第10話


 幾度となく戦場を潜り抜けてきた傭兵の、ゲアルドや隊長の見立ては正しかったようで、ラドーラの町を脅かしていた盗賊の本隊は、領主の軍とのぶつかり合いを避けて、他領へ逃げ出したそうだ。

 逃げた盗賊が向かった先はシグジアのジルドベ領。

 シグジアはルバンダの西に位置する隣国だが、利水等の資源利用や、国境付近の村がどちらの国に属するか等の領土問題を抱えていて、両国の関係はお世辞にも良いとは言えない。

 今は本気の戦争を行う程ではないけれど、嫌がらせと小競り合いは絶えないくらいには仲が悪かった。


 まぁ、隣り合った国なんてそうした問題を抱え、仲が悪くて当たり前である。

 国同士の関係の悪さは、そのまま国境に接する領地同士の関係にも影響しており、今回の件もジルドベ領からラドーラの町への嫌がらせだったのだろう。

 つまり不利を悟った盗賊は、雇い主の下へ逃げ帰ったという訳だ。


 さて、町を襲った脅威は消え去ったが、ラドーラの領主としては当然ながらこのままにはしておけない。

 相手が嫌がらせ、或いは攻撃をしてきた以上、殴り返さなければ舐められる。

 舐められれば、次はより酷い嫌がらせ、激しい攻撃が待っているから、手を出せば火傷が待つという事を、相手にははっきりと思い知らせなければならなかった。


 方法としては、ラドーラからジルドベ領へと逃げた盗賊の首を引き渡すように要求し、断られればあれは盗賊に扮したジルドベ領の兵士だったと決めつけて、あちら側に兵士を送り込んで村を焼き払うって辺りだろうか。

 あまり大きく動くと国同士の戦争の引き金となるから、ジルドベの町を襲うなんて事はない筈だが、村の一つや二つなら、些か過激ではあっても小競り合いの範疇に収まる。


 ……ただ、ラドーラの領主が今後そう動くとしても、今回の件はここで終わりだ。

 盗賊の退治として雇われた仕事は区切りがつく。

 紅の猪隊は引き続き領主に雇われて、ジルドベ領への報復にも参加をするらしいが、僕はここで手を引くと決めた。

 流石に領と領の争いに関与するとなると長丁場となるだろうし、ロンダの闘技会への参加を逃してしまう。

 傭兵としては、日銭が稼げて長引く小競り合いも歓迎できるのかもしれないが、僕としてはそんな暇があるなら、もっと他の、より多くの事を経験して自らの力としたい。


「拗れて長引くようならまた来たらいいんだよ。その時はより戦力を欲してるから、金払いだって良くなってるぜ。後はまぁ、雇われて面白い方も選べるしな」

 僕と一緒にラドーラを出るというゲアルドがそんな事を言う。

 あぁ、傭兵といっても様々なんだなぁって、その言葉で思い知った。

 紅の猪隊は、一度雇われた相手に可能な限りは付き続けるという、傭兵隊としての信用や名を重視するスタンスだが、ゲアルドは報酬や興味、個人の利を重視してどちらにでも付く。

 いずれが傭兵として正しいとかではないのだろうけれど……。


「ゲアルドは碌な死に方しなさそうだね」

 これが僕の率直な感想だ。

 それを聞いたゲアルドは、怒った風もなくゲラゲラ笑って頷いていたから、恐らく彼自身もそう思っているんだろう。


 死に方と言えば、ラドーラへと来た道をロンダへ戻る途中、紅の猪隊の一員だったオスカーが矢を受けて死んだ場所を通る。

 あの時は戦いの最中で、ゆっくりと悼む間もなかったが、オスカーの話は参考になったし、彼の遺品にも助けられた。

 尤もあの遺品の所有権は紅の猪隊にあったから、鎖帷子も槍もクロスボウも置き盾も、ラドーラの町を出る際に返してしまって、もう手元にはないが。


 足を止めて、オスカーを埋めた辺りに、少しの間、頭を下げて動かずにいた。

 ゲアルドは特に理由も聞かず、何も言わずに待ってくれてる。


 ワルダベルグ家で近習をしてた頃、戦い方やらなんやらを教えてくれた教師は、僕の死生観、価値観は乾いてるって言ってたけれど、だからって人の死に何も思わない訳じゃない。

 ……まぁ、仕方ないってのがどうしても一番にはくるけれど、それでも残念だとか、悼む気持ちはちゃんとあるのだ。

 ただ、その気持ちに縛られて動けなくなったり、流されて感情的になってしまうと、人は死に足を捉われ、手を引かれ、容易く飲み込まれるから。

 死を悼むなら、僕はこうした余裕がある時にすべきだと思う。


 もちろん、そんな風に心がけていても、人は時にあっさり死に捕まるのだけれども。

 例えば、そう、オスカーもそうだった。

 紅の猪隊にいた以上、彼もそれなりに経験を積んだ、腕の立つ傭兵だったのだろう。

 正面から戦えば、あの時の賊なんて問題なく蹴散らした筈。


 だけどオスカーは、最初の一射に気付かず死んだ。

 どんなに鍛錬を積んで、経験を積んでも、死ぬ時はあっさりと。

 恐らく人はそういう生き物で、死とはそういうものである。


 隣にいるゲアルドは強者で、僕は彼の死に様を欠片も想像できないけれど、それでもやはり、死ぬ時は呆気なく死んでしまう。

 意識の外から飛んできた流れ矢に殺されるのか、十重二十重に囲んだ敵兵に殺されるのか。

 それは僕も同じで、わかった風な事を思っていても、その時がくれば地に倒れる。

 なるべく、そうなるのは遅い方がありがたいなぁとは思うが。


 そして僕は、ゲアルドと共に再び街道を歩きだす。

 故郷もわからぬオスカーは、ここに眠らせておくしかない。

 これがこの時代の傭兵の、あぁ、いや、武を生業とする多くの者の末路だった。

 やがて彼がここに眠る事を知る者は、誰もいなくなるだろうけれど、僕も自分が倒れるまでは、オスカーの事を、記憶の片隅に留め続けよう。


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