常坂院世界
まずは『僕』について話しておこう。
人、エルフ、ドワーフ、鬼、妖狐、リザードマン、そして魔族の7種族の国家による争いを制し、天下統一を目指す戦国シミュレーションRPG【箱舟の中の争い】(以降箱舟)における人族の中ボスが今回僕が転生したキャラクターだ。
名前は
そうして作り上げられた性格を一言で表すならばナルシスト。雑魚ボスの細かな公式プロフィールまでは覚えていないけれど、現時点で身長174cm体重60kg。正確なレベルは覚えていないし、現状ステータスを確認する術もあるのかないのかすら不明だけど25以下なのは確かだ。
戦闘の特徴は素早さ特化で常時2回行動を行う。一撃即離脱で2回目の行動ターンで敵の移動範囲外まで退避するのが基本行動。稀に二連続で攻撃してくる事もある。
対策無しで挑むとそれなりにやっかいでイライラする相手だ。ただし明確な弱点もあり【スロウ】【千鳥足】【絡み付く】等の素早さを低下させるデバフ持ちがPTメンバーに居るだけで難易度は一気に低下する。
状態異常に掛かると行動回数は1回となり、移動距離も低下する。速度低下系に加え自身の速度上昇系まで獲得していればソロでも十分撃破可能。RTAではなんと平均レベル11の主人公PTに撃破された記録がある。
ユーザーからはナル男との蔑称で呼ばれている。普段の尊大な態度と撃破後の惨めな姿の対比を楽しむべく用意された所謂ざまぁ要員である雑魚中ボス。それが今の僕だ。
ゲーム開始時点で17歳、僕の意識が芽生えた現在は15歳。ナル男は自身の敗北後不登校となるが、同じく雑魚中ボスの父親が撃破されると国家機密を盗み出しそのままエルフ国に亡命。
タイミングは主人公次第だが二度目の敗北後には国家反逆罪で逮捕される事となる。その後の描写は特にないものの、国家機密を仮想敵国に持ち込み亡命した挙句捕まった後の事なんて考えるまでもない。
つまりこのままいくと僕の余命は2年とちょっとだ。
そんな破滅一直線のキャラに転生したわけだけど、当初僕は楽観的だった。
なんせゲーム知識を持った人が悪役に転生なんてのは最初の人生ではありふれた物語だったし「あーはいはい、OKOK、このパターンね」とニヤニヤが止まらなかったくらいだ。
ごめんよ主人公君。君が表舞台に出てくる頃には僕はレベルカンスト&貴重アイテム全獲得、全ヒロインからの好感度激高状態になってるだろうけど強く生きてね。
そう思っていた時期が僕にもありました。
「レベルキャップとか聞いてないんですけどッ!?」
まずは原作開始前にレベルをカンストさせて最強に~なんて皮算用は、狩っても狩っても上がらないレベルの前に初手から頓挫した。
いやね、冷静に考えれば理解はできるよ?
自分が主人公としてプレイしてれば、そりゃ敵キャラの強さは一定でなくちゃ困る。そうでなければ安全マージンを取りようがないし、序盤からラスボスクラスの敵が出てきたら詰んで物語が終わっちゃうもんね。
理解はできるけど自分が敵側に配置された時にそれで納得できるかと問われればもちろんNOなんだけど。
「なんだこのクソゲー……」
そんなこんなで早くも二度あることは三度あると不穏なことわざが頭を過る中、僕の三度目のやり直しがスタートした。
「もう多くは望まない。穏やかに、細く長く生きれればそれでいいや……」
―――★
転生先は僕だけレベルの上がらないクソゲーだった。転生ハローワークがあったらひとこと言いに行きたいところだけど、残念ながら苦情を受け付けてくれる場所すらここにはない。
ないものは仕方がない、前向きに考えよう。そもそもアニメやラノベみたいな無双ハーレムは僕のような無能には正直荷が重かったんだ。ハーレムの難しさは二度目の転生で嫌というほど味わったじゃないか。むしろこれでよかったと切り替えていくしかない。
となれば、まずはざまぁ要員脱却を目指してヒロインのヘイトを減らしつつ、関わりを無くしていく事を意識して動いていこうと思う。
ヒロインに関わらなければ主人公と関わる事もなくなるだろうし、主人公に関わらなければ敗北亡命なんて死亡フラグも消滅するもんね。
状況を整理しよう。現時点で早急に対処が必要なのは常坂院家の家政婦として住み込みで働く若草
最初に出会うヒロインという事もあり、初見プレイでは彼女がメインヒロインとなるルートを辿った人が大半だろう。かくいう僕も初回は瑞希ルートだった。
若草瑞希。栗色の髪をポニーテールで纏めていて、クリっとした大きな目が印象的な負けず嫌いで母性の強い女の子。射撃部に所属しており周りは大人だらけの大会でも入賞するほどの腕前。学校から帰ってくるとすぐに母親の仕事を手伝い、精力的に動いている。部活や家事手伝いで鍛え上げられているその身体は非常に引き締まっていてスリムだが、胸部だけは彼女の強い母性を象徴するかのように大きく飛び出ている。
原作の
加えて
決定的だったのは
よくよく考えれば普段の
「緑さん、ちょっといい?」
「はい、どうなさいましたか。世界さん」
そんなこんなで問題を解決するべく休憩中の彼女の前に紙袋をどさりと置く。
中身を確認すると彼女は固まった。まあ固まるよね。僕のお小遣いとして貯まっていた口座のお金を全額下してきたんだけど、その大部分を突っ込んであるし。
うちの父親は滅多に家に帰ってこないし、たまに帰ってきても母親や僕に顔を見せる事もなく、緑さんを口説くのに必死な毒親だけど、お金だけはあり余るほど与えてくれる。
「2000万G入ってる。それを使って先日借りた借金を返済して、ついでにアパートでも借りてここを出るといいよ。うちの
住み込みで働いているが、なかなか靡かない彼女に痺れを切らした
結論を言うと瑞希はあっさりと合格してしまう。
その後の説明会で一般人からすれば馬鹿げた金額となる入学金や授業料を知った若草親子は、残念だが辞退するしかないと諦めようとした。
だがこの学園を卒業すれば将来は輝かしいものとなるのも事実。一時的に借金を背負っても卒業すればすぐに返済できると熱心に説得され、学園で働く人物の紹介であり、超低金利という事もあって安心感があった為、身の丈に合わない金額であると理解しつつも借り入れを決断してしまう。
だが融資を受けたのは
確かに金利は良心的だったが、1年後に半額を返済する必要がある契約となっていて、緑にはこの750万Gを捻出する事など到底不可能であり、愛人契約を迫られ折れてしまう事となる。
「こ、こんな大金受け取れません」
「借金の契約書はちゃんと読んだ? 3ページ目ぐらいの裏面の4項辺りだったと思うけど」
金融屋に詰められてたシーンはいかにもな見た目の奴が「ここの4項をよ~く読んでみろ」ってセリフと一枚絵だけが頼りだから正確なページや条まで合ってるかは判らない。
怪訝な顔をしながらも、言われるままに契約書を戸棚から引っ張り出して僕が指摘した項目をじっくりと確認していくと、緑の顔が次第に青ざめていく。
「……嘘……そんな……こんな特約事項聞いてない……聞いてないわッ!」
合ってたみたいだ。緑さんは内容を把握するとふるふると震えだし、聞いていないとうろたえる。
「ね、このままだと来年大変な事になるでしょ?」
「そ、それでもこんな大金を受け取るわけには……。瑞希には悪いけどやっぱり入学は辞退してもらって今すぐに返済すれば……」
残念だけど辞退したところでもう入学金も授業料も戻ってこない。うちの父親はその辺は抜け目ない。それらを説明しつつ、そもそもその借金自体がうちの父親の罠だって説明しても尚拒絶しようとした為、このままだと緑さんだけじゃなく瑞希までも父親の餌食になるけどそれでいいのかと、そんな事になったら絶対に許さない(主人公が僕をね)と脅しまでかけてようやくお金を受け取らせる事ができた。
これで瑞希からのヘイトは回避できるし、借金を返済しても500万程余る。借金がなくなって他に住む場所を確保できるなら、ストーカー親子が幅を利かせるこんな危険な場所に留まる理由もなくなるよね。再就職は大変だろうけど、ここを出て行って生活基盤を整える猶予には十分な資金のはず。
ついでにしっかり『瑞希には負い目を感じながら学校に通って欲しくないから』ともっともらしい建前で、少なくとも卒業するまでは今回の件は伝えないように口止めもしておいた。
彼女は正統派ヒロインらしく曲がったことが嫌いなので、原作とは違い愛人化は未遂で食い止めたとはいえ、憤慨し極端な行動に出る可能性がないとも言い切れない。それが主人公を早期に呼び寄せるフラグにでもなったら堪ったものじゃないからね。
つまりこれで今後僕は瑞希と顔を合わせる事もほとんどなくなるって事。レベル上げ無双が不可能なら、主人公にもヒロインにも極力接触しないのが長生きの秘訣だよね。
ちょうど学校から帰ってきた瑞希と鉢合わせしそうになったけど、気付いていない振りをしながら華麗にスルー。早ければ明日にでも親子共々うちの屋敷から消えてくれるに違いない。
さようなら箱舟のヒロイン。
破滅フラグをへし折った以上はもう互いに関わる事もないだろうけど、主人公と共に天下統一する姿を陰ながら楽しませてもらうよ。
これでミッションコンプリートだ。
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