バードストライク
ニラ
バードストライク
「ウォッチング、スタートです。」
大して特徴的でもない僕の声で、朝の情報番組、「ウォッチング•バード」が始まる。
視界の前には何台ものカメラ、その全てが僕に照準を合わせている。カメラを向けられている僕の姿は、中肉中背、中の下の顔。対して特徴的でもない。でも、一つだけ他の人とは違うものがある。
「僕の翼も、ピクピク笑ってますねー。」
翼だ。僕の背中には翼がある。二枚合わせて幅は2mほど。真っ白で綺麗な、僕には似合わない、そんな翼。それを見せながら、僕よりもずっと面白い芸人のボケに対し、自身の中で最強の返しをする。
少し前まで売れないお笑い芸人だった僕。でもある日、この翼ができた。本物の翼だ。背中から本当に生えている。寝ぼけていた僕は、毎日惰性で続けていたSNSにその写真を投稿してしまった。すると、写真を取り消す暇もなく、何とすぐさまトレンド一位。瞬く間に僕の知名度は上がり、あれよあれよとこんな場所に居る。
こんなのただの偶然だ。実力でもなんでもない。誇れるようなものじゃない。でも、だとしても、みんなが僕を必要としている。必要としてくれているんだ。だから今日も頑張ろうと、そう思える。
昼過ぎ、一仕事終えた僕は自宅に帰宅する。今日はなんだか疲れた。しかし今日は珍しく、この後は仕事も打ち合わせもなく、家でゆっくりできる。連日大きな仕事があったから疲れたのだろう。ゆったりとした時間を過ごそうと思い、電車に乗った。
電車に乗るときこの翼は少し邪魔だ。というかしまうのを忘れていると、少しホームに引っかかる。あれが割と痛かったりするのだ。タンスの角に小指をぶつけたくらいの痛みがある。でも、この翼を生やした僕をみる周りの視線は少し心地いい。僕は周りより特別であるのだと明確に感じられる。そう思っていると、頭にチクッとした痛みが走った。頭痛だろうか。いつもは気分のいいこの時間も、早く終わって家に着いて欲しいと少し思ってしまう。
その後電車を降り、しばらく歩いて自宅に着いた。都内にあるマンションの10階、その一室が僕の住処だ。ちなみに一つ上は屋上になっている。普通は立ち入り禁止なのだが、管理人と仲がいい僕は気分転換に入らせてもらってる。今日なんかは頭痛さえなければ行ってもよかったのだが。しかしそんなことを考えている間にも、どんどん僕の頭の痛みは増えていく。家に頭痛薬はあったろうか。すぐに休もうと思いドアを開け中に入ると、
中に人が居た。
男だ。中肉中背、中の下の顔。対して特徴的でもない。でも僕にはそれが誰だかすぐにわかった。僕だ。僕と全く同じ見た目の男がそこに居た。でも違う所が一つだけある。翼だ。彼の背中には翼がない。翼がないのだ。
「楽しかった?」
彼は何がおかしいのか、笑い混じりの声で僕に問いかけた。
楽しかったって、何が。そう言おうと思った。でもその前に、彼は僕が言おうとしたことが分かっていたのか、言葉を重ねる。
「それだよ、それ。」
指を刺す方向は僕の体から少し外れている。彼は僕の翼に指を刺していた。
「笑えるよね。そんなに特別なものがあっても、僕の性根は全く変わらない。卑屈で不器用でいまだに彼女の1人もいない。ほんとに、どうしようもない。」
何が言いたいのか全くわからない。でも彼には僕の動揺なんか関係ないらしい。
「夢の中でくらい、自分に自信を持てばいいのに。いや、違うか。自信が持てないから僕なのか。」
全くわからない。そのはずなのに、彼の言葉は僕の脳を震わせてくる。
「そもそも翼ってなんなんだよ。陳腐だなぁ。こんなのが増えたところで何が変わるってんだよ。でもそうか、もし今翼があればーーーー」
彼の言葉から耳が離せない。離せないし頭が痛い。なんなんだこの状況は、早く眠りたい。
濁流のように押し寄せる言葉と思考の渦に飲まれながら、僕の意識は朦朧としていく。その流れに身を任せ、僕の意識は
暗転した。
視界が開ける。頭が痛い。気圧差なのだろうか。それにしても、走馬灯ではなく現実逃避とは、思い出も何もない僕にはそれしかする事がないのか。
落下する。落下する。上昇することなんてない。上昇できない。
だって僕にはなにもないから。誰も僕を必要としないから。だから僕は落ちたんだ。
何をしても上手くいかない。何をしても成功しない。こんな人生何が良いんだ。卑屈で不器用でいまだに彼女の1人もいない。こんな僕の何が良いんだ。
風が吹きつける。コンクリートが押し寄せてくる。もうどうしようもない。
でも、
上昇することができたなら、飛び立つことができたなら。僕は助かるのに、でも今更どうしようもない。でも期待してしまう。自ら望んで飛び降りたのに、上昇することを期待してしまう。
でもそんなことありえない。だって、
僕には翼がないから。
バードストライク ニラ @Rian0123
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます