第2話 最近まで、僕はモテていた

~アークの記憶~


 強大な権力が人を堕落というのは歴史が証明している。

 それがたとえどれほど立派な成人君主だったとしても、その呪いに抗える人間など、この世には存在しないのかもしれない。


「……」


 やれやれ、またか。


 朝、学園へ登校した時に僕の机に敷き詰められている恋文の山。

 もう全部を読んではいない。


 気持ちはありがたいのだが、こう毎日繰り返されると流石に辟易してくる。


「アークくんは、今日も、モテモテだね……」


「……」


 僕の隣の席に座る東の最強剣士、カナデ・アオイは最近いつも機嫌が悪い。

 

 カナデはもともと感情の起伏が表情に現れない子だ。

 だがそれでも、あれだけ眉間にしわを寄せて毎回にらまれたら、いくら女性のそういうのに疎い僕とはいえ、さすがに怒っていることくらいは理解していた。


 でも、どうしてそんなに憤っているのか。

 その理由まではサッパリなんですけどね。


「(あれから1週間、か……)」


 大量の手紙を圧縮魔法で小さく丸め、ため息をつきながら席に着いてすぐに窓の外を眺める僕。今日も皆から崇め奉られる1日が始まる。


 王立魔法学園グリンガムの歴史的決闘方式『シャンバラヤ』による戦いで、我がチームが劇的な勝利を収めてからはや7日間が経過した。僕と原作主人公ことメルトはあの死闘のあと、同時に生徒会役員名簿に名前を刻まれることとなった。


 それからというもの――


 僕を取り巻く周囲の環境は激変した。


 まずなにより、僕のことを“白豚”と、またカナデのことを“東方の土人”と揶揄する生徒が激減したのだ。もちろん、いきなりゼロになるなんてそんな都合のいい話はなかったが、それでも周囲からヒソヒソと噂話を耳にすることはほぼなくなった。


「お、おう。アーク」


「なんだスネイプ。授業がもうすぐ始まる。要件はあとにしろ」


「す、すんません!」


 まぁ、こんな感じだ。

 最初はイキっていたあのスネイプも、今ではもうこの有様。


 僕にゴマをすり、自分の要望を生徒会で諮るための陳情をすぐに申し出てくる。


 実に鬱陶しい限りだ。


「(ねぇ。今日のアークくんもカッコよくない?)」


「(うん。後ろ髪が寝ぐせっぽくクルっとしてるのめっちゃかわいい!)」


「(私のラブレター、もう読んでくれたかな……)」


「(はぁ。アーク様、尊い……)」


 以前から言っているが、僕は耳がとてもいい。

 だからクラスの女子たちの他愛無いヒソヒソ話も、基本僕には全部聞こえている。


「(白豚とか言われなくなっただけ全然マシではあるが……)」


 これはこれで、毎日聞こえてくると鬱陶しい。


 ああ、剣神カナデ・アオイよ。

 

 今の君の顔。

 あのザビ・ゾルディスを粉砕した時以上の、とんでもない顔をしているよ。





「ちょっとアーク!」


 その日の放課後。

 僕はいつものように生徒会へと向かい、歩みを進めていた。


 その途中。

 僕の幼馴染で公爵令嬢のメアリーベル・アシュ・クリストフが廊下の途中で僕の行く手を阻んだ。


「なんだメア。僕は忙しい。また今度だ。じゃあな」


「まだなにも言ってないじゃないのよ!」


 ん?

 エニグマダンジョンの攻略に付き合えって話じゃないのか?


 あそこはもう、僕は最下層まで攻略したから今さら特に用がない。

 それに僕がいなくても、メアはもう立派なヒーラー拳士になれているから、ひとりで周回なり攻略なりすることが可能なはずだ。


 いつまでも僕に頼ってばかりいては強くなれないぞ、メア。


「ああ、すまない」


 じゃあなんだよ。


「アーク、あの決闘の後からなんか私たちとの付き合い、悪くなったじゃない? だからたまには、一緒に帰らないかなーなんて……最近あんまり話してないしさ、いろいろと聞いてほしいことも、あったりなかったり……」


 赤い顔をして俯き、なにやらぶつぶつ独り言みたいな呟きを始めるメア。


 でもまぁ、メアの言っていることは確かに正しい。

 シャンバラヤの翌日からもう、僕は生徒会の仕事で忙しかった。


 放課後は必ず生徒会室へ行かないといけなくなったから、基本的に放課後の自由な時間というのはなくなった。


 いや、生徒会の仕事というのは語弊があるな。

 それはあくまで建前の話であって本筋ではない。


 僕が毎日、生徒会室を訪れている理由はひとつしかない。


 原作主人公、メルト・ジャンルイジ・セルスフィアが必ずいるからだ。


 ヤツが放課後そこへ顔を出す以上、僕はどうしても彼の行動をチェックしなければならない。生徒会という、この学園の権力が集中する場所で、彼に自由を許しては僕の今後に多大な影響を及ぼす可能性が予見される。


 それだけはなんとしても阻止しなくてはいけないんだ。


 ただ、メアが僕と話をしたいと言っている気持ちも、実はよくわかっている。


「すまない、メア。シャンバラヤの翌日、クリストフ家の聖騎士団長サリエルが突然失踪したことはもちろん知っている。元副騎士団長イグナトフの件もあった。君の家が今、大変な状況になっているということはちゃんと理解している」


「う、うん……」


 彼女は彼女で背負うモノが大きく、不安になる気持ちもよくわかる。


 寄り添ってやりたいのは山々ではあるのだが……


 僕も身はひとつしかない。

 だから、とにかく今はメルトの真の目的を一刻も早く暴き、僕自身の安全をしっかり確保した上で、サリエルの件には関わりたいと自分の中で決めているんだ。


「なにかあればゲッティに相談するといい。しばらく付き添うよう指示しておく」


「わ、私はアークに!」


「僕になんだ?」


「あ、ううん。ごめんなさい……気を遣ってくれて、ありがとう……」


 ゲッティは優秀だ。

 女心も僕なんかより遥かに理解しているだろうから、彼女が適任だよ。絶対。


 それに僕もクリストフ家の今後の動向はやっぱり気になる。

 そういう意味でもゲッティ以外に、その役目を負う者はいないだろう。


「気にするな。それじゃあ僕は行く」


 許せメア。少し冷たかったかもしれないが、僕自身も今、心にそれほど余裕があるワケではないんだ。





 生徒会室へやって来た。

 目に飛び込んできたのは、いつもの光景だった。


「あ、アーク。今日もちゃんと来てくれたんだね」


「ああ」


 扉を開けてすぐ近くの簡易なテーブルと椅子が設置された場所に、は座っていた。


「来て早々アレだけど、またここのお菓子類をなんとかしてくれないか」


「……」


 彼の指さした先を見てみると、可愛らしい包装紙に包まれたお菓子の山がある。手紙なんかも一緒に添えられている。


「こう四六時中、学園中の女子たちが僕と君宛てに、生徒会室ここへお菓子を送って来てもらっても困るんだけどね。僕は甘いモノが苦手だしさ」


「……」


「まぁ少なくとも、キミ宛ての分くらいはいつもどおり、自分でなんとかくれよ」


 そう、その彼とはメルトのことだ。

 原作主人公メルト・ジャンルイジ・セルスフィア。


 シャンバラヤの後、僕と一緒に生徒会のメンバーに選出された男だ。


「僕は食べ物を粗末にする人間が大嫌いだ」


「あ、それ僕のこと言ってる? いやいや、食べきれないお菓子なんてゴミでしょ」


 メルトは苦笑しながらそう言った。反吐へどが出る。

 頂いた食べ物をゴミ呼ばわりするなど論外だ。


 相手の誠意を踏みにじっている。


 だが、


「契約通りだ。菓子類はすべて僕がもらい受ける。その代わり……」


「ああ、わかっているよ。雑務は極力、僕のほうで引き受ける」


 この取引関係は生徒会へ入った時から決めていたことだ。


 僕は雑務をしたくない。

 それならまだお菓子を食べている方がマシだったから。


 ちなみに生徒会役員というのは、僕を含めて他に4人いる。全部で5人。


 生徒会長のフランベルクとメルトと僕で3人。

 残り2人は既存のメンバーでフランベルク派の上級生。もちろんアリストは退学してもういない。だから副会長の席は現在空席だ。同時にアリスト派だったもう1名の役員も除籍され、空席となったそこに僕とメルトが収まった形になっている。


 なお、生徒会長たちは今日、ライバル校へ視察に行っているので不在だ。


「僕は絶対に手伝わないからな……もぐもぐ」


 早速、一番おいしそうなチョコに手を伸ばし、食べ始める僕。


 お、これはうまい。


「了解だ。でもアーク、この問題だけは君宛だ」


 そう言って、メルトが僕に便箋をひとつ手渡してくる。


 生徒会室には日々、大量の陳情書ちんじょうしょが提出される。

 即解決できる案件は早めに手を付けろというのが生徒会長の理念だ。そこは共感しているし、別に異論はない。


 雑務はこういうものも含まれる。

 僕でなければならない案件でなければすべて、メルトが片づけるのだが……


「結界魔法科3年、ライラ・アイゼンバーグ……」


 原作知識で知っている者の名だった。


「旧王家の末裔まつえい、お嬢様だね。君をご指名みたいだ」


 家系の詳細は割愛するが、メルトの言っていることは正しい。


 結界魔法師ライラ・アイゼンバーグ。

 原作では壁役として右に出る者がいないと言われた、最強の一角だった女性だ。


 彼女もこの学園の出身だったか。


「(メルトのマークを優先すべきか、それとも……)」


 直接戦闘に長けた能力者ではないが、メア同様、今後を見据えると間違いなく重宝ちょうほうすべき人材だ。今の段階で接点を持てるなら僕にとっては明らかにプラス。


 ……受けるか、この依頼。

 なにもずっと拘束されるような陳情でもないだろう。


 サッサと片づけて、恩だけ売っておけば十分だ。


「わかった。それは僕が引き受けよう」


「助かるよ」


 ということで、早速受け取った便箋びんせんの文章に目を通す。

 依頼内容はとてもシンプルで端的だった。


 “〇月×日午後7時。わたくし家で、ディナーをともになさいッ!”


「モテる男はツラいね、アーク」


「……」


 思い出した。

 結界魔法師ライラ・アイゼンバーグ――


 彼女は、ツンデレお嬢様だった。

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