第8話 心配させるなよ

 デュネイとの訓練で習得した、とても便利な魔法がある。


魔色感知インサイト


 人に内在する魔力の質を色で空間的に識別する無属性魔法のひとつだ。敵や味方の位置を把握する上で非常に役に立つ。


「(大広間にはもういないようだな……)」


 この魔色感知インサイトという魔法。

 実は術者の実力次第で効果範囲が全く変わる。


 僕はまだ、自信を中心に半径20mまでしか見渡せない。くまなくパーティー会場を歩き回ったが、メアもバンビーノも感知することはできなかった。


 ちなみにデュネイは、本気を出せば半径周囲1kmまではイケるらしい。


「おい」


「ん? なんだ、ガウルんとこの白豚じゃねぇか」


 僕は記憶を辿たどり、父と同じ爵位しゃくいを持つ貴族、ヘラルドに声をかけた。


「メアはどこへいった?」


「メア? ああ、メアリーベル様のことか」


「最後に話をしていたのは貴様だ。教えろ」


 むやみやたらに探し回っていてもラチが明かない。可能性の高い決断を優先させる必要がある。


「相変わらず口の聞き方も知らねぇガキだな。ああ、ブタ君だから人間の話し方なんざわかんねぇの……」


「黙れ」


「!?」


 コイツはコイツで口の聞き方を知らないモブ貴族だ。おっさんなのに現代の不良口調でキャラ付けされた哀れな小物。


 時間がない。

 実力行使で口を割らせる。


「くだらぬ言葉遊びに付き合っている暇はない。言え」


「デ、デリシャリスきょうの体調がすぐれねぇからって……介抱かいほうに……」


 震えた右手でメアたちが去っていったほうの出入口を指差したヘラルド。


 もちろん脅して答えさせた。


 僕は流れる動作で瞬時に彼の背後へと回り込み、背中の急所に硬いバターナイフを強く押し当てながら尋ねている。


 悪い予感は的中した。

 もう、メアの破滅イベントは始まってしまっている。


「て、てめぇ……こんなことして、タダで済むと思うな……」


「お前の愛人、マーヤとか言ったな。その家の寝室。ベッドの下に裏帳簿が隠してある」

 

「き、貴様! なぜ、それを……」


「二度は言わん。この件は黙っていろ。後日、非公式で会いに行く。未来の話をしよう」


 原作知識、最高だな。

 まぁ、たぶん行かないんだけどね。


 でもこれだけ言っておけば口封じくらいにはなるでしょ。


 急ごう。

 僕の大切な幼馴染おさななじみを、バンビーノの魔の手から一刻も早く救わねばならない。





~メア視点~


「大丈夫ですか? バンビーノ様。はいこれ、お水です」


 私、メアリーベル・アシュ・クリストフは困っている人を見過ごせない。


 父の教育の賜物たまものなのか。

 はたまた持って生まれた資質なのか。


 もしかしたら、私が公爵令嬢の家に生まれながら《ヒーラー》の才能があることともなにか関係あるのかもしれない。


「ああ」


 バンビーノ様はうつむいたまま、力のない返事をして水を受け取った。このソファーが置いてある応接室に連れてくる間も全然話してくれなかったし。


 まだ気持ち悪いのかな?

 大人ってすぐ調子に乗ってお酒飲み過ぎるんだから、ホント困ったものよね。


 お父様もかなりお酒が進んでいる様子だったし。あのまま飲み続けたら絶対、お母様にまた怒られちゃいそうね。

 

「なにかあったら、このベルでウチの従者を呼んでくださいね。それじゃ、私、パーティー会場に戻りますので」


 そう言って、私は手に持っていた呼び鈴をバンビーノ様に手渡そうとした。


 でも……


「それは、困る」


「えっ?」


「せっかく“ふたりきり”になれたのだ。この甘美で濃密な時間の邪魔を、誰にもさせるつもりはない」


 なっ!? ちょ、ちょっと!


 なんで手首掴むんですか!

 い、痛い痛い! 離してよっ!!


「あ、ベルが……」


 痛みで手放した呼び鈴がバンビーノに奪われる。


「こんな無粋ぶすいなモノは……」


「!?」


 ジュッっという、まるで火種ひだねを水に落とした時のような音とともに、バンビーノは黒い炎を発して呼び鈴を溶かし、蒸発させてしまった。


「バンビーノ様。従者は駆逐くちくいたしました」


 応接室の扉の外から聞き覚えのない野太のぶとい声が聞こえた。明らかにウチの従者じゅうしゃじゃない。


 って、今、駆逐したって言わなかった?


「そのまま見張っておけ」


「御意」


「これでゆるりと楽しめる。さぁ、ここからが本当の宴の時間だ」


 えっ? 私の従者、どうなっちゃったの?


「んぐぅ!」


 掴まれていた腕を強く引っ張られ、私とバンビーノの位置が反転した。ソファーに押し付けられる私。押し付けるバンビーノ。


 そのまま馬乗りになられ、口を塞がれて言葉が出なくなる!


 ウソ……でしょ?

 もしかして私、このままこの男に……


「私はねぇメアリーベル。貴女のような高貴で美しい、若い令嬢が大好きでね」


「んぐぅぅ!」


 若いって、私まだ10歳よ!

 っていうか、伯爵風情ふぜいが公爵令嬢であるこの私にこんなことして、タダで済むと思ってるの!?


「ああ、心配には及ばない。私こう見えて、ソコソコ魔法の才能がありましてね。【短期記憶破壊メモリーオフ】という特殊な魔法が使えます」


 メモリーオフ??


「この場であったこと、貴女は必ず忘れられる。だからなにも問題がない」


「んんんん!!」


 そんな犯罪者に都合のいい魔法ってある!?


「ああ……その絶望と怒りと諦めに満ちた表情……たまらない……」


 痛い痛い痛い!

 手、痛いって……

 

 イヤ……気持ち悪いおじさんの顔が、どんどん近づいて来る!


 私、本当にこのまま貞操ていそうを奪われちゃうの? 正統なるクリストフ家の息女たるこの私が、こんな獣に……


 ……助けて。


 ねぇお願い! 助けに来てよっ!



 アーク!!



「【聖録セイントレコード】、という魔法を知っているか? デリシャリス卿」


「なっ!? き、貴様! いったいどうやって……」


 うそ……

 この声って、まさか……


端的たんてきに言えば映像記録の魔法だ。音もかなり鮮明に収録してくれる。僕の言っている意味、わかるな?」


「白豚ぁぁ!」


「んんんん!!」


 アーク!


「その罪にまみれた汚い手を今すぐ離せ、バンビーノ」


 アークが、助けに来てくれたっ!


 でも……


「……いやいや。部外者が突然乱入してきたもので、つい取り乱してしまった。よくよく考えてみると、この状況。まだ私が圧倒的に有利ではないかな?」


「!?」


 ソファーからむりやり身体を起こされ、私は立たされた。口は塞がれたまま。反対の手から黒い魔法刃を召喚し、首に突きつけられる。


「貴族だけが私の生きる選択肢ではない。たとえ証拠が残ろうも、この場さえ切り抜けてしまえば、あとはどうとでも……」


 ……えっ?


「どうやら痛みがお望みだったようだな」


「が……あが……」


 今、どうやったの?

 突然、私の真横にアークが移動してきて。


 私の口を押さえつけていたバンビーノの手の力が急になくなった。

 その場で崩れ落ちて、うずくまる。


 バンビーノは脇腹を抑えていた。

 アークの手には木剣が握られている。


得物えものはこれしかなかった。帯剣不許可で寿命が少し伸びたな、バンビーノ」


「がああああ!!」


 半狂乱はんきょうらんになったバンビーノが一気に魔力を増幅させ、アークの脇腹に具現化した黒い魔法刃を突き刺そうとした。


 だけど……


「断罪はメアの父に任せる。貴様はここで寝ていろ、愚物ぐぶつ


 アークが放った頭部への鋭い一撃で、バンビーノはあっけなく気絶した。



[アーク視点へ戻る]


「(さすがにちょっと、疲れたな……)」


 実力的に劣っているとは最初から思っていなかった。


 いくら闇魔法が趣味でソコソコ使いこなせるキャラだったとはいえ、所詮しょせんはモブ貴族レベル。今の僕でも十分倒せる相手だった。


 【魔色感知インサイト】を駆使したことで、血眼ちまなこになって探し回るまでもなく、メアたちの位置はすぐに特定できた。


 パーティー会場から少し離れた応接室で、不自然に人の数が膨らんでいた反応をキャッチした。手下を集めて周囲を見張らせ、自分だけ欲望を満たそうとしているのだな、ということも位置情報から事前に把握していた。


 思ったよりもコトは早く進んでいて、見つけた時は少し焦った。


 手下は雑魚だったし、バンビーノも思ったよりはるかに弱かったから、最後のところで阻止できて本当によかった。


 まぁ、それでも。

 結構走ったから、体中汗だくでもうクタクタではあるんだけどね。


「あとの処理は任せる。それじゃ……」


 僕はメアに疲れていることを悟られたくなかったから、早々に部屋を出ようとした。


「アーク!」


「なんだ」


「その……えっと……助けてくれて、ありがとう……」


 メアが僕の服のすそつかみながら、ボソッつぶやくように言った。その手は震え、目にはうっすら涙を浮かべている。


「メア。お前は自分の立場というものがまるでわかっていない」


「……えっ?」


 ちょっと強めに言った。


 彼女の本質的善意は褒められてしかるべきかもしれないが、世の中にはそれを利用しようと企む悪い人間がごまんといる。


 特に公爵令嬢という立場であればなおさらだ。安易あんいに人の懐へ飛び込むのは、自らの身を危険にさらすことと同義だ。


「今回はたまたま僕が見つけたから助かっただけだ。だが、次もお前を守ってやれる保証はない」


「……」


「善意をすべて自重じちょうしろとは言わん。だが、常に自身は狙われているものと理解……」


「うぇぇ……ひっく……ひっく……」


 あ、しまった。この言い方はダメだ。

 メアはまだ10歳の女の子だった。


 今まで経験したことがない状況にいきなりおちいって、気が動転どうてんしていても無理はない。


 こんな説教じみたことを言っても逆効果だ。


 ちょっとアークのキャラとは違う行動な気もするが、しょうがない。まずはメアの心を落ち着かせることが先決だ。


「ひゃっ!? えっ? ア、アーク! え、えっと……」


 僕は自身の右手をメアの背中に回し、軽く抱き寄せた。そして彼女の耳元でこう、つぶやいた。


「心配させるなよ……」


「えっ? ア、アーク……今、なんて……」


「二度は言わん」


 包容力には自信がある。

 思いのほか、抱かれ心地は悪くないハズだ。


 ……いや、もしかしたら嫌だったのかもしれない。


 なんせメアのヤツ、軽く引き寄せただけなのに、しゃくりあげながら凄い勢いで泣き始めちゃったし。


 でも、今はそれでもいい。


 たとえ後でめちゃくちゃ怒られようとも、メアの心がこれで少しでもやわらぐのなら。


「ひっく……アークぅ……」


「どうだ? 少しは落ち着いたか?」


「ううん、全然……もう少し……このままで……(ちょっと、汗臭いけど……)」


「……」


 いま間違いなく、汗臭あせくさッて言ったよね?

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