第11話


 ルバンダで最も南にあるロンダの町は、以南の国々との交易路となる為、首都に次いで栄える町だ。

 つまり道を行き交う人の数もそれなりに多い町なのだが、以前にロンダを訪れた時とは違い、僕らはというか、ゲアルドがとても目立っていた。


 彼は屈強な傭兵と比べても、更に一回りは体格がよく、特に上背がある。

 だから離れていてもゲアルドの姿はよく見えるし、目立つのも仕方がないとは思うんだけれど……、しかしどうやら視線が集まる理由はそれだけじゃないらしい。

 今、彼に向けられている視線は、敵意、恐怖、それから憧れと、種々様々。

 こんなにも色んな、そして多数の視線が集まる事に僕は首を傾げて、暫く道を歩きながらも考えて、その理由を思い付く。


 あぁ、なるほど。

 こんなにも色んな視線を向けられるのは、ゲアルドがリャーグ人だからか。

 リャーグ人の容姿は特徴的なので、彼がそうであることは一目でわかる。

 金色の髪に薄い青色の目、白い肌はその下の血の色をうつして赤みがかかり、何よりも体躯が巨大だった。


 五大……、もとい四大国の一つであるリャーグは、北西部の覇者にして暴君だ。

 北西部の多くの国々は、リャーグからの略奪の被害にあっている。

 だから敵意や恐怖といった視線がリャーグ人であるゲアルドに向けられるのは当然だろう。


 ではどうして、憧れのようなものも混じるのかと言えば、リャーグは北西部にとって、力の象徴でもあったから。

 確かにリャーグは北西部では略奪を繰り返す暴君だが、彼らは他からも、特に商業の国であるラリマールから奪う為、他の地域の富がその略奪によって北西部に流れ込む。

 リャーグは奪うと同時に派手に使う事もするので、彼らの存在が、北西部の経済を活性化させているという側面が、実はあった。


 またリャーグは、他の大国が北西部に手を伸ばす事を許さない。

 以前、西方国家群で最も多くの従属国を持つ国、北東のジャーランドが北西部にまでその手を伸ばそうとした時、リャーグの艦隊がジャーランドを襲撃して干渉を防いだ。

 自分達の勢力圏、或いは餌場を守ったに過ぎないのかもしれないけれど、リャーグは北西部で、必ずしも害だけを齎す存在ではないと認識されているのだろう。

 もちろんそれはそれとして、リャーグが禄でもない事には何の変わりはないのだけれども。


「うちはリャーグ人が泊まれるような広い部屋はないよ。頭をぶつけたくないなら、もっと大きな宿にいっとくれ」

 ただ、体が大きいって事は、必ずしもいい事ばかりじゃないらしい。

 ロンダに着いて最初に泊まろうとした宿では、ゲアルドが宿泊を断られた。

 果たしてそれが、言葉通りに部屋の大きさが問題なのか、それともリャーグ人であるからと警戒されて断られたのかはわからないが、ゲアルドは気にせず、引き下がって他の宿を探す。

 あまりにもあっさりと彼が引き下がるものだから僕は少しばかり驚いてしまったが、どうやら本当によくある事のようで、いちいち気にしたり揉めたりしていたらキリがないのだろう。


 身体の大きさはともかく、人種を理由に宿泊を断られるというのは、目の当たりにするとあまり気分のいい物ではないけれど……。

 リャーグ人はそれだけの悪さをしてきてるから仕方なかった。

 またゲアルドもリャーグ人が、自分達がしてきた事に対する結果は当然だと受け入れている様子だから、僕から言うべき事は何もない。


 僕は別にその宿で泊まる事を拒否されたわけじゃないのだが……、半ば強引に同行してきたとはいえ、ゲアルドとはラドーラからロンダまでの旅路を一緒にし、もう少し言えば盗賊退治の仕事も一緒にこなした仲である。

 流石に彼が宿泊を断られた宿にのうのうと泊まるのは、何とも座りが悪いから、僕も同じくその宿はやめにして、一緒に別の宿を探した。

 その結果、思ったよりも大きく高い宿に泊まる事になってしまったけれど、……まぁ、前回の仕事で稼いだばかりだから、暫くの間くらいは問題はない。

 あまりに長くロンダに滞在するのなら、もっと安く泊まれる宿を探さなきゃならないだろうが、僕の目的は直近の闘技会のみなので、それが終わればすぐに別の町に旅立つ予定である。


「そうそう、クリューは闘技会に初参加って言ってたから、知っておいた方が良い事がある」

 天井が高い、大きな宿の一階の食堂で、エールを片手にゲアルドが何かを語り出す。

 僕は出された揚げ物、魚のフリットをナイフで切り分けて口に運びながら、彼の言葉に耳を傾けた。


 それにしても、そこそこの宿賃を取られただけあって、宿の食事はかなり美味い。

 ここは海沿いではないから、川の魚だろうけれど、油を多く使って揚げた調理は実に贅沢だ。

 また川魚にしては、皿の上にのる魚は大きいサイズである。

 海に比べると、どうしても川の魚は小さなイメージがあるんだけれど、特に選んで仕入れているんじゃないだろうか。


 ワルダベルグ家のあるドレアム王国も内陸の国だから、魚料理と言えば川の魚ばかりだったけれど、海から魚が遡上してくる時期だけは、大きな魚が領民から献上されて食卓に並んでた。

 

「闘技会で使われる武器は木製で、これで相手を倒すには、殴りつけて気を失わせるか、戦意を失わせるか、審判から見て本物だったら致命傷になるだろうって一発を入れるかなんだが……」

 食事に意識を持って行かれがちだけれども、ゲアルドの話はちゃんと聞いてる。

 あぁ、なるほど。

 それは確かに、僕にとってはかなり不利か。


「一回戦、二回戦は素早く人数を絞る為に二つのチームに分かれて集団戦をして、勝った方のチームが全員次に進むって形式をとってる闘技会がかなり多くて、当然ながら集団戦だと審判の目はあまり届かない」

 簡単に言うと、一回戦や二回戦では技よりも力が物を言い易いって意味だった。

 もちろん木製の武器でも、速度の乗った一撃を的確に急所に叩きこめば、相手の意識を奪う事は可能だ。

 けれどもそれを狙うよりも、一回戦や二回戦は、同じチームのフォローに徹した方が効率が良いかもしれない。


「力で殴り倒せないと倒すのは難しいからな。重くて威力の出る武器を選ぶか、技で戦いたいなら威力が出そうな奴と組んで戦え。クリューだと実力が発揮し易いのは少人数になってからだろ。まぁ、後は大体は運だな。俺がいる方のチームになれば、何もしなくても大体勝てるぞ」

 後は、まぁ、うん、確かに運だろう。

 ゲアルドと組めたら、それが一番いいんだけれど、そうじゃなかったら集団戦で暴れるゲアルドを落とさなきゃいけないのか。

 それはもう考えるだけで、実にげんなりしてしまう。


 だが、それも経験か。

 メダルという結果が伴うかどうかはさておき、今回の闘技会を経験すれば、それは別の町で行われる闘技会に参加する時に、必ず活きる。

 推定される最大の敵が目の前にいるっていうのは、どうにも困ったものだけれども、命が取られて今回で終わりって訳じゃない。

 得られるものを最大限に得る為、精一杯にやってみよう。


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