消えて、赤
黒石くじら
アカイロの神隠し
昔々、遠い昔の物語。
わずか数刻前に
森の中。木々の隙間からは空が真っ赤に染まっているのが見える。
その真っ赤な空を泳ぐ様に飛んでいたカラスが、不意に地面へと急降下した。
不思議に思って歩を進めるとそこには腐った腕が転がっている。その断面は赤黒く、かつて人間の一部とは思えないほど土色に変色していた。
カラスが群がっているのは遠目でも見えるが、ハエが群がっている様子は見えない。
その光景を横目に通り過ぎると、濃い霧の中に集落が潜んでいるのが見えた。
集落の前に設置された赤い塗装が剥げかけている古い鳥居をくぐると、とある民家の入り口付近で泣いている小学生くらいの女の子に気がつく。
女の子の近くには母親と思わしき人が血まみれで倒れており、血走った目が見開かれたまま、体のあちこちには斑点が現れ、赤かった血は茶色くくすみ始めていた。
「あなたはだれ?」
恐る恐る後ろから声をかけると、女の子は震えた呼吸で応えた。
「…っ…やめて…来ないで」
うずくまったまま女の子は過呼吸を繰り返して泣いている。まともな会話ができる状態ではない様だ。
仕方なく背中をさすっておぶって歩く事にしたが女の子はまだ過呼吸が止まらない様子だ。
「君名前は?なんていうの?」
「…っ!…ちはっ…ちはる」
チハルちゃんかぁ。聞き覚えのない名だな。
「だれかぁー誰かいますかー?」
大声で叫びながら適当な民家の家のドアを開けると、目を見張る様な鮮血がどっと流れ込んでくる。
「!」
流れ込んできた鮮血はその場で蒸発して固まると同時に地面にシミのような跡を残して消えた。
慌てて家の中の様子を伺うが、そこに人の気配はなく、まるで噛みちぎられた様に指や耳の一部が所々に転がっている。
熊などの獣に食われたのだろうか。
とりあえず私はこの村に何が起きたのか確かめる為に、村に祀られている御神体まで歩く事にした。
「チハルちゃんは、何でここに居るの?」
「新しいお家に帰ろうとして…そうしたらっ…っ」
「ふーん?なるほどね」
新しいって事は最近来た子か。現在生きているとなると、亡びたとされる時間帯はこの子が村から離れていた時間帯なのかな?
霧に包まれた空気の中をひたすら歩き、村の奥まで着いた頃にはもう辺りは真っ暗になってしまっていた。
私は村の奥にある神社の本殿から懐中電灯を拝借すると、御神体の前へ向かった。
この村のほとんどの人は岩が御神体と歴史を勘違いしていたらしいが実際は違う。
この村の御神体は岩の下にある。
滑りやすそうなところを探して押してみるが、びくともしない。
後ろで見ていたチハルちゃんも岩の前に出る。どうやら協力してくれるみたい。
「せーのっ!」
二人で同時に押すと、岩は呆気なく動いた。
「ありがとうチハルちゃん。すごい力持ちだね」
チハルちゃんはちょっと誇らしげに頷いた。
やっぱりこの子、何かしらの力を持っているな。
おそらくこの村が亡びた原因も…。
岩の下から現れた空間を除くと、どうやら階段が続いている様だ。
冷たい空気と共に死臭が下から吹き抜けてくる。
「チーズみたいな匂いするっ」
チハルちゃんが目を輝かせた。
何も知らなければ美味しい匂いに感じるんだね。
私はそっとおかっぱ頭を撫でた。
「ちょっとだけここで待っててね」
冷たい階段を一段ずつ慎重に降りていく。
降れば降るほど臭いはキツくなり、目も開けられないどころか呼吸をすることさえ
目を細め、思わず手で鼻をつまむ。
辿り着いた真っ暗な空間を懐中電灯で照らすと、どろどろに溶けて壁に染みついた茶色い体液が映し出された。壁に焼きついたその姿は、元はといえど自分とほぼ同じ細胞で構成されていた生物だったとは思えなかった。
無造作に置かれた白骨と、その近くに佇む助けられなかった赤土色の身体。腐敗は随分と進み、胃液は自身の身体を溶かし始めている。
彼の痛々しいアカイロの腕の断面を優しく毛布で包む。
ここの死骸は全て片腕がなかった。
再び地上に登ってきた時、チハルちゃんは不思議そうな顔をした。
「なんかさっきのお姉ちゃんと違う」
やっぱり鋭いなぁこの子は。
閉塞された空間からようやく外に出れた開放感で疲れと痛みがどっと襲い掛かる。
毛布に包んだ物体を埋める体力はなかった為、せめて外に置いておく事にした。
私はチハルちゃんの手を借りると再び岩を閉じた。
「なんでまた閉じるの?」
私は口元に人差し指を当てた。
「ないしょ」
チハルの手を取ると、私は深い暗闇の中を歩き出した。
空には星どころか月さえも見えず、森の静けさと虫の鳴き声がぼんやりと聞こえる。
嵐の後の静寂は赤い何かを覆い隠している。
「なんでお姉ちゃんは片っぽしか腕ないの?」
「ないしょ」
傷の断面がヅキヅキと痛み、貧血で目の前が眩んだ。
幸い暗闇はこの村に散らばった変死体と赤色を見えない様に隠してくれている。
見えないのをいい事に、チハルちゃんは疑問を口にし出した。
「なんで村のみんな居なくなっちゃったの?」
「あなたが殺したから」
「……え」
チハルが立ち止まって目線を金魚の様に泳がせている。
「違う…殺してなんかないもん」
「お腹が空いて、みんな食べちゃったんじゃない?」
チハルの口から赤い血液が花弁となってこぼれ落ちた。
「……そうだったかも」
「でも実はね、お姉ちゃんも殺したの」
真っ暗だった空が微かに明るい色に染まり始め、隠れていた私達を炙り出そうとしている。
あの時彼としたお
『縺ォ縺偵h縺�』
片腕を切り落とし、生きたまま捧げるのがこの村の風習だった。
村の入り口にある鳥居をくぐる。途端、主を失った鳥居は粉々になって崩れ落ちた。
「あれ?おなか空かない」
チハルちゃんがお腹に手を当てて不思議そうな顔をしている。
私はハンカチで口元を拭いてあげた。
空は再び赤く染まってきている。
行こうか、嫌なものが見えてしまう前に。
そう言うとチハルちゃんも満面の笑みで頷き、口元に人差し指を当てた。
チハルちゃんの瞳は朝焼けに反射して真っ赤に染まっている。きっと私も同じなのだろう。
その赤は変死体や鮮血とは似ても似つかないアカイロだった。
「あかい村はカミカクシだったんだね」
消えて、赤 黒石くじら @kurokugira
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