第18話 東の最強ヒロイン、再び

「カ、カナデ・アオイと……申します……よろしくお願い、します……」


 王立魔法学園『グリンガム』

 総合科、入学2日目――

 

 一番後ろの席で自己紹介タイムなどというくだらない俗事ぞくじ辟易へきえきしていたら、教壇の前に立ち、蚊の鳴くような声で挨拶をする少女を認識して度肝を抜かれた。


 いや実は、クラスの人間を事前にグルっと見回した時、なんとなくそうなんじゃないかなぁ、とは思っていた。名乗ってくれたことでそれが確信に変わった。


 最初に出会った頃は短めだった黒髪が、今はロングになっている。もともとの大人びた雰囲気がさらに進化したように感じた。


「(まさか、ここまでシナリオ改変が進んでいるとはね……)」


 完全に想定外だった。

 カナデ・アオイのプロフィールに『グリンガム』の入学歴なんてなかったハズ。


 脈絡がなさすぎて因果がまったく想像できない。カナデは魔法とは縁がないはずだろう。そもそも剣士なんだし。


 この学園に入学できたこと自体がおかしな話だ。もしかすると、もうすでに僕の持っている原作知識はある程度形骸化けいがいかしているおそれさえあるのかもしれない。


 だがポジティブに考えよう。

 この改変は僕にとって大きなプラスだ。


 彼女は東方最強。間違いなく戦力になる。


 2,3年前の模擬戦で僕との勝負に惜敗した彼女。その悔しさから、さらに驚異的な速度で強くなっていると可能性もある。


 期待しよう。

 そうであれば、僕にとっては物凄く助かる。



 おっと、しまった。



 今、完全に目が合ってしまったな。目線は外したが、確実にこちらを見ている様子。どうやら彼女、僕の存在に気が付いてしまったようだ。



 だが、焦ることはない。



 彼女と初めて会った時、僕は今とはまったく違う体型をしていた。


 勘違いの可能性も大いにある。

 さりげなく目線をはずそう。気づいてないフリをして……


 いやいや、めちゃくちゃ睨まれているんですけど。


 あれは完全に僕がアーク・ヴィ・シュテリンガーであると認識し、負けた過去を思い出して憎んでいる顔だ。


 おかしいな。

 あの模擬戦の後、自分的にはかなり粋なフォローを入れたつもりなんだけど。

 

 逆効果だったようだ。


 ちなみにいまこのクラスの生徒たちが座っている座席は仮だ。自己紹介が終わったらすぐに席替えを行うとのこと。


「次、アークくん。前へ」


 カナデと仲良くやりたいのは山々だが、いきなり隣の席になったら色々と面倒だな。近づいた瞬間に襲い掛かられても困るワケだし。


 最初は、できれば離れた場所に座ってくれるとありがたい。


 そのほうが、僕の精神衛生的にはとても助かるのだが。





 自己紹介タイムと席替えが終わり、休憩時間になった。


「よろしくね……アークくん……」


「あ、ああ」


 展開的にはそうなるよね。メタ的に。

 わかっていた。僕はわかっていたよ。うん。


 席替えをしても、僕の座席位置は最後列さいこうれつ中央のまま変わらなかった。ちなみにカナデは僕の右隣になった。


 ただ、ここもプラスに考えよう。

 早めに懐柔かいじゅうしておけばいいだけだ。先延ばしは良くない。


 それにカナデがこれだけ近ければ、今後の打ち合わせも色々としやすい。


 幸いにらんでいたのは最初だけだった。

 今はとても穏やかな表情をしている。


 僕の勘違いだったのかもしれない。

 昔のことを恨んでいるとか、そういうことはない……


「私……実はアナタを追って、この学園への入学を、決めたの……」


 って、そんな都合のいい話はなかった。


 もはや執念だよね。

 よっぽどあの時の敗戦が、心に大きな傷を刻んでいたらしい。


 だが、悪役たるものここでひるんではいけない。


「僕はあの時よりもさらに強くなった。この身体を見ればわかるだろう?」


 戦っても勝てないよ。

 だから襲わないでね。


「そうだと、思うよ。だって、昔よりも……すごく……かっこよく……あっ! い、いや! ちがうの!!」


「??」


 なんか凄い焦って、ワケのわからないこと突然言い出すアオイ・カナデさん。


 その冗談はあんまりおもしろくないぞ。



「(東方とうほう土人どじんがなんでグリンガムに入学を……)」


「(極悪白豚野郎と知り合いなのかよ……)」


「(汚らわしい……)」


「(アークとカナデ、許すまじ……)」


 耳がいいのも考えものだな。

 どうやらこのクラスの大半の生徒は、僕とカナデをよく思っていないらしい。


 僕は悪役設定だから、元々あらゆる人から嫌われているのは想定内だ。だが、カナデが東方出身というだけでここまで偏見まみれなのは意外だった。


 身分差や出身の違いというのは恐ろしい。

 ある意味、このグランドテイルズの世界設定は、現実世界の醜悪しゅうあくな考え方なんかも色濃く反映しているのかもしれない


なげかわしいことだな……」


「アークくん?」


 思わず心の声が漏れてしまったのをカナデに聞かれてしまった。

 いや、別にそれはどうでもいい。


 僕はもともと、差別が大嫌いだ。

 それは現実世界だろうがゲーム世界だろうが変わらない感情。


 特に、僕と関係が深い者たちに対してそういう視線や態度を見せるのは許せない。


 もちろん、当初の目的に変更はない。

 この学園で覇権を握り、主人公メルトを孤立させるという目的は遂行する。


 この学園で地位を上げる方法というのは様々ある。

 できれば穏便な選択で事を運びたかったのだが……



 気が変わった。



「カナデ」


 表情筋を緩めて笑顔を作ろうとしたが、ダメだった。僕は少し怒っていたようだ。


 自然と厳しい表情を作ったまま、カナデを真っすぐに見つめてしまった。


「(トゥンク)な……なに?」


「このクラスで最も強いのは誰だ?」


「えっ?」


「当然だが、僕とカナデは除外しての話だ」


 カナデはキョトンとしている。

 僕の質問の意図がみ取れないからだろう。


 実はこのクラスに1人、そこそこの強者がいる。もはや役に立たない原作知識かもしれないが、参考程度にはしていいだろう。


 その男、名をスネイプと言う。


 アークに負けず劣らずの性格破綻はたん者だ。出は貴族。だが面識はない。いずれこの学園の陰で支配者に君臨し、暴虐ぼうぎゃくの限りを尽くす悪役キャラだ。


 だが僕らと違い、ヤツはクラスの人間から嫌われることはない。むしろ逆で、すぐに溶け込み中心人物になる。


 だからこそ……


「最後列……窓際の端っこに座っている、あの男……だと思う」


 カナデが一瞬だけ視線をチラリとそちらに送る。そこには明らかに態度の悪い、蛇のような粘着性をかもし出す男がいる。


「あっ、気づかれた。すごい、ニヤニヤしながら……こっち見てる……気持ち悪い」


「正解だ」


「でも、それが……どうかしたの?」


「まずはヤツを、駆逐くちくする」


「えっ?」


 早めに叩いておく。

 学園の覇権を握るには、まずはクラスを抑えなくてはいけない。


 あの男を先に制圧して黙らせておけば今後がなにかとやりやすい。


 だがその狙いは、おそらくヤツとて同じはず。


 僕の予測が正しければ、そろそろ……


「魔女の秘法は効果テキメンのようだな、白豚」


 やはり動いてきたか。

 待っていたよ、スネイプ。


「……醜いな」


「なに?」


「貴様の風体ふうてい……まるで出来損ないの悪魔のようじゃないか。呪われているのか?」


 コイツにあおり耐性はない。

 次の台詞も想定できる。


「……放課後、“決闘場”に来い」


「……」


「今日からお前は俺の家畜だ」


 ちなみに決闘場と言うのは、このグリンガムにある訓練施設のひとつだ。いつでも1:1の真剣勝負が行える。


 実力至上主義をモットーとする学園側が自由闊達かったつに腕を競い合う場として用意されているらしい。ウチで言うところの修練場みたいなところだな。


 使用は事前予約制で立会人を必要とする。


 当然、命を奪い合う戦闘はご法度。あくまで実力を高め合うというコンセプト。


 生徒たちが自発的に行うイベントのひとつという建て付けなので、教職員の介入は基本的にはない。逆に言うと、その決闘で起こったことの責任を学校側が取ることはない。


 観戦は自由。決闘が受付られた時点で全校生徒に通達が行く仕組みになっている。


「笑わせるな。貴様ごとき、僕が相手をするまでもない」


「なんだと?」


 まぁ、別に戦ってもいいんだけど。

 でもどうせなら、一石二鳥にしたい。


「その決闘、カナデ・アオイが承った」


「は? えっ? 私?? えええええ!!」


 この際だから、君の今の実力も計らせてもらうよ。


 剣神カナデ・アオイ!

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