第1話

「……またこの夢か……」


 動けと念じても身体はちっとも動いてくれなくて。いよいよどうしようかと焦っていると、唐突に視界は自分の部屋の天井に変わる。エアコンが効いていて快適な気温にも関わらず、額にはうっすらと汗が滲んでいた。

 

 圭太は夢だった安堵と、また見てしまった憂鬱が混じった溜め息を吐くと、モゾリと起き出し、鳴る直前だった目覚ましを止めてベッドから出る。


 この夢を見るようになってから一週間。最初は変な夢見たなーで済ませていたけど、毎日見ていれば気が滅入るようにもなってくる。

 ネットで夢占いや似たような事例がないか調べたり、この前は迷走して高い金を払ってまで占い師に見てもらった。

 でもどれもこれも空振りで、原因も分からずいまだに悩まされている。


 (他人に食われる夢なんて何度も見たくねぇよ……)


 圭太にカニバリズムの趣味は無い。痛みがないのが救いだが、他人が摘む度に肉が引きちぎれる音と感触がするのだ。夢の中の自分は苦しい苦しいと、悶えているんだけれども。

 兎に角、目が覚めてしまえば本当は痛くなかったと気付けるから今のところは我慢出来ている。しかしこれで痛みもあったら今頃完全にノイローゼになっていただろう。


 下の階にいる母親に促されて階段を降りれば、テーブルに置かれた朝食が湯気を立てながら圭太を待っていた。

 

「ほら早く、顔洗っちゃいなさい?」

「ねぇお母さん、最近変な夢をずっと見るんだよね」

「夢?」


 早く支度するよう急かす母に抱えている悩みを打ち明けたくて、でも大袈裟にはしたくなくて、ちょっと気になる程度に見えるような口調にする。

 

「どんなの?」

「うーんと……。いつも目が覚めると忘れるけど、兎に角変で同じ夢ってのは覚えてる」


 内容を聞かれてまさか自分が食べられる夢とは言えず、咄嗟に覚えていないという事にしておいた。圭太にとってはこの状態を解決出来ればそれで良いんであって、別に心配かけたいわけじゃなかったから。

 

「もしなんだったら、お祓い受けてみたら?あそこのお寺古いから効果あるかもしれないし」

「お祓いかぁ……」


 予想外の答えだったが、アリかもしれないと真剣に考える。たしかにこういう訳の分からない現象に悩まされていた人が、1回お祓いを受けたらパッタリ止んだとか、そういう類の話をSNSでたまに見かけた事がある。


(今日の学校の帰りに寺に行ってみようかな……?)

 

「なんだ?まだそんな格好でいるのか?早くしないと遅刻するぞ」

 

 良い事が聞けたと気持ちが軽くなっていると、既にスーツに着替えた父親が圭太の顔を見るなり呆れたような顔をする。

 炊飯器から全員分のご飯をよそう父の声に促されて、圭太は先程とは違う軽い足取りで洗面所へと向かった。


 外を出れば学校への道はうだるような暑さで、参ってしまうそうだ。

 しかし憂鬱なテスト期間も終わり本格的に夏休みが迫っている今の時期は、周りの子達の顔はみんな晴れやかだ。友達同士で登校しているグループなんかは、夏休みに何処か一緒に遊びに行かないかと、楽し気に計画を立てている。


「おはよー」

「見せて見せてー!」

「だ!ダメ!見ちゃダメ!」


 教室に入ると、女友達の泉が気になっている女の子である成美に絡んでいる真っ最中だった。ギャルっぽい泉と、大人しげな成美。雰囲気こそ正反対だけど、だからこそ馬があったのか、 2人は中学からの親友らしかった。

 

 泉は成美のスマホを覗き込もうとしているようだが、恥ずかしいのか頑張って身体で隠している。程々にしろよと思いながら自分の席に鞄を下ろすと、泉が今度は絡むターゲットを自分に変えてきた。


「ねぇねぇ!圭太はやった事ある?この性格診断アプリ?」

 

 泉が見せたスマホの画面を見ると、最近学校で女子を中心に流行っているらしいアプリの画面のようだった。ネットなどでよく出回っているような、生年月日や名前で診断するのとは違って、数秒間画面に触れているだけで診断出来てしまう優れものらしい。

 何でそれで診断出来るのか胡散臭いが、やった生徒からはよく当たると評判で、自分自身が気付けなかった長所や短所も分かると話題になっている。


「圭太もやってみようよぉ、性格診断!」

「俺、そのためだけにわざわざダウンロードするの嫌なんだけど?」


 楽しそうな表情で何かを企てているような泉とは対照的に、圭太は至極面倒臭そうな顔を隠そうともしなかった。

 圭太はあまりこういうのに好奇心が向かないタイプだった。しかもブラウザならまだしも、アプリなんていちいちダウンロードするのも手間だし、消去するのも面倒だ。よく使うアプリなら兎も角として、1回の診断でそんな事はやっていられなかった。


「大丈夫だって!なんだったら成美のスマホでやれば良いし!なるみー!ちょっとアンタのスマホで圭太の分もやってみてー!」


 やるとも言っていないのに泉は圭太の腕を掴むと、ズルズルと引きずるように成美の席へと持って行く。なんて馬鹿力だ。

 成美は少し驚いた様子だったが、素直に自分のスマホを圭太に差し出した。


 圭太は観念して人差し指をこれまた胡散臭そうな魔方陣に押し当てる。演出なのか、梵字のなんちゃらみたいなのが、あちこちで画面に表示されては消えるを繰り返し、結果画面が表示された。

 結果には要約すると以下の文が書かれていた。

 

『明朗快活な性格。素直で人に甘えるのに躊躇がなく、生きるのが楽なタイプである。周りは頼られるのが嬉しくてあなたの事を可愛がる』

『窮地には強く、突然のアクシデントでも冷静に視野を保てる』

『深刻な物事ほど周囲に軽く思われるように見せかける癖があるので、時には真剣に周りに相談するのも必要』


 最後の文章に心当たりがあり、ドキリとした。


「へぇ?アンタ何も考えてないようだけど意外だね」

「『何も考えてない』は余計だろ」


 揶揄う泉をジロリと睨むが、内心は変な空気にならずに済んで助かったとホッとしてしまった。

 圭太は真剣に相談する事を「自分のキャラじゃない」と思って遠慮してしまうタイプだった。深刻な顔で弱った姿を人に見せる事で、自分の普段のキャラが崩れてしまうのを避けたいような、周りが思っているような自分がブレるのを気にするタチだった。

 

 今までの占いで指摘されなかった箇所を当てられた圭太は、友達が教室に入って来たのを理由に2人から離れる。これ以上何を言われるか分からなかったからだ。

 

「よっしゃ!これで圭太との相性診断が出来るよ!良かったね成美!」


 その為か、泉がいたずらっぽい表情で成美に囁いたこの言葉は、圭太には聞こえなかった。

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