口裂け女

やざき わかば

口裂け女

「ねぇ。わたし、きれい?」


 口裂け女の常套句だ。昭和の都市伝説、怪異として活躍していた彼女が、令和の世に復活したのは偶然でもなんでもない。


 世はまさにインターネット時代。過去を知るものが、過去を知らないものに過去のことを伝え、過去のものが過去のものでなくなる。昔、語り継がれていた怪異が、また蘇ってきたのだ。


 蘇った怪異は歓喜した。また我々は人間を恐怖に叩き落とせるのだ。しかし。


 マスクを取った口裂け女を見ても、誰も昔のように恐怖しない。それどころか、心配してくれる始末。


「とても痛そうだ。救急車を呼びましょうか?」

「あら、あなたダメよ。自分の傷を見せるものじゃないわ」

「お姉さん、大丈夫? 病院へ連れていってあげる」


 昭和は良かった。みんな私の顔を見ては、泣き叫んで逃げていったものだ。そうは思えど、今は令和。良くも悪くも、みんな優しく、みんな親切だった。人の顔を見て、叫び声をあげて逃げていく人間など、ほぼ皆無である。


 それでも彼女は、時代に負けじといろんな人間に自分のアイデンティティを見せつけていった。もちろん、全て撃沈である。


「私が蘇った意味って、なんなのだろう?」


 自分の存在に疑問を抱き始めたころ、口裂け女は初老の男性に襲いかかったが、反応は予想外のものだった。


「懐かしいな、口裂け女か。私も小学生のころは恐怖したものだ。しかし、今の時代にはそぐわない。それよりも、君は上背もあり、スタイルも整っているし、髪質も良い。何よりも、顔も本当に綺麗だ。どうだい、私といっしょに来ないか。君が本当に輝ける場所へ、連れていってやる」


 意外な誘いに驚く口裂け女。


「君は人間ではなく、怪異だろう。それなら、普通の口に戻れるはずだ。…何? 『口が裂けている分のエネルギーをなくすことはできない』? であれば、両目を裂けさせてみてくれないか。うん、良い感じだ。前の君の眼も魅力的だったが、大きな瞳の君も、さらに美しい」


 口裂け女は、気が付けばランウェイを歩く世界的なモデルとなっていた。


 美しくたなびく、黒く輝く髪。整った顔に、ひときわ目立つ切れ長の大きな眼。高い身長を支える長い足に、スラリとした全身。


 暗く陰鬱な場所から、ぴかぴか輝いてきれいな場所へ。恐怖と困惑の眼を向けられていた私から、きらきら輝いた憧れの眼差しを向けられる私へ。


「ねぇ。わたし、きれい?」

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