第一章 夏休みと赤い月

公園まで歩いていくと、ベンチに誰かが座っていた。

その子は美咲に気づいてベンチから走ってきた。

「おはよう、美咲ちゃん」

と声をかけられた。

「やっぱり、明菜ちゃんだったんだね」

笑顔を浮かべながら返した。

明菜は涼しげな麦わら帽子をかぶっていて、三つ編みが夏の風に揺れていた。

白田明菜は美咲の親友で、小さいころから一緒に遊んできた仲だ。

中学一年になっても同じクラスになれたのは、偶然というより運命だと思えるくらい嬉しかった。

「その、帽子よく似合うね」

「お気に入りの帽子なんだ」

明菜としゃべっていると、公園の入り口の方から二人の少年がやって来た。

美咲は二人の少年に気が付いて、

「和樹なにしているの?」

と声をかけると、佐崎和樹は片手を軽くあげて笑った。

彼は同じ中学一年生でクラスでも人気でよく目立っている。休み時間にはいつも友達に囲まれていて、教室の真ん中にいることが多い。クラスは違うが、美咲にとっては、幼いころから一緒に遊んできた、気心の知れた存在で、人気者になった今でも、彼の無邪気な笑顔を見ると昔のままだと思えて少し安心する。

「和樹の隣の子は誰?」

「一学期の終わりに、新しく転校してきた前崎拓斗だよ」

前崎拓斗は眼鏡をかけなおしながら

「これから宜しくお願いします」

少し硬い口調だったけれど、その礼儀正しさに美咲は安心を覚えた。

和樹と正反対の雰囲気で、落ち着きのある子と心の中で思った。

「私は鈴奈美咲でこの子が白田明菜、宜しくね。」

と言って、明菜も同じようにぺこりと頭を下げた。

「宜しくお願いします」

という拓斗に

美咲は

「敬語にしなくてもいいよ。私のことは美咲と呼んでね。」

と言い、拓斗は顔を赤くして

「よろしく」

と眼鏡をかけなおした。

「それで、なんで和樹と拓斗君が一緒にいるの?」

すると、和樹が

「今日ってスーパーブルーブラッドムーンが見られるだろ。二百六十五年に一度だから。一度しか見られないかもしれないから、一緒に見に行こうと思って、ちょっと計画をな」

「僕も同じように一度きりだから見たくって。」

それを聞いた明菜が

「私も見に行きたいな」

美咲はその話に乗り

「じゃあ、みんなで見に行こうよ」

「何時にどこで集まる?」

「山の頂上で観察しようよ」

と近くの裏山を指さした。

「じゃあ、この公園に集合ね」

と明菜は笑みを浮かべながら言った。

「時間は八時ぐらいでいいんじゃないかな?」

「ちゃんと親に許可をもらってこれるかな?」

「多分、いけるでしょ」

美咲は、そのまま少し話して、山へ行く準備をするため、家に帰った。

美咲は家に帰って

「夜、山で月を観察して夏休みの宿題を終わらせるから。和樹も明菜ちゃんも一緒だから。」

と伝え山に行くため準備を始めた。

懐中電灯や水筒とお菓子、スケッチブックと鉛筆、時計をリュックに詰め込んだ。

リュックは少し重くなったが、その重みが冒険に出かけるようでわくわくした。

窓の外では夕焼けが少しずつ赤く染まり、街の屋根の上に影を伸ばしていた。

その時、母が

「美咲、ご飯よ~」

と言い、降りてきた美咲は席に着いた。

おいしそうな匂いが鼻を揺さぶる。

「今日のご飯はハンバーグ?」

母は笑みを浮かべながらうなずいた。

「山に行くんだから、たくさん食べてね」

そして、大きなハンバーグをお皿にのっけた。

美咲は出されたハンバーグをほうばった。肉汁が口いっぱいに広がり、ちょっと幸せな気持ちになる。ふと窓の外を見ると、空はすでに薄い夕暮れ色に染まり始めていた。時計の針は七時半を指していて、胸の鼓動が少し早くなる。残り三十分後に集合場所につかないといけない。

最後の三十分は荷物の確認をした。リュックの中身を確認し終わった美咲は、靴に履き替え、公園へ向かった。

夕方の空気はまだ蒸し暑く、アスファルトから立ちのぼる熱気が体にまとわりつく。

でも心は不思議と軽く、歩く足取りは自然と速くなっていた。

公園の時計を見るとそろそろ七時になりそうだった。入口の向こうで明菜の影が見えた。美咲は手を振ると、明菜は美咲に気づいて手を振ってくれた。

そこから、和樹と拓斗の影も見えた。

全員揃い明菜が

「よかった、みんな集合したね」

嬉しそうに言った。

拓斗は大事そうに大きなケースも持っていた。

美咲はそのケースを見て

「拓斗君、そのケースの中身は何?」

「これは、望遠鏡だよ。二百六十五年に一度のスーパーブルーブラッドムーンだからね。」

と大事そうにケースを抱えていた。

「じゃあ、そろそろ行こうか」

と元気に言った和樹は山の頂上をさした。

みんなうなずき、山のほうへ歩き出した。

山に登り始めるといよいよ月が上ってきた。

「月が上り始めてきているね」

明菜は汗をかきながら言った。

セミの声に混じって、草むらからは夜の虫の声が響き始める。

「月がっ真上に来る前に頂上へ登ろう」

と和樹は、張り切ってまた、登り始めた。

頂上に着くと目の前に大きな赤い月が上っていた。

拓斗は手早く望遠鏡を組み立て始めて、明菜はレジャーシートを敷き始めた。

「それにしても、大きな月だよな~」

と満足そうに和樹は言った。

拓斗は望遠鏡を組み立て終わって月を観察し始め

「こんな、赤くて大きな月は観察したことないよ」

と興奮して観察している。和樹も

「さすが、スーパーブルーブラッドムーンだな。見に来たかいがあったな、

よかったな拓斗」

と感心しながら拓斗に言った。拓斗も観察しながらうなずいた。

「えっと…拓斗君は宇宙とかが好きなの?」

と明菜は言った。拓斗は観察しながら、

「宇宙っていうより星とかが好きかな。こんな感じの月とか」

拓斗は月の方角を見ていった。

「和樹は何しているの?」

とレジャーシートに座っている和樹に言った。

手元を見るとスケッチブックと鉛筆を持って絵を描いている。

「宿題だから書いているんだ。これで一つの宿題は終わるだろ」

「確かに、私もやろうっと」

とリュックからごそごそとスケッチブックを取り出した。

「でもよかった。明菜ちゃんがレジャーシートを持ってきてくれて助かったよ」

と美咲が言い。

「よかったよ。みんなの役に立てて」

美咲はレジャーシートに座りスケッチし始めた。

明菜も同じようにスケッチをし始めた。

明菜は月をよく観察して細かいところまで描いていた。

和樹は目を細めて描いている。

拓斗は観察しながらい色々と書き込んでいる。

美咲も真剣に描いていった。

美咲はスケッチブックをレジャーシートの上に置き、立って手を伸ばして

「今にも手が届きそうなくらい大きいよ」

と言いながらみんなのほうを見た。

「確かに、いつもの月より大きくて、赤色だから少し不気味に見えるね」

と明菜も赤い月を見ながら言った。

月は静かに空に浮かんでいるだけなのに、まるでこちらをじっと見下ろしているように感じられた。

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