第28話

028

「こんなのが本当に役に立つの?」

昼間、学校で篠原にもらったお札を見ながら白石はバカにしたように呟いた。

“4人を殺した殺人鬼は、あなた方が自殺に追い込んだ月岡志乃さん本人ですよ”

篠原の言葉を信じたわけではないが、あの時の篠原には何か真に迫るものがあった。

これで身を守ってください。“あれ”を完全に封じ込めることはできませんが、一時凌ぎにはなるかもしれません。

そう言って手渡されたのが、ミミズがのたくったような文字の書かれた木のお札だった。

篠原曰く、これを家の出入り口か、あるいは部屋のドアに貼り付けておけば、白石は無事でいられるかもしれないということだった。

馬鹿馬鹿しいと思いつつも、白石はひとまずその木のお札を受け取っておいた。

普段の白石ならくだらないと一蹴し、木のお札をその場ではたき落としていただろうが、殺されるという恐怖から弱気になっていた白石は、もしかしたら役に立つかもと心のどこかで思い、篠原からお札を受け取ったのだった。

「家の出入り口、もしくは部屋のドア、だったかしら……まぁここでいいかな」

帰宅した白石は、自室の部屋のドアにその木の札をテープで貼り付けておいた。

こんなものが残虐な殺人鬼に対してなんらかの対抗手段になるとは到底思えなかったが、万一ということもある。

お札を部屋のドアに貼り付けた白石は、家中を確認してしっかり戸締りをした。

犯人の侵入経路になりそうな場所は全てチェックし、厳重に鍵をかけた。

出張で他県へといっている両親が帰ってくるのは明日だ。

今日一日、白石は家の中で1人で過ごさなければならない。

そのことが今の白石にはとても心細かった。

冷蔵庫の中に残っているもので適当に食事を作り、1人で食べた。

テレビをつけると、今朝隣県の高速道路上で見つかった高級車とその中の死体の身元が判明し、S高校の生徒だったと報道されていた。

やはり殺されたのは黒瀬春人だったのだ。

篠原美玲の予想は当たっていた。

月岡志乃の遺書に書かれた5名の生徒のうち、これで4名が死んだことになる。

次に狙われるのは自分だと、篠原に指摘されるまでもなく白石は理解していた。

テレビを消した白石は、台所から包丁を持ち出した。

寝るときにこれを懐に隠して持っていればいざという時に役に立つかもしれない。

もう一度家中の戸締りがしっかりできていることを確認し、白石は2階にある自分の部屋へ戻った。

しっかりと部屋のドアにも鍵をかけて、電気をつけっぱなしにしてベッドに腰掛けた。

今日は寝ずに一晩中起きているつもりだった。

今日さえ凌げば明日家族が帰ってくる。

今日を乗り切れば、自分は生き延びられるかもしれない。

白石は包丁を手に、壁に背を預けて部屋のドアに貼り付けられたお札をぼんやりと眺めた。

ガタン…

「…!」

何かの物音で、白石は目を開いた。

寝ないつもりが、いつの間にかうとうとしていたらしい。

壁の時計を確認すると、もうすぐで日付が変わろうという時刻だった。

白石は包丁を手に立ち上がり、部屋のドアの鍵がしっかりかかっていることを確認する。

「…っ!?」

次の瞬間、部屋の中に影がさした。

何かが窓の外を通り過ぎていった。

はっきりとは見えなかったが、カーテンの向こう側で確かに何かが動いたような気がする。

白石は恐る恐る窓に近づき、カーテンをめくってみる。

「きゃああっ」

悲鳴をあげて白石はのけぞった。

ガラス戸に張り付いた人の顔が、じっと白石を見つめていた。

白い部分のほとんどない、真っ黒な両眼が白石をじーっと見つめている。

「あ…ぁ」

白石は腰が抜けて立ち上がれなかった。

ガタガタガタ…

窓に張り付いた“それ”は、まるで壁を這うようにして移動し、どこかへいってしまった。

「…っ」

白石は唇を噛み締め、なんとか立ち上がってカーテンを閉めた。

パリィイイイイン!!!

「…っ!?」

そのとき、階下で何かが割れる音がした。

確かに家の中から響いてきた音だった。

誰かが一階の窓ガラスを割って、家の中に入り込んできた音だと白石は思った。

パチン……

「…っ」

乾いた音がなって、部屋の電気が消えた。

ブレーカーが落ちたのだ。

考えなくとも一階に侵入した何者かの仕業だとわかった。

「うぅ…う…」

白石は恐怖で我慢できなくなり、啜り泣きを漏らす。

ミシ…ミシ……

木の軋む音がする。

誰かが階段を登って、2階の自分の部屋へ近づいてきている。

「…ぁう…うぅ…」

白石はなんとか自分の泣き声を押し殺しながら、包丁を構えた。

ベッドに座って、そいつが姿を見せるのを待つ。

ミシ…ミシ……

白石は木が軋む音を数えていた。

十二…十三……今、階段を登り終わった…

白石は音で侵入者が、階段を登り終わって2階へやってきたことを悟った。

ミシ…ミシ…

床が軋む音がする。

侵入者が廊下を歩いて、白石の部屋へ近づいてきている。

ミシ…ミシ…

5歩…6歩…

白石は床の軋む音を数え、そいつが部屋の前にたどり着いたことを知った。

音が止んだ。

侵入者は今、白石の部屋の前にいる。

「うぅ…ぅ…」

白石は啜り泣きながら、包丁を構えて侵入者の次の動きをまった。

ドォオオオオオオン!!!

「…っ!?」

一際大きい音が鳴った。

部屋のドアが強い力で殴られ、部屋全体が揺れる。

ドォオン!!ドォオン!!ドォオン!!!

侵入者は、何度も何度もドアを殴りつける。

人間のものとは思えない強い力で殴られた木製のドアは、あっという間に形を変え、金具は今にも壊れそうになっている。

明らかに人間の範疇を超えた力を見た白石は、包丁程度では侵入者を退けられないことを悟った。

ドォン!!!ドォオン!!!

木製のドアはもう限界だった。

あと2、3回殴られれば、ドアは壊れ侵入者は容易に部屋へと入ってこれるようになるだろう。

白石は死を覚悟した。

そのときだった。

ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!

「…っ!?」

夜の静寂を切り裂く凄まじい悲鳴が轟いた。

白石は目を大きく見開いた。

ほとんど壊れたドアから、侵入者が部屋の中へ入ってこようとしたとき、一瞬扉に貼り付けたお札が光り輝いたような気がした。

そして次の瞬間、侵入者が悲鳴をあげて退いたのだ。

ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

侵入者は、扉の向こうで狂ったように暴れ、悲鳴をあげ続ける。

白石は震えながらその場から動くことができなかった。

しばらくして悲鳴も音もおさまった。

侵入者の気配は消えていた。

白石は恐る恐る立ち上がり壊れたドアに近づいていく。

耳を澄ませるが、なんの音も聞こえなかった。

侵入者は去ってしまったようだった。

何かを踏んだ感触があり、白石は足元を見る。

それは真っ二つに割れた木のお札だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る