23 思い出、作成

「おばんです! ダン中です! ダン中最後のダンジョン配信、始めていこうと思います!」


『おばんですって愛助ww』


『完璧に方言を標準語だと思ってるやつだww』


 くそぅ、きょうも俺だけ笑われている。


「公式Xに投稿したとおり、わたしは仙台の音楽が学べる高校に、豪くんと愛助くんは地元の高校に、直言くんは東京のダンジョン科にそれぞれ合格しました。きのうは卒業式で、もうすぐみんなバラバラになっちゃうので、最後に一回配信して、それからお別れしようということで、ダンジョンで配信を回しています」


 まひろが丁寧に説明して、次に豪が口を開く。


「とりあえず卒業式も合格発表も終わったので、高校が始まるまでは自由の身なんですけど、まひろちゃんと直言は荷造りして仙台なり東京なりに行かなきゃいけないので、みんなで会うのは今回が最後です。いつかまた会えたらと思います」


「なんか湿っぽくなったけど楽しくやっていこうと思います! 今回はリスナーの方からリクエストを受けていろいろやってみようと思います!」


 直言が明るくそう言って、チャット欄には『88888888』が並んだ。


『半魚人さんに挨拶したら?』


『ダン中の配信といえば半魚人さん』


『半魚人さんに半・魚人なのか半魚・人なのか聞いて』


「ヨッシャ! いでよ、半魚人!」


 直言が明るくそう言うと、ジャストのタイミングで半魚人がザバァと現れた。さっそくみんなで、こういうわけでもうダンジョンにはこないです、と話しかけると、半魚人さんは「フギョギョ……」と寂しげに言い、自分の鱗を俺たちに一枚ずつべりっと剥がして渡してきた。


『ダンジョン学上の貴重な記録映像!!!!』


『ダン中、最後までやってくれる……!』


「半魚人さん、痛くないんですか」


「フギョギョ……」


 半魚人さんが悲しんでいるのがちょっとわかった。それくらい俺たちと仲良くしていたのだ。


「これいままでのお礼です」


 まひろがスーパーのお惣菜の春巻きを渡す。


「フギョッ!?」


 半魚人はちゃぽんと潜って、少ししてから宝物をどっさり運んできた。なんというか昔話に出てくる宝物という感じ。サンゴや真珠、金銀財宝……。


「そんな、ひとパック300円のお惣菜でこんなお宝がもらえるとは」


 まひろがしみじみと呟く。


「持ち帰れるか?」


 俺が尋ねると豪が肩をすくめてみせた。


「むりだね。金の延べ棒がガチで重い。ちょっとずつ運び出すっていったってこれがダンジョンの最終回だし」


「半魚人さーん! 持って帰れないのでこれお返しします!」


 直言がそういうと半魚人がまた出てきて、「フギョ」と言って手を伸ばした。握手して、宝物を水中に返す。手が魚くさい。


「魚くさっ」


「まあ半魚人だから仕方がないよね」


 まひろはじつに冷静に、水で手を洗ってハンカチで拭いていた。俺たちもそうする。


「じゃあちょっと進んでみますか」


『鉱石って採れないの?』


「やってみるか。ちょうどここにドラグライト鉱石(仮)が」


『なんだ、ドラグライト鉱石カッコ仮カッコ閉じる、ってw』


『愛助安定のギャグ要員で草』


 べきっ。

 俺がバカにされているのはともかく、豪が鉱石を無理くりネジとる。フーム。しみじみ調べている間にまたニョキニョキと鉱石が育ってきた。


「まひろちゃん、これ仙台に持って行きなよ」


「いいの?」


「もちろんだよ。思い出にちょうどいい大きさじゃない?」


「そうする。ありがとう豪くん」


 ムムッ。


「愛くんが妬いてる。かーわいいー」


「まあ俺みたいなチー牛なんて腰掛けなんでしょうしおすし……」


「んーん。愛くんは特別なんだよ。だからぞんざいに扱っちゃうの」


「あー!!!! 公共の電波……電波? 電波だな、公共の電波でイチャイチャしてるー!!!!」


 直言が俺をずびしと指差して叫んだ。

 その叫びを聞きつけてスライムが現れた。このスライムというのはなかかタチが悪いというのはここにいる全員が知っている。


「あーっ! 俺のおろしたてのスニーカー!!!!」


 なんと俺の高校の入学祝いに買ってもらったスニーカーをスライムに盗られた。シュープラザで五千円くらいしたやつだ。毎日これを履いて通学すると思うととてもウキウキするような、田舎で手に入ることが嘘みたいなお気に入りのスニーカーだったのに。


「どうする?」


「うーん……」


「いやそこは追っかけてよ! 俺の宝物なんだからさあ! まひろのローファー盗られたときはあんなに熱心にみんなで追っかけたのにさあ!!」


 というわけで猪八戒の持ってる武器みたいな農具を握りしめてスライムを追いかける。追いかけながら「そもそもダンジョンにおろしたてのスニーカー履いてくるほうがおかしくない?」と豪が言いだす。


「安全靴買ったじゃん。結局重たくてろくに履かなかったけど」


「確かに」


 まひろが両方の耳の横でピースサインの指をちょきちょきした。確カニということらしい。


「いや安全靴ろくに履かなくても問題なかったからスニーカー履いてきてんだよ!! 見せびらかしたいというヨコシマな気持ちもあったけど!!」


「ダンジョンでは邪念を抱いたものから死んでゆくのだ」


 直言がなんかかっこいいことを言った。スライムを追いかけたら行き止まりの部屋にたどり着き、なんとか無事に、俺はスニーカーを回収できたのだった。


「はあ……はあ……つかれた……」


「もうこのダンジョンともお別れなんだね」


 豪が息切れひとつせずさらっと言う。豪は空手部員だったのでめちゃめちゃ体力があるのである。なんというか豪、ドレス着てティーカップ持って配信できるのではあるまいか。あのライトノベル、とても面白いけどタイトルが長くて読書記録をとるのが面倒なのであった。


「やれやれ……早く戻ろう。帰らないと」


 直言も息切れしていない。サッカー部は幽霊部員だったが、いまは浮いた学費でジム通いして、体力の底上げを図っているらしい。


「はあ……はあ……」


 まひろが頬を上気させている。俺と同じく体力ないないの民らしい。


「まひろちゃん大丈夫?」


「うん……はあ……はあ……スニーカー、見つかってよかった……」


「俺のことは心配しないのか、はあ……」


「あったりめーだろ。だれが愛助の心配するかよ」


「でもそのわりには、はあ……直言も豪も、まひろも、スニーカーおっかけてくれてありがとう……」


「そりゃあ、僕ら仲間だからね。ずっとずっと」


 ずっとずっと仲間。

 その気持ちがあれば、高校でもし一人ぼっちになっても、幸せでいられるかもしれないと、全員が思っていた。(つづく)

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