明日も私は「嘘」をつく

藍銅紅@『前向き令嬢と二度目の恋』発売中

「そういえばさぁ。果歩ちゃんとお父さん、赤ちゃんとかどうする予定?」


 朝食にはふさわしくない、爆弾発言を、私はポンと投げつける。

 果歩ちゃんは「は……?」と言った後、しばらく経って、顔を赤めて。

 お父さんは、飲みこむはずだったコーヒーを、口の端から垂らしてしまった。

 うわっ、汚い。

 とりあえず、テーブルの上のティッシュペーパーを、お父さんに手渡す。


「あのね、下世話な意味で聞いているんじゃないの。経済的な理由。それからお父さんの年齢的な問題と、私の希望する進路」

「は? 経済? 年齢? 進路?」

 果歩ちゃんとお父さんの頭の周りに「?マーク」が見えそうだ。


「全部関連している問題だから、一気にまとめて言う。とりあえず聞いてくれる?」


 にっこりと、笑顔で武装。

 果歩ちゃんとお父さんは、とりあえず、頷いてくれたけど、まだ混乱しているみたい。

 うん、そのために、敢えて、狙って、爆弾発言を投げてみたんだし。

 こっちのペースで話を進めさせてもらわないとね。


 考えたの。

 すごく考えた。

 でも、やっぱり、どうしても。

 ……果歩ちゃんとお父さんと一緒に居たくない。気持ちが悪い。

 心が、まだ、平常心を保てるうちに、私はここから逃げないと。

 そうしないと……、きっと、心が、壊れてしまう。


「あのね、私、行きたい学校が出来たの」


 行きたいというのは半分嘘。

行きたいのではなくて、ここから逃げるために、その逃げ場を探したというのが本当。


「は? 転校したいっていうことか?」

「違うよ。高校の話」

「りっちゃん、まだ中学一年生よね。もう受験のこと、考えてるの?」


 ずいぶんとしっかりしているのね、あなたは。みたいな目で、果歩ちゃんから見つめられたけど。


 ……ここから、この場所から、逃げたいんだから、当然、いろいろ調べるに決まっている。


 なんて、思いは、絶対に顔には出さない。


「部活の先輩たちから、受験案内の雑誌とかパンフレットとか、いろいろ見せてもらったのよ」

「あー……、なるほど」


 これは、半分嘘で、半分本当。


 部活の先輩じゃなくて、学校の図書室に置いてある高校入試案内とかを、片っ端から読んでみただけ。進路相談室に置いてあるパンフレットも全部見た。


 で、そこで見つけたの。


 私が、逃げられそうな先を。


 この家から出ていきたい。

 果歩ちゃんとお父さんと一緒の空間に居たくない。

 果歩ちゃんの作るごはんなんて食べたくない。


 ……なんて、ね。反抗したってどうにもならない。

 中学一年生じゃあ、家出したって、無意味。

 補導されて、連れ戻されるだけ。

 どうして家出なんてしたのとか、やっぱり再婚には反対だったのねとか、あれこれ言われて、余計にメンドウになるだけだ。

 体売ったり、犯罪すれすれの生活をしたりとかなら、果歩ちゃんとお父さんから逃げられるかもしれないけど。


 そんなこと、したいわけじゃない。


 私は普通に生きたいの。

 普通に生きて、それで、果歩ちゃんなんていう後妻サンからも、お母さんことをさっさと忘れたお父さんからも縁を切りたいの。


 だけど、今の私には、それをする力はない。


 年齢的に、保護者が必要。

 お金を稼ぐこともできない。

 自力で生きるすべはない。


 でも、何かないか。

 どうにかできないか。


 合法的に、離れられる方法。

 そのための、高校。


「それでね、私が行きたい高校、絶対にここがいいって思った学校があって」

「すごいね、りっちゃん」


 果歩ちゃんが、言う。


 すごくないよ。

 逃げたいだけなんだよ。


 本音は言わないで「ありがと」と軽く受け流す。


「それでね、私の行きたい学校、私立なの。公立よりもお金がかかる。私にお金がかかったら、今後の二人の生活、どうなる? お父さんもうすぐ五十歳になるんだし、定年退職っていつ? あと何年働けるの?」


 一気に言う。

 一つのことだけを言うよりも、問題をたくさん提示しておく。


「……子供が金の心配をするな。おまえが大学を卒業できるくらいの貯金はある」

「そう。だったら、私の行きたい学校、行っていい?」


 どこと言わないうちに、言質を取る。


「ああ。で、どこに行きたいんだ?」

「私立御園国際学園高等学校」

「……あんまり聞いたことがない学校だな」


 そりゃあそうでしょう、県外だし。

 それは、まだ、言わないでおく。

 反対されるかもしれないからね。


「偏差値的には五十三くらいで真ん中よりちょっと上。だけど、海外からの留学生をたくさん受け入れていて、日本語だけの授業とか、日本語禁止で英語だけ使う授業とか、英語で数学の授業を習うとか、日本史とか世界史とか分けないで、グローバルな視点から歴史を学ぶとか、そんなことをやっているちょっとおもしろい私立なの」

「ほお……、そりゃあおもしろそうだな」


 お父さんの興味を引けた。

 第一段階は成功。


「パソコンとか、株とか、簿記とか。実践的な選択授業もたくさんあるの」

「すごいね、りっちゃん。将来の役に立ちそう」

「私立だし、お金、余計にかかるし。果歩ちゃんが自分の子どもを産みたいって言うかもしれないし、お父さんの定年まであと何年働けるかとか思ったら、私立は無理かなって思ったけど」

「こ、子ども……」


 果歩ちゃんの顔が赤くなる。ついでにお父さんの顔も。

 私のお母さんが死んですぐに再婚したくせに。今さら何を……とか、言いたくなるけど。

 それは、言葉にも顔にも出さない。

 出すつもりもない。


 私は、円満に、ここを出ていく。少なくとも表面上は。


「今は果歩ちゃんもお父さんも働いてるけど、赤ちゃん産むなら産休くらいとるでしょ。そうすると、お父さんはともかく、果歩ちゃんの収入はなくなる。だから、今のうちから聞いておきたくて」


 果歩ちゃんが仕事を継続しているうちはいい。

 子どもが出来たから、仕事辞めますなんて、果歩ちゃんが言ったら。


 ……収入なんか、知らないけど、今よりも、この家で、果歩ちゃんと私が過ごす時間が増える。

 それは確実。

 今は、果歩ちゃんが仕事をしているから、夕ご飯は私が作ってるけど。

 夜も、果歩ちゃんのご飯を、食べないといけなくなったら。


 ……冗談じゃない。私の精神がすり減る。

 これ以上、二人の側に居たくない。


 早く早く早く。

 ここを出ていきたい。


「えっと、子ども……、そ、そのうち、とか、思ってたけど……」

「そそそそそ、そうだな……」


 果歩ちゃんとお父さんが、お互いをチラチラ見ながら、どもって言ったり。

 ……気持ち悪いなあ本当に。

 略奪女ともうすぐ五十歳になるおっさんが、中学生の初恋同士みたいに、何やってんだか。


 なんて気持ちも、顔には出さない。


「真面目な話。私の弟か妹を作るなら、早くしないとその子たちが成人式前に、お父さん、定年退職になっちゃうでしょ。そしたら、お金、足りるの?」

「……定年後も、再雇用で、同じ会社の臨時職員になれる。もちろん給与は今よりは落ちるが、時短で働ける制度はある。さっきも言ったが、子どもが金のことを心配するな」

「じゃあ、高校は、御園国際学園に通わせてください」

「いいぞ。行きたい進路を選べ」


 言質は取った。あとからダメって言われても、行くからね。


「ありがとう、お父さん。御園国際学園って、県外の全寮制の学校だから、寮費とか、余計にかかるけど、よろしくお願いします」


 県外とか全寮制とか。

 いいぞという前に、聞かなかったのはそっちだからね、お父さん。

 前言撤回なんてしないでよ。


 私はぺこりと頭を下げる。


 だから「全寮制⁉」とか、叫んだ果歩ちゃんとお父さんの顔なんて、見えてない。知らない。


「賛成してくれてありがとう。よかった。あ、先輩からもらったパンフットあるんだ。取ってくる」


 席を立って、最大級の笑顔を作る。あとからダメだと言われないように。


 ……出るの、家を。

 二人から離れるの。

 心が、潰れる前に。

 行く先があるとわかっていれば、それまでの間、期間限定であるのなら、耐えられる。


 今は、私は中学一年生。

 入試を終えて、全寮制の学校に入れるまでは、後二年半くらい。


 その期間だけ、耐えて、私は自由になる。


 そのための、布石。


 私の部屋に戻り、鞄の中から御園国際学園のパンフレットを取り出す。

 これが、自由への切符。

 ここに逃げるまで、私は何とか生き延びる。


「……大丈夫、一人じゃない」


 同盟者に選んだ、櫻井さん。

 彼女も、私とは違う種類のつらさを胸に抱えている。


 道の先は別でも。

 しばらくの間、一緒に耐えよう。

 一人はつらいけど、二人だったら耐えやすい。


 御園国際学園のパンフレットと、また別のリーフレットも取り出した。


「高校はなんとかなったけど、夏休みっていうものも、あるからね」


 私は、今日も、嘘をついた。

 きっと、明日も、嘘をつく。


 今がつらくても、未来で自由になるために。







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 ありがたいことに、小説家になろう様のほうで、


『今日も私は「嘘」をつく』が

[日間] ヒューマンドラマ〔文芸〕ランキング 1位


『見上げる空は、まだ青い』が

[日間] ヒューマンドラマ〔文芸〕ランキング 2位


 を、いただきました。


 なので、取り急ぎではありますが、三津谷律子さんの話を投稿。


 あともう一つ、櫻井さんの話も書き途中です。



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