第9話 東の最強ヒロイン

 エニグマダンジョンでの周回も、今日でいよいよ100日目に突入した。


 僕は今、そのダンジョンの地下1階にいる。


―――――――――――

名 前:アーク

性 別:男

年 齢:10(±0)

身 長:143(+3)

体 重:60(-4)

―――――――――――


「ふぅ」


 タオルで汗を拭いながら開いたステータス画面を見て、僕はため息をついた。眼前がんぜんには、息の絶えたゴブリンやスケルトンの残骸ざんがいが足の踏み場もないほど広がっている。


 もともと経験値効率を重視して、肉体改造の拠点に選んだのがこのエニグマダンジョン。近隣きんりんでレベルを上げるのに、ここ以上に最適な場所はないからだ。


 最下層は地下5階だ。もちろん下へ降りるほど魔物は強くなる。だがその分、倒せば取得できる経験値は多くなる。


 そして、この時間帯におけるレアモンスターの出現率が上がるというのは、エニグマダンジョン全体での話だ。なので、地上1階で戦うよりも地下1階に降りて戦う方がより効率的選択なのは言うまでもない。


 だったら、とっとと最下層まで降りて戦えばいいんじゃないかって?


 いやいや。僕はこう見えて保守的なんだよ。


 よっぽどの自信がない限り、基本的には勝率の高い選択肢を僕は選ぶ。


「それにしてもさぁ。いい加減、この鍵のかかっているステータスの中身、見せてほしいんだけどなぁ」


 ステータス画面の仕様しように変化はなく、あいかわらずレベルや攻撃力・魔力といった基礎パラメータを確認することはできない。


 スキルや魔法も同様だ。鍵表示である以上、なんらかの条件を満たせば見ることはできると思うのだけど……。


 ただ、それがいったいどのような方法をとればいいのかまったくわからない。デュネイに聞いても、それは知らないと言っていた。


「ま、健康体には確実に近づいているはずだし。ポジティブに考えよう」


 僕の究極的な破滅フラグのうち、ふたつは肥満による病気だからね。少なくともそれらについては、この努力を続けていけば解消できるだろう。


 それにゲーム的ステータスはわからなくとも、強くなってきている実感じっかんは確実にあるので、そこは前向きに捉えようとは思っている。


「さて、今日は午後からオーベルクとの模擬戦だったな」


 魔素まそ入りプロテインをチビチビ口にしながら、僕は今日の予定を頭に描いた。

 

 体力面の改善は顕著けんちょだ。

 すでに1日精力的に動いていても問題がないほどに、僕の体力は仕上がっていた。


 あ、いや。めっちゃ疲れはするんだけどね。

 前みたいに身体が火照ほてりすぎて頭が朦朧もうろうとすることはほぼなくなったってこと。


 クリストフ家でのあの一件が落ち着いたあたりから、僕は午後の予定を先々までかっちりと埋めた。


 デュネイとの魔法訓練がない日も、ウチの騎士団の日常鍛錬にお邪魔させてもらうことを決めたんだ。


 そして今日は、オーベルクと再び1:1で模擬戦を行う手筈てはずになっている。


「技術的には僕もまだまだだからね。しっかりオーベルクの技を見て盗もう」


 まだまだ豊満ほうまんでぽっちゃりお肉を揺らしながら、僕は急いで帰路に着いた。





「どういうことだ? 説明してもらおうか、オーベルク」


 悪役モードに切り替えながらも、僕は内心少し焦っていた。


「あ、いや。これには事情がありまして……」


 いやいやいや。

 なんで僕の目の前に、東方とうほう最強の女剣士、カナデ・アオイがいる?


「わっはっは! 実は今日、この東方の重鎮じゅうちん方と極秘の会談があってだな」


「お父様……」


 めずらしく僕の父ガウルと、客人とおぼしき気の強そうなおじさん達がノソノソと修練場の入口から姿を現した。


「それでな、アーク。話の流れでウチのせがれ、最近めちゃくちゃ強いらしいよ?と言ったらな、いやいや、護衛のカナデくんは若くして東方最強だ!と言うもんで。それなら手合わせどう?って冗談言ったら、こうなったわ! わっはっは!」


 なにわろてんねん、クソおやじ。

 この子、ゆくゆくは“剣神”と呼ばれる、デュネイに匹敵ひってきする戦略級の化物だぞ。


 今の僕の実力で勝てるワケがないだろう。


「と、いうわけでございます。アーク様」


 オーベルクもそう易々やすやすと納得してんじゃないよ、まったく。


東方とうほうの剣など興味がない。模擬戦を始めるぞ、オーベルク」


 とにかく、今のぽっちゃり状態でカナデ・アオイとは戦いたくない。


「そう言われましても……これは伯爵様のご命令ですので。私に決定権はありません」


 それはごもっともな理由だね。

 君の立場を考えるとそりゃそうだ。


 よし。それなら説得する相手を変えるまでだ。


「カナデとか言ったか。貴様も遠路はるばるこんなところにまでやって来て、実力を計られるような茶番に興じるつもりは……」


「私は、やりたい」


「えっ?」


「キミ、たぶん、強いから……」


 翡翠ひすいのように綺麗で大きめの瞳を見開いた笑顔がまぶしすぎる。


 細身ながら均整の取れた肉体。

 肩にもかからない短めの黒髪だからか、輪郭りんかくのシャープさが際立って映る。

 

 年齢はたしかアークと同じくらいだったはず。

 背が僕より大きいので、かなり大人びて見える。


 一見いっけん生気せいきの薄い弱々しい雰囲気ふんいき。だが、ひとたび剣を振るえばその実力は鬼神のごとき強さだったはず。


 原作シナリオでカナデが初めて登場するのは年齢的にもう少し先だったと思う。だから、現時点で彼女がどれほどの使い手なのかは正直わからない。


 いやしかし、この気配……

 希望的観測はやめておいたほうがよさそうだ。


 カナデは現段階でも、間違いなく強い。

 だからやっぱり、戦わないでいいようにもう少し足掻あがいてみよう。


「そうだ。僕は強い。模擬戦とはいえ、戦えば無事に帰還できる保証はないぞ」


「……私は、負けない」


「ほう」


「油にまみれた怠け者の白豚野郎なんかに……私は、負けない」


 ああ。そうだった。

 この子、見た目や雰囲気とは裏腹に、口がおそろしく悪いんだった。


 原作のアークは確かにおっしゃるとおりだったかもしれないが。


 今の僕は毎日死に物狂いで努力しているんだ。まだ道半ばだけど、そこまでけちょんけちょんに言われる筋合いはない。


 ……心外しんがいだ。


 気が変わった。

 あったまきたっ!!


「オーベルク、木剣えものをよこせ。ヤツにもだ」


「ようやく戦う気になられましたか、アーク様」


 そう言って、オーベルクが壁に備え付けてあった2本の木剣を取り、投げる。僕とカナデは各々それを受け取り、対峙たいじする。


 もう勝率うんぬん気にするのは辞めだ。

 100日間頑張ってきた僕の日常も知らず、ただ見た目だけの印象でカナデ・アオイは僕を見下した。コケにした。


 許せないね。

 僕を愚弄ぐろうした罪。


 その身を持って、わからせてやろう!


「負けるんじゃないぞー、せがれー!」


「東方最強の剣技。しかと見せつけてくだされ、アオイ殿!」


 大人たちの勝手な都合つごうで仕組まれた模擬戦の幕が今、切って落とされる。

 

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