徐州 その2

 劉秀が桃城の龐萌・蘇茂を撃っている頃、建威けんい大将軍耿弇こうえん騎都尉きとい劉歆りゅうきんせい州は富平ふへいで降卒を収め、部隊を編成し直し南下して済南せいなん郡に入り、朝陽ちょうようから漯水るいすいに橋を架けて渡る。狙いはせい王張歩である。皇帝劉秀、張歩の後ろに耿弇らを置くことで、謀らずも張歩が董憲を救いに出ればいた斉の地を襲わせ、張歩が董憲を救わねばそれ故に両者の間に溝を生じさせることとなった。一方、劉秀が龐萌を討ちに徐州に入ると聞いた張歩、耿弇の南西にある済水せいすいの南岸、歴城れきじょうに大将軍費邑ひゆうを以て済南さいなん王と為して集軍させ、更に西の祝阿しゅくあにも兵を分かって駐屯させ、南の泰山たいざん鐘城しょうじょうに陣営数十を連ねて耿弇に対抗する。故に遂に董憲への援兵を出せずに終わる。

 耿弇、何処どこを撃つかを検討し、間者の情報より祝阿の将兵、耿弇が先ず歴城を襲うと思って油断している、と判じれば躊躇ためらいも無く西に移動し、歴城を迂回する形で済水を渡り、祝阿を撃つ。明け方より一気に攻め立てれば、陽が南中するまでにこれを落とし、定石通りに囲みの一角を開いて、その衆をして鐘城に帰ることを得させる。鐘城の将兵、半日足らずして祝阿が潰えたと敗兵より聞いて、大いに恐れおののき、遂に塁壁を空にして戦うことなく逃れ去る。

 耿弇が歴城の西と南を押えれば、費邑、このまま歴城が保っても本軍に迫られ孤立すると、弟費敢ひかんを分遣隊として歴城から出し、東の巨里きょりを守らせる。

 耿弇は南の泰山郡太守陳俊ちんしゅんの軍と合すれば、巨里をおびやかす。耿弇、多くの樹木を伐採ばっさいさせ、これを以て巨里の塹壕ざんごうを埋めようと吹聴ふいちょうする。数日して、耿弇に降る者が言うに、費邑は耿弇が巨里を攻めようと欲するを聞き、到ってこれを救おうと謀ると。耿弇、即座に軍中に厳命し、速やかに攻具を整えさせ、諸部隊に宣するに、後三日にして当に巨里城を攻めるべしと。その裏で捕虜の縄目を緩めて逃れ帰ることを得させる。帰りし者は、耿弇が巨里城を攻める日取りを費邑に告げる。費邑、期日に自ら精鋭三万余人を率いて到って巨里を救おうとする。

 これを知って、籠城されれば兵糧攻めの他は攻める手立てが無いが、城を出てくれれば攻めることあたうなりと、耿弇よろこんで諸将に謂いて曰く「吾の攻具をととのえし所以ゆえんは、誘いて費邑を招こうと欲せばのみ。果して今来る。その求むる所にかなえり」

 すなわち三千人を分けて巨里に備え、自ら高陽の地、見渡しの利く坂道に兵を置き、降る勢いに乗じて現れた費邑を破り、陣に迫ってこれを斬る。首級を収めて、これを巨里の城中に示せば、城中恐懼きょうくし、費敢は衆をことごとく率いて東へ逃れて張歩に帰した。耿弇、巨里の兵糧・馬糧を収め、兵を放って余衆を掃討させれば、歴城ら四十余営を平らげ、ついに済南を定める。

 時に張歩はげきを都とし、弟玄武げんぶ大将軍張藍ちょうらんをして精鋭二万を率いて西安せいあんを守らせ、諸郡の太守には万余人を合して臨淄りんしを守らせる。西安は臨淄の北西に有り、その間は半日行程である。耿弇は進軍してその間の南に位置するちゅうゆうに至る。臨淄、戦国七雄の一大国、せいの首都として世にうたわれた都である。しかし耿弇が調べさせた所、臨淄は大国の都故に兵を頼って塁壁に弱い所が見られる。張歩が守らせる兵は諸将の寄せ集めの一万である。一方、西安は小城といえどむしろ堅い。大将は張藍が精鋭二万余りを率いる。

 そこで耿弇、兵策を得て、配下を集めて五日後に西安を攻めようと命ず。張藍はこれを伝え聞いて、昼夜を問わず厳守する。期日の夜半に至って、耿弇は諸将に命じて寝床にて食事させ、夜明けには北上し臨淄城に至る。護軍ごぐん荀梁じゅんりょうら配下、これは如何いかにと耿弇に問い、臨淄を攻めれば西安は必ず救い、西安を攻めれど臨淄は救う能わぬ故、よろしくすみやかに西安を攻めるべしと訴えれば、耿弇、事も無げに曰く「然り、吾故に西安を攻む」

 何を言われるかと、あっけにとられる配下に対し、耿弇、なおも涼しげな表情で続けて曰く「西安は吾が攻めようと欲するを聞き、昼夜に備え為す。然るに臨淄は不意を突けば、必ず驚き騒ぎ、吾がこれを攻めること一日にして必ず降せよう。臨淄を落せば、西安は孤城となり、張藍は張歩と隔絶されて、必ず逃れ去るであろう。所謂いわゆる、一を撃ちて二を得る者なり。し、逆に先に西安を攻めれば、にわかに降らず、兵を堅き城に張り付ければ死傷必ず多からん。たとえ上手くこれを落せても、張藍は軍を率いて臨淄に奔り、兵を併せて勢いを合し、こちらの虚実をうかがおう。吾は深く敵地に入り、後ろに転輸無く、たちまち戦わずして困窮す。諸君の言、いまだその宜しきを見ず」

 即ち、耿弇は臨淄を攻め、半日にしてこれを落とし入城して、ここをり所と為す。張藍、この報を聞いて大いにおそれ、遂にその衆を率いてのがれて劇に帰した。耿弇、諸将に言うように戦わずして西安を得る。


 瞑目めいもくしていた男は悦に入って目を開く、曰く「書にかかれた通りの兵法なり。東にさけんで西を撃つ計。将が賢いので無く、寧ろ掛かる方に非が有る」

 再びこのような兵法が実際に役立つものと知り得た故に、男は笑みを浮かべる。

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