
「……そ、その。ELUさんに送る内容って、どんな……?」
頬を染めて、視線を逸らす黄瀬さん。 まるで、秘密を暴かれるのを恐れているようだ。
「まぁ、俺の推しへの想いを形にしたいってことで、若干、ファンレターがラブレターっぽくなっただけ、かな」
「ラブレター!?」
黄瀬さんの大きな瞳が、さらに見開かれる。 予想外の言葉に、思わず息を呑んだのだろう。
俺は思わず肩をすくめた。
「まぁ、そういうことだけど早く教室移動しないと、遅刻しちゃう!」
「そ、そうだね! あはは……」
顔を赤らめたまま、黄瀬さんは慌てて教室へ向かった。 その様子に、俺は少しだけ、ドキドキしていた。
♦
「もうすぐ昼食か」
あと数分で昼休み。その前に、今朝書いたファンレターをもう一度見返しておこう。
「……確かに。改めて見ると、本当にラブレターみたいだな」
俺が書いた内容は、以下の通りだ。
『ELU様はじめまして。 アルと申します。
こうして手紙を書くのは、少し恥ずかしいのですが、どうしてもELUさんにお伝えしたいことがあります。
初めてELUさんの声を聞いたのは、「ロイヤルコネクト」というゲームでした。 ELUさんが主人公を励ます言葉は、暗闇 の中をさまよっていた俺の心を救ってくれた、恩人のように感じています。
それ以降、ELUさんの演じるキャラクター達の声を聞くたびに、勇気が湧いてきます。
例えELUさんの正体が誰であれ、俺は、陰ながら応援しています!
アルより』
……今になって、自分で書いた内容が恥ずかしい……!
「取り敢えず、今からでも——」
消しゴムで手紙の内容を書き直そうとした時、うっかり落としてしまった。 その手紙は、近くにいた女子に拾われる。
「なにこれ? 手紙?」
手紙を拾ったのは、同じクラスの『暁高穂』だった。
少し赤みがかったツーサイドアップの髪型が特徴で、運動神経抜群の黄瀬さんとは対照的に、頭脳明晰。 少しツンとした見た目とは裏腹に、困っている友達には勉強を教えるなど面倒見の良い性格だ。
うちのクラスでは、黄瀬さんと並び、二大美少女と崇められている。
「すみません、暁さん。 それ、俺の大事なものなんです」
暁さんから手紙を返してもらい、ほっと胸をなでおろした。
「近江それ、誰に渡すの? まさか、愛中にッ!」
暁さんの声には、少しだけ棘がある。
「違います! 黄瀬さん以外です!」
確かに、黄瀬さんに手紙で告白する男子は少なくない。 暁さんは黄瀬さんの親友で、黄瀬さんがしつこい男子に絡まれている時には、彼女が間に入って追い払う。
俺を、まるで汚物を見るような目でこちらを見る暁さんに、必死に弁解した。
「一応聞くが、愛中に手を出すようなら容赦しないからな」
「これは、俺の推しのアイドル声優に送るもので」
「へぇ、今どきそんな言い訳もあるんだね」
(ダメだ。確かに暁は話せば友好的だが、下心で見ている連中には、いつも汚物を見るような目を向けるんだよな……。傍から見てて、辛いんだ)
「本当なんです。ELUという推し声優宛てに送る手紙なんです」
「へっ?」
今、暁から、少し可愛らしい声が聞こえた気がした。気のせいか?
「……本当なのか」
「えっ、へ?」
「本当なのか、と聞いている!」
なんだ!? 暁が顔を真っ赤にして、俺に近づいてくる!
「本当、本当! 実は、彼女のSNSキャンペーンで手紙を書いていたんだ」
「……分かった」
ふぅ、なんとか落ち着いてくれたな。これなら——
「ただし。手紙の内容は見させてもらうから」
「はぁ、何で!?」
「それとも、さっきのは嘘だってことかしら」
仕方ない。クラスメイトに見られても問題なず。
「分かった」
彼女に手紙を渡し手紙を見る見るうちに暁はさっきよりも顔を紅くしたか手紙で顔を隠した。
「ちょっ、これ本気で送るつもりなの!?」
暁が手紙を読み終えて、しばらく黙ったあと顔を少し逸らされる。
「いまさっきまで書き直すところだった。それを暁さんに止められたから」
「はぁ!私のせいなわけ!?」
「実際そうだろう。っていうか読み終わったら手紙返してくれない」
もうすぐ昼食の時間だし、ここでうだうだしとるとあっという間に終わってしまう。
「……直す必要、ないと思う」
「?どういうこと。その分ラブレターっぽくなってたからもうちょっとマイルドにしようと」
「べ、別にいいでしょ!好きな推しならラブレターっぽくて十分!」
なんで上から目線。余計書き直したくなるが。
キーンコーンカーンコーン!
「って、もう十二時か。悪いが暁手紙返してくれない。俺の思いを書いた大切なもんだからさ」
「……」
渋い顔されたが手紙を返してくれた。
「ありがとう。じゃあ俺学食に行くから」
そのまま俺は学食に向かい暁だけが取り残された。
「こんなふうに思ってくれてるなんて、知らなかった。ファンとしてじゃなく女の子としても……嬉しいの」
♦
午後のホームルームが終わり、トイレから戻って帰り支度をしている最中、机の中からファンレターが消えていた。
「ない、どこだ……ん、これは?」
机の上には、ピンクの封筒が置かれていた。俺宛てだ。手紙を開くと、内容はこう書かれていた。
『今日の放課後。屋上で大切な手紙を預かってるよ』
怪盗っぽい文章だが、一番下の差出人で俺は心臓が止まりそうになった。
『貴方の推し、ELUより』
悪戯かと思った。だってELUは正体不明のアイドル声優。分かっているのは性別くらい。けれど、それだけじゃ確信は持てない。
――それでも、ELUを名乗る誰かに俺の手紙を奪われたのは事実だ。俺は急いで校舎の屋上に向かった。
(さぁ、ELUを語る手紙泥棒よ。その顔を拝んでやる!)
勢いよく扉を開けると、意外な二人の姿があった。
「あっ!近江くん、来てくれたんだ!」
「遅かったじゃない、近江」
どういうこと?二人が屋上にいる。俺がここに来たのは――
「二人は、ELUもどきの手紙泥棒のこと、何か知らないか?」
俺は思いのこもった手紙を取り返すために来たのだ。
「もどきって……ひどいよね」
「実は、近江くんに話す口実を作るために手紙を盗ませてもらったんだ。本当にごめん」
二人が手紙を盗んだのか。でも俺が許せないのは、ELUを名乗って俺の手紙を奪ったことだ。
「なんでそんな面倒くさいことを……しかも推しの名前を使ってまで」
黄瀬さんが俺をじっと見つめる。
「それは――」
「私たち二人でELUだからさ」
言葉が耳に届いた瞬間、心臓が跳ねた。
「えっ……二人で……?」
息が止まるような衝撃。屋上に吹く風さえ、重く感じた。
暁も小さくうなずく。二人の表情は、いたずらっ子のように楽しげで――でも確かにELUだった。
俺の書いたラブレターが彼女たちが持っているの 赤倉伊月 @zexal-1000
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます