数多のサムネに埋もれても!
太田丙有
1
12月だけれど、まだ毛布と靴下で乗り切れる寒さだ。暖房はもったいない。
ホットココア入りのマグカップを両手で包んで指先を温める。
ひとつ深呼吸したあと、マウスを動かして文字組みの間隔を微調整する。
『ゆぃちのハピバ配信! ダメ大人たちに"わからせ"するまで耐久!?』
文字色はいつもの濃いピンク。今日はリッチ感を出すためにドット柄を入れた。
ピンク髪ツインテのメスガキVtuberゆぃち。
1年活動して登録者数は8万人。弱小事務所だけど、ギリギリひとり暮らしできている。
ゲーム下手だし、喋りはうまくないけど、ひとつだけ自慢できることがある。
私のママ(イラストレーター)が、昔からずっと追いかけている大大大好きなイラストレータ白星クジラさんであることだ。ほんとに偶然。一生分の運を使ってると思う。
14時間続けたハピバ配信のあと、配信アーカイブ用の画像を完成させて事務所に送信。急ぎの仕事は完了。
ひとつ伸びをすると体からバキバキと音が鳴る。メスガキだが魂は32歳の女に座りっぱはキツい。
転職を繰り返し続けたダメ大人の私がここまでがんばるのは、白星さんが描いたキャラをもっともっと輝かせたい、その一心だった。
スマホを手に取ってLINEを開き、画面のキーボードをスタタタッと叩く。
ゆい:お疲れ様です。誕生日イラありがとうございました。リスナーに大好評でした。
白星:おつかれさまです。がんばった甲斐がありました!
白星さんとはLINEでやり取りをしている。最初は事務所経由だったが、マネがポンコツで連絡が何度も滞ったため、双方合意の上でLINE交換した。
憧れの白星さんと繋がって半年。キモがられないよう事務的な文面を心がける。
ゆい:次の初詣イラも楽しみにしています。進捗はいかがでしょうか。困ってましたらすぐご連絡ください。
いつも即レスだったが、すこし間があいた。離席だろうか、と思ったころに返信がくる。
白星:実は着物の柄が決まらないんです
イラストレータは本当に大変な仕事だと思う。
絵が上手いのは当たり前の上で、衣装や造形のデザインセンスも必要になる。
白星さんからイラスト案をもらうとき、絵の可愛さは当然として、デザインの引き出しの多さに毎回驚かされた。怖くなるほどだった。
人間離れした才能に、ずっと尊敬というか、畏敬の念を覚えていた。
その白星さんでも、困ることがあるんだ。
急に人間臭さを感じて、ふっと笑いがこみ上げる。
ゆい:私の方でも参考になりそうなもの探してみます
◇
寝て、起きて、土曜日の朝。
天は我に味方した。今日、近くの商店街で、年末着物バザーが開かれている。
商店街に行く。
色とりどりの着物を着たマネキンや、木枠みたいな衣装かけ? にかかった着物が、カーテンみたいに並んでいた。道行く人も着物が多い。
いつも埃っぽい田舎の商店街が、すごく華やかな空間になっていた。
端から順に見ていく。
着物を出している店、巾着やかんざしの小物を出している店、和風の雑貨、などなど。
軽い気持ちで立ち寄ったが、思ったよりもわくわくしてくる。
しばらく眺めながら歩いたが、たくさん見ていると、色や柄が似たり寄ったりだなと思えてくる。
どれがいいか考えすぎて、頭が疲れてきた。歩く足が重くなる。がんばる気力がなくなってきた。12月の寒さがそれを加速させる。
似たものが並べられているのを見ると、私はたまらなくなってくる。
動画サイトのサムネだ。みんな目立とうと必死で、差別化したくて、でも結局は同じようなデザインに収束していく。
私もそうだ。テキスト、配置、配色、イラスト、試行錯誤したけど、やっぱり一番選ばれるテンプレは決まっている。
大量のサムネに埋もれていく動画。
有象無象のVtuberから抜け出せない自分。
キラキラした世界に飛び込んで、ドロドロの底辺を這いずり回っている。
――だめだ、だめ。よくない思考になってる。
深呼吸して嫌な思考を切り替える。
鬱々とするとき、ふと思い出す言葉がある。
成人式で、クラスメイトだった男子が何気なく言った言葉だ。
『結衣さんは、でっかい事をする人だと思ってるよ』
そこまで深い関わりがなかった人だったから、驚いたあと、照れくさくなった。
私を見てくれていた人がいる、手放しに評価してくれている――。
Vtuberをやろうと思ったのは、なんとなく『でっかい事』をしたくなったからだ。
木枠にかかった着物の前で立ち止まる。
一瞬で心を奪われた。
上から下にかけて赤から淡いピンクにグラデーションしている。グラデーションと思ったそれは細かい花びらだった。
まるで、散って積もった白い花が強い風で巻き上がっているような、繊細だけれど力強さを感じる柄。
しゃがんで下のほうを見ようとすると、隣で同時にしゃがむ人がいた。
あっと思って横を見ると、隣の人も私に驚いていた。
同い年くらいの男性で、黒縁メガネをかけた、あまりオシャレじゃない感じ。着物と縁がなさそう、と思うのは失礼だろうか。
私の目がよほど不審そうに見えたのか、男性は早口に喋った。
「あっ、すみません邪魔ですよね。あの僕、仕事で必要で、着物見てて」
男性は疲れた顔をしていた。
手には小さなメモ帳があった。中身は見えないが、着物のデザインを見てなにかをメモしてたんだろう。
そうだ、みんななにかを抱えながら、目の前の仕事をがんばっているんだ。
私は男性の努力に敬意を表して、笑顔で言った。
「この柄、いいですよね。私も大好きです。お仕事のお相手、きっと喜ばれると思います」
心からの言葉だ。男性は驚いた顔をしたあと、照れたように笑った。
「きれいな柄ですよね。桜が散るっていうより、風で舞い上がってる感じで」
「――そう! そう思いますよね! 儚いっていうより、強いっていうか」
同じことを思っていたことに興奮して、つい強めに出てしまった。
男性は引くことなく、目尻に柔らかいしわを寄せて笑ってくれた。
それから二、三言葉を交わして、私たちは自然に別れた。
帰り道、歩き回った疲れはあったが、足取りは軽かった。
着物という決まった形の中でも、あんなに力強くて唯一の柄が生まれる。
同じようなものがたくさん並んでいるのに、私の心を奪うものがある。
そして、それを同じように素敵だと感じる人が、必ずいる。
数多のサムネに埋もれても! 太田丙有 @heia
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます