第16話 破滅との出会い

「アーク! その真っ白な正装、すっごくかわいいじゃない!」


「あ、ああ」


「でも、なんか……」


 それ以上は言うんじゃない、メア。


「どこかの国の王子様みたいね!」


 ぐぬぬ……。


 そう見られていることが、僕にとってなによりの辛酸しんさんだ。


 ちなみに僕の名誉のために言っておくが、これを着て入学式に参席しているのは、オーベルクとのあの勝負に敗れたからじゃない。


 もちろん自発的でもない。

 あの模擬戦で勝ったのは、紛れもなく僕だ。


 秘剣を華麗にいなし、グリムマリスの剣先を首筋へ突きつけて勝負を終わらせた。


 この服を着ている理由は、あのオーベルクが泣いたからだ。


 女性とは言え、仮にもシュテリンガー家の栄えある騎士団長の地位まで上り詰めた者が、自分の作った服を僕に着せられなくなったくらいで涙なんて見せるなよ。


 あの時の僕は、傍目はためから見れば本当の悪役みたいだったじゃないか。


 いやまぁ、悪役なんですけども。


「(ねぇ、あのスカした服着てるアイツって……)」


「(アレ、アーク・ヴィ・シュテリンガーらしいよ)」


 王立魔法学園グリンガムへの入学式典まで、まだ時間が少しある。僕は校門前の広場でメアと談笑しながら会場が開くのを待っていた。


 そんな折――


 僕の素性に気が付いた二人の女子が、後ろでヒソヒソと僕の話をしていた。


「(えっ? まさかあのシュテリンガー家の性格極悪な白豚くん?)」


「(ええ。なんでも噂じゃ魔女の秘法で体型を誤魔化してるって話よ)」


 そんな便利な秘法があるなら是非ともお目にかかりたいものだ。

 

 たしかに僕とデュネイは最近まで師弟関係にあった。契約で500日ほど魔法の鍛錬に付き合ってもらった仲ではある。


 が、体型を魔改造されたことは一度もない。


 でもまぁ鍛錬はキツかったから、それで痩せたってフシは若干あるかもだけど。


「(そうよね。あのブタくんがあんなイケメンになれるわけないもんね)」


「(しっ! そんなの聞かれてたら確実にぶった斬られるわよっ! ブタだけに)」


 いや、だれがうまいこと言えと。

 全部聞こえているんですが、噂好きのおふたりさん。


 こう見えて、僕は耳がいいんだよ。


「ちょっと、アンタたち!」


 まさかのメアによる噂女子たちへの先制攻撃が始まった。僕だけではなく、メアのほうもどうやら地獄耳だったようだ。


 いや、やめておけって。

 僕は別に気にしてない。入学初日からもめごとは勘弁してほしい。


「な、なによ」


「公爵令嬢のメアリーベル・アシュ・クリストフ様が、アタシみたいな平民出身のモブになんか用ですか?」


 どうやらメアのことも、彼女たちは知っていたようだ。当然か。公爵令嬢である彼女のほうが僕より有名に決まっている。


「見てたでしょ……」


「えっ」


「アンタ達、アークのこと、いやらしい目で見てたでしょ!!」


 いや、それは大いなる勘違いですね。

 クリストフ家の公爵令嬢さん。


「はぁ? なに言ってんの、意味わかんない」


「まったく、これだから貴族は……あ、そうだ。この際だから、高貴な公爵令嬢様にひとつ忠告しといてあげる」


 メアのいちゃもんを無視してその場を離れようとしていた噂女子のひとりが、怪しげに口角を上げた。


「なによ」


「この学園では実力がすべてなの。おおやけの身分差なんて無価値。たとえ出身が貴族だとしても、力のない者は奴隷以下の扱いになるのよ」


 そんな当たり前の話、メアが知らないはずないだろう。


 まったく。

 舐められたものだな。


「そ、そんなこと、あ、あるワケないじゃない!」


 知らなかったみたいだ。


「しかも治外法権なのよ、この学園。私たちの言ってる意味、わかる?」


 メアの逃げ道を塞ぐように立ちはだかる噂女子たち。どうやら彼女たちには、日頃の貴族に対する恨みつらみが溜まっているようだ。



 はぁ、やれやれ。



 できれば慎重に学園生活を送りながら、スマートにフラグを回収する準備を整えていくつもりだったんだけど。


 予定は最初から変更を余儀なくされたよう……



 な、なにっ!?



「ルールは守ったほうがいいよ、キミたち。いくらここが実力至上主義の学園だからって、初対面でいきなりクリストフ家のご令嬢に暴力を振るっていい理由はない」


 噂女子ふたりの背後から急に腕が伸びて、そのまま彼女たちの首に巻き付いた。間に入る形で、その声の主のシルエットが徐々に浮かび上がってくる。


 その姿を脳内が認識した時、僕は言葉を失った。


「うぐっ…‥」


「ちょ、アンタ誰よ…‥苦しいって……」


「ああ、失礼。ボクの名前はメルト。君たちと同じ、平民出身の荒くれ者さ」

 

 まさかこんなに早く、ターゲットと相対するとは思ってもみなかった。



 メルト・ジャンルイジ・セルスフィア――


 

 短く整えた黒髪に、澄んだ群青ぐんしゅうの瞳。

 その目は優しくも芯があり、小さめのほくろが目尻の下にひとつある。


 身長は僕より少し低いくらいか。

 白シャツの上から薄い紺のベストを羽織はおっているからなのか、全体的な印象としては華奢きゃしゃに見える。


 だが、噂女子たちの首を拘束している前腕の力は相当に強い。それだけで、細いながらも僕に匹敵する腕の内筋ないきんを、すでに獲得している可能性が相当に高い。 


 そう、この男こそが……


 僕の標的。破滅の元凶。

 『グランドテイルズ』のメインシナリオにおける、原作主人公メルトだ。


「くっ! お、覚えてなさいよ。このセクハラ野郎ッ!」


 締め上げていた力を緩めたのか、噂女子たちはメルトから解放されていて、そのまま捨て台詞の履いてこの場から逃げるように去っていった。


「大丈夫?」


「あ、ありがとうございました。えっと……」


「メルトだ。ああ、礼には及ばないよ。これからで過ごす仲間のピンチを、ボクはただ見過ごせなかっただけだからね」


 な、なんだと!?


 この男、いまなんて言った? 治癒科に入っただと?


 メルトは原作だと間違いなく僕と同じ総合科を選んでいたはず。


 運命(シナリオ)が変わったことに今さら驚きはない。それはすでに受け入れている事実だ。


 でも、なんでよりにもよってメアと同じ治癒科なんだ。この男がより強くなるために、あえてその科を選ぶ理由なんてないはずなのだが。


「あ、そうなんだ。それじゃ、これからよろしくね! メルト」


「よろしくね。ああ、君のこと、メアって呼んでもいいかな?」


「ええ。もちろんいい……」


「却下だ」


 僕はふたりの間に割って入る形で乱入し、メルトと対峙した。


 なにを企んでいるんだ。原作主人公。

 お前が断罪をする相手はこの僕だろう。


「ちょっと。なにカリカリしてるのよ、アーク……」


「不敬だ。メルト、貴様はメアリーベル様と呼べ。愚か者が」


 どのような原作改変が行われているのか、今のところまったくわからない。


 だが、最悪を想定しよう。


 メルトがすでに、メアを利用するなんらかのシナリオを描いているとするならば。

 

 あまり二人の距離を近づけてはいけない。

 メアがメルトに心を許していく状況だけは、極力避けなければいけない。


 ……しょうがいない。

 本当はあまり気が進まないのだけれど。


 先手の対抗策は打っておくべきだろう。


 ここは、強硬策ハッタリでいかせてもらう。


「噂はたくさん聞いているよ。君があの悪名高き伯爵家の極悪令息、アーク・ヴィ・シュテリンガーだね」


「それなら話は早い。メアは僕の許嫁フィアンセだ。平民出身が馴れ馴れしくするな。たとえ良血の王子と言えど、僕のメアに手を出せば地獄を見ると心得よ」


「なっ!? ア、アーク! いったいなにを言って……えっ? えええええ!!」


 すまない、メア。

 あとでそれっぽい言い訳は説明させてもらう。


 今はこの男からメアを遠ざける手を打つのが先決だ。


「なるほど。君たちはすでにそういう関係性だったんだね」


「い、いやいや。ちが……」


 ちょっと黙っててくれるかな。メア。

 

 えい。


「きゃっ」


 僕はメアの腕を引っ張り、そして軽く抱き寄せた。


「そういうことだ、メルト。貴様に入り込む余地はない。去れ」


「あはは。なるほどなるほど。わかったよ、アーク。ボクはその子には近づかないから、そんなに見せつけないでくれよ。それじゃ」


 そう言って、メルトは僕たちの元を去っていった。


「(ふぅ。とりあえず、ひと山乗り越えはしたけども……)」


 実は内心、僕の背中は冷や汗でヒンヤリとしていた。


 というのも、今の原作主人公メルト。


 まだ直感レベルの話だが、すでに規格外の強さを手に入れていると感じた。

 

 僕も相当に強くなった自覚はある。

 だがそれでも、今すぐにヤツと戦って勝てるかどうか……。


 正直、ちょっと見当がつかない。


「(僕もまだまだ、鍛錬が必要だな)」


「アーク……コレは……なに?」


 ああ、そうだった。


 どうしよう。

 まだ、メアを勝手に婚約者にした言い訳が何も思いつかない。


「さあ、なんだろうな……」


 そして彼女をいきなり抱き寄せたそれっぽい理由も、今は特にない。

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