【パイロット版】完璧美少女戦士☆おっさんライダー

五平

社畜怪人vs健康維持ヒロイン

放課後。静まり返った旧校舎の屋上。吹き抜ける風が、まるで上質なシルクのように、白羽美琴の長い銀髪を揺らした。その髪は、午後の陽光を浴びて淡く輝き、彼女の透き通るような白い肌を、より一層引き立てていた。宝石にも似たアメジスト色の瞳は、遠くの街並みをぼんやりと捉えている。どこをどう見ても、息をのむほどに完璧な美少女。学園の誰もが憧れる「高嶺の花」という設定も、この姿を見れば納得せざるを得ない。


――この完璧な外見に、50歳手前で病死したおっさんの魂がポンと入ってる。不条理だろ。


心の中で毒づきながら、美琴は重い溜息をついた。その溜息は、肺の奥底に溜まった疲労と、この身体に宿る「おっさん魂」の重みを、すべて吐き出すかのように深く、そして微かに「よっこいしょ」という音が混じっていた。


「はぁ……」


ああ、そうだ。この身体は疲労なんて知らないはずだった。高血圧も、慢性的な腰痛も、二日酔いの気持ち悪さも、全部消え去った。でも、魂が覚えている。細胞の一つ一つに染み付いた、あの面倒くさくて、だるくて、何もかもが億劫だった中年サラリーマンの感覚を、この完璧な美少女ボディが、なぜか律儀に再現しようとする。まるで、最新のゲーム機に、古びたフロッピーディスクを突っ込まれたような、ミスマッチな感覚だ。


――やばい。早く健康維持しねぇと。


脳裏に警報が鳴り響く。スマホの画面に映る、ごく普通の天気予報。だが、俺にだけはこう見える。


『本日、放課後ロスタイムに怪人出現予定。健康維持には絶好の機会です。』


チッ、よりによって今日は、生徒会で借りた会議室の返却日だ。面倒くせぇなぁ。心の中で毒づきながら、美琴は屋上から重い足取りで降り始めた。階段の一段一段が、まるで残業後の足取りのように重く感じる。エレベーターに乗ってしまいたい衝動を必死に抑え込む。


一階に降りると、購買部から、まるで嵐のような熱気が漂っていた。昼休みを逃した生徒たちが、わずかに残されたパンを求めて列をなしている。


――あれは……「幻のカレーパン」か。


美琴の瞳がキラリと光る。

普通の美少女なら、恥ずかしがって並ばないだろう。しかし、俺にとって、カレーパンは残業中の小さなオアシスだった。そして、給与明細に載らない、ささやかな報酬だった。


「すいません、ちょっと通してくれ」


美琴は完璧な美少女スマイルで、列の隙間をすり抜けようとする。周りの生徒たちは、突然現れた美琴に息をのむ。


「し、白羽さんが……購買に!?」

「カレーパン狙いかな、天使すぎる……!」


「いやいや、並んでくださいよ!」


誰かの声が聞こえた。しかし、俺は諦めない。

美少女として列に並ぶ恥ずかしさよりも、カレーパンをゲットする喜びが勝る。


「…っしゃあ!」


ようやく一つだけ残っていたカレーパンを掴み取った。揚げたてのパンから香るカレーの匂いが、俺の疲れた心を癒していく。


その廊下で、クラスの王子様・七瀬悠が、爽やかな笑顔で声をかけてきた。


「美琴さん、今日よかったら、一緒に勉強でもどうかな?」


「いやー、すまん、ちょっと用事があってな。また今度にしてくれよ」


完璧な美少女スマイルで断る美琴。内心の俺は「いや俺おっさんだし、お前に勉強教えてやれることなんてもうねぇよ」と呟く。七瀬は「残念ですけど、待ってます」と優しく微笑む。


くそ、清廉潔白な青春。眩しすぎるだろ。


生徒会室のドアを開けると、そこにいたのは、隣の席でノートを広げていた友人、明石ひなただった。彼女の顔は、テレビで見たばかりの出来事に興奮しているようだった。


「みーちゃん! テレビ見た!? またあの正義の美少女ヒロインが怪人を倒したんだって! 今回の敵もすっごく強そうだったのに、本当にカッコいいよねー!」


いや、ひなた。お前が言っている「正義の美少女ヒロイン」ってのが俺なんだが。まさか、そんな風に世間が持ち上げてるなんて、お前は知らないんだよな……。


放課後ロスタイム。誰もいない裏通り。アスファルトには、今日の熱気がまだ残っている。


「クソッ、俺は今日中にこの係長に提出する週報を仕上げるんだ! お前は邪魔をするな!」


「いや、俺だって月次健康診断が迫ってんだよ! この運動ノルマこなさねぇと、数値がヤバいんだ!」


俺の愛車、超科学改造ハーレーの上で叫ぶ。

「変身!」


俺がベルトを起動すると、ハーレーも同調して派手な音を立てる。目の前の怪人は、会社帰りのおじさん怪人だった。その顔には、疲労と絶望が滲んでいた。


完璧美少女戦士と、社畜怪人の不毛な戦いが、今日も始まる。


これは、ただの健康維持に必死な、おっさん美少女の物語である。

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